『ラストタンゴ・イン・パリ』に出演したマリア・シュナイダーは、アナルセックスのシーンについて何も知らされていなかった。脚本にはなかったし、事前の打ち合わせもなかった。撮影でいきなり尻の割れ目にバターを塗られ、マーロン・ブランドに下半身を押し付けられる。屈辱と怒りを感じたマリアは、ベルトルッチ監督を生涯憎み続けた。
相手役のブランドも苦しんだ。役になりきって感情をさらけ出し、妻の死に涙し、怒りのシーンでは、本気でドアに拳をたたきつけた。監督には本番行為まで要求されたが、それは拒否した。自伝の中にも出演時の苦痛が綴られている。
『ラストタンゴ・イン・パリ』は自分自身の内面との葛藤の連続だったので、撮影が終了すると、私は映画一本のために、二度と自分の精神を追い詰めるものかと誓った。内面の奥の奥まで踏みこんでしまった気がして、そんな苦悩はもうごめんだと思ったのだ。前にも書いたが、苦しみを演じるには、実際に苦しみを「体験」しなければならない。苦しんでいるふりなど、できはしないのである(『母が教えてくれた歌』マーロン・ブランド/ロバート・リンゼイ著 角川書店1995年)。
ベルトルッチ監督の次作『1900年』に出演した女優のドミニク・サンダは、レイプシーンで本当に犯されたように感じ、撮影後もしばらく泣き続けたという。『ラストエンペラー』に出演した坂本龍一も、「あの場では、僕はミュージシャンだとか、僕はこういうタイプの俳優だということは許されないような、ベルトルッチの絶対君主制の独裁政治が敷かれていて、その力は圧倒的だったんです」(『WAVE』特集★ベルトルッチ1988年)と語っている。
マリア・シュナイダーとマーロン・ブランドは、その後も定期的に手紙のやり取りをしていたそうだ。何週間もの撮影と苦痛を共にした経験が、生涯にわたる二人の絆を作ったのである。





