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シロナガスクジラのブログ

恋愛、映画、音楽、書籍などの話題を取り上げます。

ビートルズのジョージ・ハリスンと21歳で結婚し、幸せの絶頂にあったパティ・ボイドは、母親の2度の離婚を目の当たりにして、自分は絶対に別れないと決意していた。けれども、結婚8年目でジョージを捨て、エリック・クラプトンのもとへ走ってしまう。

 

結婚当初の明るく優しいジョージは徐々に変わっていく。殺到するビートルズファンにうんざりし、コンサートツアーやマニラを頂点とする海外でのトラブルに疲れ果て、不機嫌で無愛想な男になっていった。

 

インドの思想や音楽に救いを見い出したが、インドの導師から学んだ瞑想も、ストレスを軽減して快活になるというよりは、自分の殻に閉じこもる方向へ導いた。コカインの度を越した使用も影響したのかもしれない(『パティ・ボイド自伝』シンコーミュージック2008年)。

 

バンド内でのジョージは、偉大なソングライター、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの下で、長い間、弟分のような存在だった。けれども、徐々に曲作りの才能が開花し始めると、自分の扱いを不当に感じ、不満を募らせていく。

 

私生活では一時期、宗教上の理由から禁欲を信条にしていたようだ(『ジョージ・ハリスン』アラン・クレイソン著・プロデュース・センター出版局2002年)。結婚4年目を迎えた1970年初頭、パティはまだ25歳の若さだった。女盛りで子供が欲しかったパティにとって、禁欲生活とはあまりに酷い仕打ちだった。

 

しかしジョージは本当に禁欲的だったのだろうか。たしかに同じパートナーとのセックスは飽きる。だからこそパティの17歳の妹、ポーラに手を出そうとしたのではないか。自分の愛した人に似ている違う女にそそられたのだろう。

 

土壇場で怖じ気づいたジョージは、ポーラを友人のエリック・クラプトンに奪われてしまう(『エリック・クラプトン自伝』イースト・プレス2008年)。クラプトンもまたパティに恋していた。ジョージの妻を口説けないので、代わりに妹と関係を持ったのである。

中原中也の生涯は悲しい。大岡昇平は、「人間は誰でも中原のように不幸にならなければならないものであるか」(『中原中也』大岡昇平・講談社文芸文庫1989年)という疑問を基に、友人だった中也について調べ、多くの文章を残している。

 

私も三角関係に興味を持って、何冊か関連書を読んでみたが、なかなか中也については踏み込むことができなかった。

 

例えば体表作の一つ「汚れつちまった悲しみに……」も、初めて読んだ時には、惨めったらしくて嫌悪感を抱いた。けれども、中也について知ってから眺めると、心に染み入る感じがする。

 

中也の不幸にしても、次から次へと襲いかかったように見えるが、肉親の死も、恋人との別れも、誰にでも起こることだ。それが連続して感じられるのは、30年という短い生涯だったせいもあるだろう。

 

そうした悲劇も含め、様々な出来事が中也の美しい詩に結実したのである。不幸も幸福も、すべて運命だったとしか言いようがない。

 

結局のところ、遅かれ早かれ、みんないつか死ぬ。今日は何をして、どう生きるのか。それに集中するだけだ。だから今夜も美しく着飾って、踊りに行くのである。

妻も東京に行くことを喜んでいたと思う。もちろん向こうでしていた仕事は辞めた。そして引っ越してからも仕事はさせなかった。いつも職場の愚痴をこぼしていたからだ。

 

これが最初の間違いではなかったか。文句を言っていたのは、話を聞いてもらいたかっただけで、働きに行くのが嫌だったかどうかはわからない。結果として、家族も友人も近くにいない見知らぬ土地で、昼間は一人でいることになった。

 

悪いことに、私は泊まりがけの仕事をしていて、朝に家を出たら、翌朝まで帰らなかった。妻は夜を一人で過ごし、不安を募らせていたのだと思う。

 

私の実家が車で行ける距離にあり、時々一人で遊びに行っていたので、その点は安心していた。しかし、私の母もあまり人に心を開くタイプではなかったので、それほど心が休まる場ではなかったのかもしれない。

 

そもそも私は男兄弟で、女について知っているつもりでも、実際は何も知らなかった。妻は妹がいるだけで、男について何も知らなかった。

 

思い出すと反省ばかりだ。もう考えるまい。すべて終わったことだ。

映画『ゆきてかへらぬ』を見て、別れた妻のことを思い出した。

 

中原中也と上京した直後の泰子のセリフ、「一緒には行かないわ」「これが例のアレかなどと皆さん(私を)観察なさるわけ(でしょ?)」を聞いて、古い記憶が蘇った。

 

結婚して妻の地元に近い地方都市に住んでいた私は、仕事の都合で東京に戻った。古い友人数人が飲み会を開いてくれるというので、二人で行くことになっていたが、突然妻が行かないと言い出した。どういう理由だったかは覚えていない。

 

若い女性は観察される存在だ。まして私の女友達も来るのである。悪く考えれば、他の女と比較され、人間性を評価されるかもしれない。そう感じて行きたくなかったのだろう。今頃になって気づかされた。

 

こんなこともあった。仕事に必要な書類を家に忘れてしまったところ、同僚が車で家まで乗せていってくれると言う。悪いと思って断ったが、どうしてもと言うので、お言葉に甘えることにした。

 

家に着いた際、お礼にと思って家に上げ、妻がコーヒーを出した。翌日「あの人は私を見に来たんだよ」と妻に言われて納得した。まさにその通りだった。どんな女と暮らしているのか見たかったのだと思う。

 

映画には他に、中也と小林がランボーの詩を仲良く読んでいるので、泰子が不機嫌になるシーンがある。それを見て、私が男の同僚と飲みに行くのさえ、妻が嫌がっていたことを思い出した。あれも一種の嫉妬だったのだろう。

 

 

 

映画『ゆきてかへらぬ』を見ないまま、8月に長谷川泰子、中原中也、小林秀雄の三角関係について書いてしまった。先日、遅ればせながらDVDを借りてみた。

 

 

 

結論から言うと、中也の晩年のシーンは不要だと感じたものの、全体としては、主人公三人の本質をうまく捉えた素晴らしい映画だった。ロケ映像はもちろん、衣装やセットも美しく、何より広瀬すず、木戸大聖、岡田将生の三人が魅力的で、繰り返し何度も見てしまい、不覚にも何度も涙した。

 

ダンスシーンが楽しい。悩み苦しむ三人が生き生きと復活した後で、泰子と中也が取っ組み合いのケンカになる。つかの間の喜びから再び修羅場へ。監督の演出なのか脚本通りなのかわからないが、見事な展開である。

 

小林が初めて中也の家を訪れる場面もいい。ランボーの詩を読んで、仲良くはしゃぐ中也と小林に嫉妬する泰子。三人の反応や言葉のやり取りは見ごたえがあり、その後の舟遊びのシーンは夢のように美しい。

 

この作品に対して様々な批判があるようだが、当然ながら映画は事実の再現ではない。中也が自分のイメージと違う、小林はあんな人物ではない等々、言いたいことはいろいろあるだろう。

 

私にとって映画の価値は、突き詰めると、主人公が映画の中で生き生きと生きているかどうかにある。

 

映画『ゆきてかへらぬ』の中で、三人の主人公は皆、喜怒哀楽に富んだ生身の人間として生きていた。それだけで十分だ。その一点をクリアした時点で、もはや過去に実在した長谷川泰子も、中原中也も、小林秀雄も映画とは関係ないのである。