巷間、理系男子は国語に弱いという話がよくされます。
本当にそうでしょうか?
結論から言えば、私はそのようには思いません。
むしろ、国語という科目の性質を無視した、妥当性の乏しい決めつけであると考えています。
なら、なぜこんな話がされるのか?
これは、国語が感性を問う科目と目されているからでしょう。
確かに、算数できるけど国語が、という話はよく聞きますし、その逆も然りです。
しかしながら、算数できるのに国語ができない、国語ができるのに算数できない、は、科目の性質上、本来ならあり得ない話なのです。
中学入試の国語から大学受験現代文に至るまで、文章読解の為には、因果関係、対比関係、同等関係の3つの関係の把握が重要とされています。試しに国語の勉強について書かれた本を手に取ってみてください。大抵の本で同じことが言葉を変えつつ書かれています。
これらの関係は、論理であり、感性で捉えられるものではありません。理系男子がなぜ理系科目ができるのか、それは彼の考え方が論理構造と相性がいいからです。そうすれば、理系男子は国語ができて当然なのです。
では、どうして算国で差が出ることがありえるのか、これは語彙の問題に結びつきます。
算数得意で国語が苦手なのは、小説なら情景描写の読み取りも含めた心情語、評論なら接続語の使用ルール、抽象語といった国語的語彙の不足に問題があり、算数苦手で、国語が得意なのは、計算、出題形式といった算数的語彙の不足に問題があると考えられます。
もし、どちらか苦手、という悩みがあるならば、不足している語彙の補充に努めてみてください。
国語なら意味調べ、算数なら計算くらいが入り口になります。量で勝負とならないよう、最小限の時間、手間で取り組むことがポイントです。