私は心理学における自殺予防について学んでいる。
そのせいもあって自殺のニュースには敏感に反応してしまう。
私はあえて主張するが、自殺は絶対にしてはいけない。
人は生きることそのものに意味があり、存在そのものに意味があるのだから。
しかし、私は自殺した人を責められない。
一体彼ら彼女らの何を責めることができるだろうか?
耐えがたい苦しみだったに違いない。
周りから見れば小さな問題に見えても、当の本人にとっては
非常に大きな問題であるということはよくあることだ。
問題と言うものはあくまで主観的なものだ。
その人にはその人の問題があり、誰かのそれと単純に比較できるものではない。
日本はメンタルヘルスについて、先進国の中では最も遅れている国の一つだろう。
日本では精神科に通院しただけで「おかしな人」というレッテルが張られてしまう。
日本でセラピスト(心理療法家)と言うと、何かオカルト的なイメージがついて回る。
日本は心理的疾患の大国と言えるだろう。
心の病は誰しもが持っている。
一見健康な人でもほぼ100%なんらかの心理的問題があると言われている。
ある意味ではそれが人の自然な姿なのだ。
宗教が盛んな国においては、牧師などの宗教の担い手たちが
率先してメンタルケアを行っている。しかも、たいていそういった国では
精神科医やセラピストによるメンタルケアも盛んで、かつオープンである。
しかし日本は非常に閉鎖的だ。
それ故、優秀なメンタルケアの専門家が育たない。
中には数週間学んだだけで資格が取れるようなものもあるようだが、
あんなものはただの資格ビジネスだ。(ビジネスとしては否定はしないが)
人の心を扱う技術が数週間で身に付くわけがない。
このように多くの理由から、日本ではメンタルケアの整備が遅れており、
このままでは自殺をするものは後を絶たないだろう。
社会全体が変わらなければ、自殺者を減らすことはできない。
この震災から立ち上がろうとしている日本のもう一つの課題として、
精神衛生ということについて今一度深く考えて欲しいと思う。