長谷川泰子という女性を巡る、小林秀雄と中原中也の三角関係も興味深い。
親元を離れ、京都で学生だった十七歳の中原中也は、女優志望で三歳年上の長谷川泰子と同棲する。その後、二人は東京に移り住み、小林秀雄と知り合うのだが、幸か不幸か、小林は泰子に惚れ、説得して二人で住み始める。
中原は泰子に飽き、邪魔にすら思って、ほったらかしにしていたのだが、泰子が去って深く悲しむ。失って始めて恋心に火がついたのである。
中原の悔しさや泰子への思いは、彼の詩や遺稿に表されているが、女を奪った小林も、一緒に暮らした二年半、地獄の苦しみを味わう。
優しく理知的な小林と暮らし始めて、泰子は不安神経症になる。要するに、甘えられる相手と生活することで、精神が幼児化したのである。小林と出かけるときは比較的落ち着いているものの、家に一人でいると不安になり、小林が帰宅すると言い掛かりをつけて絡んだ。
小林は泰子の神経症を治そうと、八方手を尽くす。何度も引っ越して環境を変え、小林の母親は姓名判断までさせて、小林佐規子と名乗らせたりする。
言うまでもなく、人は関係性によって変わる。中原との生活では、言い争いことすれ発症はしなかった。小林に去られた数年後、泰子は実業家の中垣竹之助と結婚するのだが、優しく受け入れられた生活の中で、やはり神経症が再発するのである。
