食の原点 その3
私、屋台とかガード下の店とかが大好きです。
まだ一度も行ったことはありませんが、ソウルや博多の屋台村の
あの感じ、じつに心が浮き浮きしてきます。
この感覚は、恐らく小学生のときの食の思い出が大きく影響して
いるように思われるのです。
小学校の3年に盛岡から山形へと移ったのですが、この山形市
からほど近いところに競馬場がありました。
「上山競馬場」です。
2003年に経営赤字のために現在は廃止され、「ニュートラック上
山」という地方競馬の場外馬券場となっています。
この競馬場に競馬好きの父親によく連れていかれました。
1980年代のバブル期には結構なにぎわいを見せたようですが、
当時は本当にのんびりしたもので、顔見知りの厩舎関係者に「よう
、今日はおたくの馬の調子どうよ ? 」と声をかけると「今日はいまい
ちかな」なんてやり取りをするほどです。
もちろん厳密に言えば、このようなやり取りをしてはいけないのは
重々承知しておりますが。
また当時のレースは繋駕競走というものがあり、通常のギャロップ
のレースとほぼ交互に発走していました。
この繋駕競走とは、人間でいえば「競歩」のようなもので、必ず4本
の足の一本が地面に着いていなければいけないというレースです。
ただ、子供心に正直見ててつまらないと感じましたね。
スピード感が全く無いからだと思いますが。
競馬場へ行くと父親はパドックに行ったり、予想したり、馬券を購入
したりと忙しくなるので、私はこずかいを渡されて好き勝手に競馬場
の中を一人で歩き回ったり、あるいは4コーナーに小高い場所があり
ここで寝転んだりして過ごすことに。
不思議と飽きませんでしたねー。
特に裏に回ると厩舎が有る地域があり、そこにも普通に入れたのです。
今では絶対に考えられませんが。
そこで厩舎にいる馬や、厩務員さんにブラシ掛けされている馬を見
ているといくらでも時間をつぶすことができました。
で、お腹が空くと競馬場内にある「屋台」で、イカ焼きや焼鳥、そして
山形名物の丸こんにゃく串などを食べたものです。
恐らくこの時の体験が、私が屋台好きになった原因なのでしょう。
あの、地方競馬場独特の気安い屋台の料理、雰囲気、無くならない
でほしいものです。