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シロナガスクジラのブログ

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次の例(『セックスレス、そのとき女は』亀山早苗著・中央公論新社2012年)は、マンネリ化した夫婦関係を改善するヒントになるかもしれない。

 

長男を産んでしばらく経ってから、セックスレスになった。妻にはまだセックスをしたい気持ちはあったが、夫にはないようだった。共働きだったので、家事と仕事に追われながらも、いつかは再開できると希望は持っていた。

 

ところが、42歳の時に夫の浮気が発覚した。自分とはセックスしないのに、他の女とできることに愕然とした。夫は土下座して謝ったが、妻は夫を追い出し、子供の大学入学を機に正式に離婚した。その後は家族4人で時々食事するだけの関係になった。

 

それが離婚後7年ほど経って、元夫との関係が復活した。義父の葬式で再会した後、彼から会って話したいと電話があった。父親を亡くして元気のない姿に同情した元妻は、浮気の理由を聞き、全面的に信じられなかったものの、受け入れる気持ちになった。

 

セックスレスだったのも、とにかく妻が怖かったからだと言われた。本人にも自覚はあった。いつも時間に追われて髪を振り乱し、おそらく顔もひきつっていたのだろう。

 

離婚後、元夫は妻が綺麗になったと思っていた。妻が必死だったのも、自分がストレスを与えていたせいだと言った。こんな風にゆっくり話せれば、離婚しなくてもよかったかもしれない、とまで思った。そして再びセックスするようになった。

 

元夫は再婚を願ったが、女性の方は拒否した。食事もセックスも義務ではなく、したいからするという関係が楽しい。セックスについても話せるようになったし、義務ではないので、以前よりも感じるようになった。

 

この二人も、離婚はしたものの、子どもがいたこともあって、修復不可能な別れ方はしなかった。逆に言えば、それだけ互いに思いやりのある夫婦でも、仕事、子育て、家事に忙殺されていると、良い関係を保つのは難しいのだろう。

『セックスレス、そのとき女は』(亀山早苗著・中央公論新社2012年)には、セックスレスを克服した夫婦の話が紹介されている。

 

夫はいわゆる転勤族で、異動のたびに家族で引っ越し、子どもも二人できて、毎日多忙な日々を過ごした。妻はおおらかな性格だったが、夫は新しい職場に慣れるのに苦労した。

 

日常の雑事に忙殺され、いつしかセックスレスになっていた。妻は不満だったが、夫の心意はわからない。二人でセックスについて話し合うこともなかった。ちょっとしたケンカや衝突はあったものの、互いに思いやりがあったのだろう、決定的な亀裂は生じなかった。

 

やがて転勤もなくなり、子供も成長して落ち着いたころ、夫婦で話し合う機会があった。過去に許せなかった夫の言動も、互いの思い違いだったことがわかった。何より夫には、今まで口にしなかっただけで、妻の苦労をねぎらう気持ちがあった。多くの夫婦は同じではないのか。本当に大事なことを言っていないだけ……。

 

心と心が通じ合ったのだろう。妻はその夜、夫の布団に潜り込んだ。「珍しいな」と言って、夫は妻を受け入れた。それから性生活が再開した。その後は月に数回セックスをしているという。

そもそも核家族が子どもを育てるのには無理がある。誰かの助けが必要だ。太古の昔には、女性が集団で子育てしていたし、その後は大家族で育てた。上の子が下の子の面倒を見るのも当たり前だった。

 

それが核家族になり、隣近所の付き合いもなくなった。妻の話し相手は、井戸端会議や女性同士の立ち話ではなく、夫の役目になったが、もともと会話でのコミュニケーションが得意でない男にとって、共感して話を聞くのは難しい。仕事の疲れやストレスがあれば、集中して聞くことすらできない。

 

共働きの妻は、仕事や子育てに忙殺され、どうしてもセックスは後回しになる。子育てが一段落したときに再開する例は多くない。今さらと思って諦めたり、面倒なのでなしで済ませたりするのが、自然の流れかもしれない。

 

一方で、子供を設けようとしない日本人カップルの大半も、子育てにお金がかかりすぎることをその理由に挙げる。主にアメリカで活動する結婚セックスカウンセラーのエステル・ペレル氏も、次のように書いている。

