シロナガスクジラのブログ

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恋愛、映画、音楽、書籍などの話題を取り上げます。

吉本ばななは『隆明だもの』の姉との対談で、母親の前夫(吉本隆明の友人)の息子と会った話をしている。前夫の息子は成功者だったようで、その家族のことを「セレブでした。某国で事業を始めてすごく成功して、牧場ももってらっしゃると。びっくりしました。そしてやはり良い人たちでした」と語っている。

 

結局のところ妻(恋人)を奪った方と奪われた方、どっちがいいかなんて誰にもわからない。本人がこれでよかったと思うしかない。同棲相手を小林秀雄に取られた中原中也は、悔しがって悲しんだが、そのおかげでああした恋の詩が書けた。

 

吉本ばななも「きっと私たちのお母さんとAさん、暗いご夫婦だったんでしょうね」と、母親と前夫との関係を想像している。そしてnoteに母親の虐待のせいで、自分は物語の中に逃げたと書いている。

 

吉本隆明の友人も、そのときは屈辱を感じただろうが、妻を奪われたからこそ平穏な暮らしができたのかもしれない。一方の吉本家では、ハルノ宵子と吉本ばななというアダルトチルドレン姉妹が、才能を開花させることになる。

 

 

YouTubeで吉本ばななのインタビューを見て、彼女が家族に悩まされていたことを知った。そこで問題にされていたのは、母娘と姉妹の関係だったが、私が興味を覚えたのは、問題とされた母親が、父・吉本隆明の友人の妻だったことだ。それを奪って結婚したのである。

 

姉で漫画家のハルノ宵子に言わせると、父親のせいで母はおかしくなったそうだが、そもそも精神的な問題を抱えていた妻を、夫である吉本隆明が支えられなかったのではないだろうか。

 

中原中也と小林秀雄の三角関係が思い出されるが、取られた方はさておき、取った方が地獄を見るというのは、まるでババ抜きのようである。惚れ込んでやっとの思いで手に入れた女が、実はジョーカーだった。もちろん小林秀雄にとって長谷川泰子はジョーカーだったが、中原中也にとってはクイーンだった可能性もある。

 

小林秀雄は女に「出て行け」と言われたので、奈良まで逃げることができた。吉本隆明の場合は、「自殺する」と脅され、娘二人まで犠牲になった。

 

エリック・クラプトンも、ある時期に夢中になっていたカーラ・ブルーニ(後のサルコジ大統領夫人)をミック・ジャガーに奪われている。その後、カーラにひどい目に遭ったミックに対して、クラプトンは同情さえてしている。

 

ただそうした経験がその後の自身を形成したのだし、様々な表現の土台になっているのである。吉本ばななもnoteに同様のことを書いている。まして小林秀雄や吉本隆明は自分で選択した結果なのだから、すべて必要だったとしか言いようがない。

 

 

 

ミア・ファローが去ったアシュラム(道場)では、マハリシの性加害の噂が立つ。ジョン・レノンはインドを離れ、「セクシー・セディー」を歌ってマハリシを非難するのだが、そのきっかけを作ったのは、当時ビートルズのメンバーと仲良くしていたアレックス・マルダス(マジック・アレックス)のようだ。

 

ビートルズのメンバーや関係者のインタビューを集め、論評を加えた『愛こそすべて』(青土社・2026年)の中で、著者の一人、ピーター・ブラウン(アップル・コアの元最高執行責任者)は、「マハリシが若い信奉者に淫行を働いているとビートルズに吹聴し、刃向かわせたのもアレックスだ」と書いている。

 

ジョン・レノンの親友になりたかったアレックスは、マハリシに嫉妬し、ビートルズを遠ざけようと試みた。一方で前掲書のインタビューでは、マハリシが女性を誘惑するのを実際に見たような発言もしている。

 

逆にジョージ・ハリスンは1980年のインタビューで、当時はアホの言うことを聞いてアシュラムを離れたものの、マハリシは尊敬に値する人物で、ジョン・レノンは嫌な奴になったと語っている。

 

アレックスの策略があったことは間違いないようだが、ジョン・レノンは最終的に自分の直観でその人間性を判断した。マハリシがミア・ファローやその他の女性を強姦しようとしたと騒ぎになったとき、ジョンやジョージは徹夜で話し合った。ひょっとすると本当かもしれないとジョージが思い始め、二人ともインドを去る決断をする。

 

