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シロナガスクジラのブログ

恋愛、映画、音楽、書籍などの話題を取り上げます。

仲良くなると絡んでくる人がいる。知り合って付き合い始めた頃は良い人なのに、一緒に暮らしたり、結婚したりすると、不機嫌になり、文句ばかり言い始める。やることなすことにケチをつけるので、相手になればケンカになる。

 

『親の毒・親の呪縛』(大和書房・二〇〇六年)という対談本の中にも、こうした例が出てくる。

 

原田純氏は、毎日のように父親に怒鳴られ、ぶたれ、出ていけ、死ね、と罵声を浴びせられ続け、殴りあいのケンカまでして育った。そして大人になると、男を修羅場へ導こうとし始める。ケンカになるよう、無意識に自分で仕向ける。殴ったり殴られたり、怒鳴ったり怒鳴られたりしないと愛が感じられなかったという。父娘関係の再現である。

 

対談相手の心理学者・岸田秀氏は、親から解放されていない人は、親との問題を恋愛にもちこむ。歪んだ親子関係は恋愛において反復される、と答える。

 

悪いことに、原田氏のように自身の傾向を自覚している人は少ない。まして他人が変えることはほぼ不可能だ。本人が自覚して家族関係を見直し、自分が変わるべく努力し始めて、やっとスタート地点である。そこから克服するまでの長い道のりが始まる。

 

修羅場を求めるのは極端な例かもしれないが、機嫌が悪い、文句を言う、ケチをつける、絡む等の態度を取る人は多い。しかしこうした態度を示すのは、関係が深まってからだ。その前に見抜ければ、無用なトラブルは避けられるのだが……。

 

冷静になって相手をよく見れば必ずヒントはある。しかし、恋愛で気分が高揚した状態で気づくのは、極めて難しい。

人はどうして不機嫌になるのだろう。思いがけず不快なことが起きた場合は理解できるが、たいした理由もないのに機嫌が悪くなる人もいる。 

 

洋画家の香月泰男は明治四十四年、山口県の三隅に生まれた。 

 

幼い頃に両親と離別し、祖父母に育てられた泰男は。父母も兄弟もいない孤独な環境で育ったために、自分は誰にも必要とされていないと考えることさえあった。愛されているという確信がなかったせいか、人に甘えるとか、頼みごとをするとかを極度に嫌がった。いつも自分が見棄てられた存在であるという意識にとらわれていた。 

 

妻の婦美子によると、外出するときには、帰る時間を約束させられたそうだ。その時間に遅れると、泰男が不機嫌になるので、寄り道もできず、用を済ませるとすぐに帰ったという。 

 

まるで母親との分離不安をかかえた乳幼児のようだが、それだけ泰男の子供時代の家庭環境はつらいものだった。幼児期の甘えたいときに甘えられた経験と、自分がここに存在していいという安心感を得ることは、性格を形成する上で極めて重要だ。

 

それでも二人は泰男が六十二歳で亡くなるまで添い遂げた。婦美子は芸術家の夫の喜びを自分の喜びと感じ、泰男は家族に優しかった。

どうして現代の男と女は互いを本当に好きになれないのでしょうか?

 

これは今から百年近く前の1928年に発表された小説,『チャタレイ夫人の恋人』の主人公、コニーのセリフである。そう、百年前のイギリスでも、男女の恋愛はうまく行っていなかった。

 

そもそもコニーがこの質問をしたのは、愛人のマイクリスとの関係が破綻したからだ。マイクリスはマイクリス自身が好きではなかった。だから他人を愛することができない。人妻のコニーと、自身の寂しさゆえに肉体関係を持ったものの、さらに深い関係になりそうだと感じた途端、直感的に関係をぶち壊すような発言をし、コニーを失望させた。

 

それでコニーは、夫クリフォードの友人の中で最も信頼するトミー・デュークスに、この質問を投げかけた。独身男性であるトミーの回答は意外なものだった。

 

女性は好きだが、それ以上の関係は望まない。自分の理想の女性が現れたら話は別だが、その可能性は極めて低い。そんな年でもない(クリフォードと同年配と書かれているので、おそらく三十代前半)のに、女性との肉体関係を拒否したような生き方をしている。

 

最後に二人の会話は、女は男にとって魅力的ではなく、男もまた女には魅力的でない、という結論に達する。現代の男女が、いい男がいない、いい女がいないと嘆くのと同様に。

映画『アラビアのロレンス』の砂漠のシーンが始まってすぐに、遠くから蜃気楼のように馬にまたがった男が現れる。このように人は通常、ストレンジャーとして出現する。映画ではその男が、主人公の友人のガイドを撃ち殺すのだから、出会いの衝撃は極めて強い。

 

友人と初めて会ったときの印象は忘れない方がいい。仲良くなる前の他人の姿を思い出すと、不思議な気分になって、とてもいい刺激になる。

 

 

スカートの『20/20』を聴いた。相変わらず素晴らしい。

 

「メジャー・デビュー」は嫌いな言葉だが、優れた音楽家が正当に評価され、より多くの人に聞かれるようになるのは、とてもうれしいことだ。