 

この数十年間に起きた、子供の幸せへの異常なまでの重心の傾きは、祖父母世代をぞっとさせているだろう。子供時代が神聖化された結果、子供の完璧で楽な成長のために一人の大人が完全に犠牲になることがおかしくない世の中になってしまったのだ。『セックスレスは罪ですか?』(エステル・ペレル著・高月園子訳・ランダムハウス講談社2008年)

セックスレスになる原因は様々だ。仕事による疲労やストレス、出産前後の体調や心の変化、さらには家族として身近な存在になることでも意欲を失う。

 

黒川伊保子氏の言うように、一定期間を過ぎたら相手への性的興味を失うのだとしたら、セックスレスを乗り越えるためには、努力や工夫が必要だ。何もしなければ、なくて当然になる。

 

『したいけど、めんどくさい』(パッハー・アリス著 晃洋書房2022年)には、ドイツ語圏の調査結果が掲載されている。それによると、ドイツ語圏の男女は現代の日本人に比べて、若い年齢からセックスを経験するし、回数も多い。また、自身のセックス観(その意味や重要性など)を確立している人が多く、気をつけないとカップルのセックスがマンネリ化するとの危機意識もある。

 

一方で日本人にはそうした意識が希薄だ。著者のパッハー氏は、オーストリア出身で、交換留学生として日本を訪れ、現在は研究者として日本で活動しているが、彼女のインタビューを受け、初めてセックスについて真剣に考え、パートナーと話し合うようになった日本人も少なくない。

 

私は結婚前に、「セックスは好き?」とパートナーに尋ねたことがある。「好きよ」と答えてくれたが、そんな質問をしたのは、自分にとって大切だと感じていたからだ。

 

そもそもどうして夫婦でセックスの話ができないのか。結局、家庭での主導権争いが一因ではないのか。どちらかが優位に立っても、セックスにおいては思い通りにならない。妻が強すぎれば、夫はセックスに対する自発性を失う。夫が強すぎれば、弱い自分を妻に見せられなくなり、問題が起きても、プライドが邪魔して相談などできない。

 

不本意ながら、私は妻の前で何度か泣いたことがある。過去のつらい体験を妻に訊かれて、途中で話せなくなった。涙があふれて続けられなくなったからだ。仕事で大失敗して、家でどうしようもなく落ち込んでいたこともある。副業もしていたので疲労困憊し、妻に泣きついて、毎日のようにマッサージをしてもらった。

 

そうしたことが夫婦の絆を強くし、何でも話せる関係になったのだと思う。もちろん、すべてうまく行っていれば、何も話し合う必要などないのだが。

意外だったのは、妊娠活動をする夫婦のセックス回数が少ないことだ。回数が少ないから妊娠しない。それで妊活するという流れである。さらにそれが原因で、セックスレスになるケースもある。以下に引用するのは、妊活によって妻への性欲が減退した日本人男性の例である。

 

妻が妊娠活動を初めてから、セックスの枠組みが「子作りのセックス」に変わった。つまり、セックスをしたい時にするのではなく、排卵日の時にしかしなくなった。子どもを作るという目的が妻の方で強かったため、愛情を確かめるセックス、解放やリフレッシュするセックスから「やらないといけない」セックスに変化したため、プレッシャーが強くなり、気分が沈んだ。(『したいけど、めんどくさい』(パッハー・アリス著 晃洋書房2022年)

 

その後、妻は妊娠したが、この男性は妻とのセックスが嫌になり、浮気するようになっている。

 

別の男性も、妻の子供を望む気持ちが強かったため、セックスにプレッシャーを感じ、かえって妻とできなくなり、結局は離婚している。その後は再婚して、1児の父親となっている。

 

子供が欲しい妻が、排卵日にだけセックスを求めてくる。求めると言っても、子作りに真剣な妻のこの日に絶対という思いは、ほとんど強迫に近い。

 

日本では女性が社会で活躍しづらいために、家庭だけは自分の思い通りに支配しようとする女の人が多い気がする。どうか夫をコントロールし過ぎないでほしい。男が主体性も能動性も失ってしまったら、もはやオスではない。それこそ妻にだけ勃起しなくなる。妻がベッドでだけ受身になり、夫に主体性を求めても、それは無理である。