趣味で制作中の「東海道絵図」の新作完成!
今回は『鳴海(なるみ)宿』が舞台です。
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主題:東海道五拾三次之内 鳴海
副題:高札場(こうさつば)で考察する人
現代の愛知県名古屋市にあった鳴海宿は、
江戸から数えて40番目の宿場町です。
宿場内には本陣1軒、脇本陣2軒、旅籠(はたご)は
68軒ありました。
残念ながら、現在は遺構はほとんど残っていません。
鳴海の東には、江戸時代から手ぬぐいや
浴衣の絞り染めで有名な有松地区があります。
有松と鳴海は距離が近く鳴海も絞りで有名で
「有松・鳴海絞り」とも呼ばれていました。
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今回の作品では「高札場(左)」と、
「天神社(あまつかみしゃ。右奥)」を描きました。
建物の主な輪郭は写真からなぞり描き(トレース)し、
人は初代・歌川広重の作品に登場する人を
模写しました。![]()
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それぞれの説明は、またのちほど。![]()
上記の高札場と天神社をメインにおいた、
制作前の現地・再訪問記をごらんください!
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ハイ、名鉄・鳴海駅にやってきました!
コチラが鳴海宿の最寄り駅になります。![]()
乗ってきた電車
を見送った後、
駅舎を出て東海道を目指しました。![]()
この橋
を渡り終えた少し先にある横道を
左に曲がってまもなく![]()
鳴海宿の本陣跡に到着です。![]()
残念ながら、案内板のみ・・・
鳴海宿について、サラッと書かれています。
そして再び2つ前の写真に見える大通りに戻り
横断歩道を渡りながら北側を見ると![]()
少し上り坂になってました。![]()
そしてその坂を少し上ったところには
高札場(左)と天神社(あまつかみしゃ・右奥)![]()
では、1つづつ紹介していきますね。![]()
高札場は「幕府などが出した法律や決まりが
書かれた木の板札を掲示する場所」。
主に人通りの多い所に作られていました。
こちらは「復元された物」だとか。![]()
本物は名古屋市博物館に保管されているそうです。
そして、天神社(あまつかみしゃ)へ![]()
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最初は「てんじんじゃ」と読むのかと
思ってましたが、違いましたね。![]()
右手前に見える階段を上ると![]()
「鳴海城跡」と刻まれた石柱を発見!![]()
鳴海城は、桶狭間(おけはざま)の戦いで今川方の
岡部元信(もとのぶ)が立てこもった城。
戦いに勝利した織田信長は、のちに鳴海城を
廃城にしました。![]()
鳴海城跡の案内板と石碑。
そして・・
3つある松尾芭蕉の句碑の1つ。![]()
「京までは まだ半空(なかぞら)や 雪の雲」
と刻まれています。
芭蕉本人がこの地で詠まれたそうです。
ほか2句(合計3句)の句碑も飾られていました。
参拝を済ませた後、鳴海宿をあとにして駅へ。
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今回のラストPIC
名鉄鳴海駅のホームで電車を待っていると、
「パノラマSuper(一部特別車)」と呼ばれる
車両がついた豊橋行きの特急列車が、
勢いよく通過していきました!
展望席から見る景色は最高でしょうね♪
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おしまい
前回の東海道絵図・発表会はコチラ![]()
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