群馬のある治療室から~ 伊勢崎から腰痛・肩こりなどの各種症状の疑問についての独り言。 -30ページ目

感覚と運動はどちらが先か

脊椎動物の祖先から人類までどの人類まで、どの動物もどの時の胎児をとってもその輪切りは、大なり小なり「内臓系」と「体壁系」の内外二部にをはっきりと分けている。


三木成夫によれば体壁系は動物器官として外皮系(感覚)・神経系(伝達)・筋肉系(運動)、内臓系は植物器官として腎管系(排出)・血管系(循環)・腸管系(吸収)に分けて述べている。


生理学では、何かの刺激が加わりそれを神経が脳に伝え、それが筋肉におよんで運動になって終わると学ぶ。例えば熱いやかんを触ると手を引っ込める動作。しかし、感覚が原因で運動が結果だいう考えは間違いだそうだ。「犬も歩けば棒に当たる」「猿も木から落ちる」というのがあるとすると、動いたから新しい感覚が起こると事もあるという。


感覚と運動はどちらが原因でどちらが結果というものはない。「つまり感覚あるところに運動あり、運動あるところに感覚あり」どちらが先というのではなく感覚と運動は連関しているとのこと。感覚と運動は同時進行である。


神経系の本来の役割は神経伝達である。天秤の左右の腕に、感覚系と運動系がぶら下がりその支点に伝達系の脳と神経が位置して、内臓系も感覚系・伝達系・運動系の関係と同じで、吸収系と排出系が天秤の左右の腕に、循環系がその支点に相当する。


吸収しながら排泄し、排泄しながら吸収する。両者間の絶えず交流するのが血管系の仕事になる。体壁系と内臓系は双方とも「入口と出口」が向かい合ってその中間に仲人がいるということで、仲人になるのは体壁系では神経系、内臓系では血管になる。


この二つがきちんと働いてくれないと生活できない。神経伝達が滞ると身体は動かない。血液循環が止まると死に至る。三木成夫は体壁系と内臓系のそのものの関係を述べている。生命の主人公は食と性を営む内臓系で、感覚と運動に携わる運動系は手足に過ぎない。


内臓系と体壁系は本末の関係にあると述べている。最近の日常を振り返ると目につきやすい体壁系ばかり注意がいき、内臓系の方がおろそかにされている現状に反省を促している。


群馬 伊勢崎

内外治療室