1970年のインタビューでジョンは言う。「『私たちはかえります』と、私は言いました。『なぜですか』とか、そういったくだらないことをマハリシは、聞きかえしていました。そこで私は、『あなたが自分でおっしゃるように広大無辺な存在であるなら、私たちがなぜかえるのか、その理由もわかるでしょう』と、こたえました。マハリシ自身、それに、彼の右腕的な存在の男たちがみんないつも、マハリシは奇跡がおこせるのだ、とほのめかしていましたからね。だから私は、『理由は、おわかりになっているはずです』と言ったのですが、彼は、『私にはわかりません、教えてください』とこたえたのです。『わかっているはずです』と私は言いつづけ、彼は、『この野郎、殺してやるぞ』というような顔をしました。彼がそんな顔で私を見たときに、私にはマハリシの正体が見えたのです」(『ビートルズ革命』草思社・1972年)

 

 

 

フランク・シナトラとミア・ファローの離婚理由はハッキリしない。一般に映画『刑事(でか)』の共演を後回しにして、『ローズマリーの赤ちゃん』の撮影現場に居続けたことが原因とされているが、もちろんそれだけではないだろう。

 

そもそもフランクが浮気をするのは当たり前のことで、結婚後のステージでも「隠れて浮気できるスケを見つけた」と言って、ミアを泣かせている。若い新妻は自分の言いなりになると思っての発言だろうが、その考えは甘かったようだ。

 

フランクの言う離婚理由は「耐え難い議論による不和」(『フランク・シナトラ栄光の日々』フレッド・デラー著・シンコー・ミュージック1997年)というのだから、言い争いは頻繁にあったはずだ。

 

ミアの自伝を読む限り、フランクに見そめられて一方的に離婚された可哀想な女という印象を受けるが、キティ・ケリーが書いたシナトラの伝記によれば、ミアはそもそも年上の大物ねらいだったようだ。

 

結婚したフランク・シナトラとアンドレ・プレヴィン、結婚こそしなかったものの、十年以上パートナーとして付き合ったウディ・アレンという顔ぶれを見れば、それが事実だったことがわかる。

 

「ハリウッドに戻っていたミアは、大胆にも自分の野心を表明している。『わたしは大したキャリア、大した男、大した人生が望みなんです。大きいことを考えなきゃだめ――それが成功の唯一の道だわ――わたしは無名な存在でいるということが耐えられないの。“ファロウ家の一員”、上から三番目の下から五番目ってだけじゃいやなんです』。当時のハリウッドでフランク・シナトラを超える大物はいなかったから、一目見たとたんにミアはうっとりとなってしまった。『その瞬間に好きになってしまったの』といっている。『あの人はほんものよ。彼は彼でしかないのだわ』。ユル・ブリナーやカーク・ダグラスとのかりそめの恋のあと、ミアは年上の男を好むことをすでに宣言していた」。(『ヒズ・ウェイ』キティ・ケリー著・文藝春秋1989年)

 

 

 

女優のミア・ファローが『ローズマリーの赤ちゃん』で、主役のローズマリーを好演したと書いたが、まさにハマり役だった。

 

監督のロマン・ポランスキーは、ミアに体重を落とすよう指示し、妊娠後に髪を短くしたミアは、異様なまでに病的に見える。これによって悪魔崇拝者の陰謀が現実なのか、それともローズマリーの妄想なのか、曖昧にした演出がより効果的になった。

 

ミアは実生活で、30歳年上のフランク・シナトラと結婚していた。夫のフランクは、自身が主演する映画『刑事(でか)』で夫婦の共演を望んでいたが、ミアは『ローズマリーの赤ちゃん』を理由に、『刑事』への合流要請を拒否する。すると撮影中のスタジオにフランクの弁護士が突然現われる。重大な案件と感じたポランスキーが休憩を取ると、ミアは楽屋でフランクからの離婚届を渡される。

 

撮影終了後、傷心のミアは妹のプルーデンスに誘われて、導師マハリシの指導を受けるべくインドへと旅立った。そこへ後からビートルズのメンバーやドノヴァンが加わり、アシュラム(道場)は大騒ぎとなる。ビートルズの『ホワイト・アルバム』に収録された「ディア・プルーデンス」という曲は、言うまでもなくジョン・レノンがミアの妹について歌ったものだ。

 

ミアはマハリシの下で修業に励もうとするが、地下の洞窟に下りて二人きりで瞑想した際、マハリシがミアの腕をつかもうとしたことで恐怖を感じ、逃げ出してしまう。

 

妹に相談すると「今のミアの意識レベルでは、たとえイエス・キリストその人に抱擁されたとしても、いやらしいことと誤解するかもしれないけど」(『ミア・ファロー自伝』集英社1998年)と言われてしまう。映画のローズマリーのようにミアは妄想にとらわれたのだろうか。

 

アシュラムを出たミアは、一人でインドをさまようが、やがて弟のジョニーを呼び寄せ、南ゴアへ向かう。そこで偶然再会した兄の親友が、海岸に建てた小屋に住んでいるというので、一緒に滞在することになる。