長靴の国へ向かって! -18ページ目

長靴の国へ向かって!

昆虫とイタリア、映画見聞録などですが、
最近は日々の出来事を気ままに綴ります。
yahooブログからの引っ越し組です。

              【笑点のお題から 2】
ちょいちょいこういったお題が出題される笑点なのですが、
昨日は「」を使って意味のある漢字を考えるお題が出されました。
 
笑点メンバーの回答は次にようなものがありました。
上見・・・鼻血
民見・・・本当の政治家
夢見・・・新婚生活
破見・・・袋とじ
舟見・・・両国の花火
 
ということで私もいくつか考えてみました。
1.背見・・・親の背を見て育つ子供
2.隣見・・・カンニング
3.穴見・・・覗き
4.手見・・・占い
5.波見・・・サーファー
6.潮見・・・海釣り
 
7.  見…

あなたも考えてみそ!

カトリックの総本山を守るスイス人衛兵、カッコ良過ぎるぜ!2
イタリアはローマ、
ヴァチカン市国にあるサン・ピエトロ大聖堂の教皇の衛兵としてスイス人衛兵が常駐している。
               【カッコ良過ぎるぜ!2
容姿端麗の絶対的条件でもあるのかなぁ。
こんな衛兵なら身の危険もなさそうだし、やってみたいですね。
競争率高いんだろうなぁ。
衛兵の写真集があってもよさそうなのですが、ないのかな!?
イメージ 1
画像は、ひろしさんの「ひろしの写真日記と旅日記」から提供して頂きました。
 
仮装パーティーでもないのに派手ですよね。
石畳の上に立つイケメン!すべてが絵になるね
関根麻里「笑ってコラえて!の海外支局を作ろうinローマ」
「これはもう支局長が調子こいてますからハイ!」 
関根麻里「呼んでみましょう。コマツバーラ支局長。」

小松ば~ら支局長「Buonaseraローマの小松バーラで~す。よろしくお願いします。
今回私はローマのオスティエンセ地区にあります、地下鉄piramide駅前に来ています。」
「駅前なのに――、こんなんなの!?」 
小松ば~ら支局長「はい!何故ピラミデの名前が付いたか分かりますか?」

スタジオ)急にそんなの言われても分かんない。
「ピラミデっていうくらいだから、なんかピラミッドか何か在ったんじゃないの?」
小松ば~ら支局長「所さん、正解です。こちらをご覧下さい。」とカメラがそのピラミッドを映します。

更に支局長が続けて説明しますと、「なんとローマにもピラミッドがあるんです。
このピラミッドは古代ローマの官僚・ガイウス・ケスティウスが遺言に従って、
お墓として紀元前18~12年の間(およそ2000年前)に造られた高さ36.4m、
底辺の一辺の長さが30mの建造物です。」
「そんな昔のものなの!?鋭角なピラミッド。」
小松ば~ら支局長「本場と比べると鋭角ですね。そして、私の後ろにはタクシー乗り場があります。
実は今回タクシーにまつわる取材をしてきました。VTR回転。」
 
    【笑ってコラえて!ローマ支局」2/29】
 
<2月初旬のローマ支局>
この日も支局員が集まり企画会議が行われていました。
(これジェラートワールドカップの時と一緒に話し合われた企画のようですね。
ヴァレンティーナが上着を脱いでいたぐらいで、
支局長をはじめクラウディアもミケ―レさんも服は同じなので。)
 
小松ば~ら支局長「年が明けてもう1ヶ月も経ってしまいました。」
そうすると突然「幸せになりたい!」と今年の抱負をぶち上げました。
クラウディア「幸せになりたい小松原さんにピッタリなネタがあります。」
支局長「ある!?」
クラウディア「『幸せを運ぶタクシー』と言われるタクシーがフィレンツェにあります。
運転手は女性でコスプレもしたりして――。」
支局員達「へぇ~!」
支局長「コスプレのお姉さん好き。」
クラウディア「そのタクシーに乗ったら絶対幸せになると言われています。」
支局長「へぇ~俺乗る!」
クラウディア「コマツバ~ラさんも幸せになるかも知れません。幸せになりましょう。」
支局長「なれるかな?」
ミケ―ラ「なれるでしょ。」
ヴァレンティーナ「絶対、信じて!」
支局長「そんなこと言われて45年。」
  
真地勇志ナレーター;不幸せ歴45年の小松バ~ラ支局長が幸せを求めて、
ローマのテルミニ駅から電車に乗ってフィレンツェへ向かいました。
ローマの北、トスカーナ州の州都フィレンツェへは列車で1時間半。
幸せを運ぶタクシーとは一体どんなタクシーなのだろうか?
 
フィレンツェ駅のホームからは真っ青な空が広がっていました。
 
そして花の都フィレンツェはミケランジェロ広場のダヴィデ像がある所で待っていると、
「あっ!あれじゃないかなぁ!」と、こちらに静かにやって来る一台の車。
良く見るとその車から何やらシャボン玉のようなものがポア~ンポア~ンと。

「どう見ても幸せを呼ぶタクシーだよ!これ。オ―!スゲエ派手!」
どうやらこれが今回取材する幸せを運ぶタクシーです。
車体は曲線を多用したデザインでクライスラー社の白のPTクルーザーです。
(PTはPersonal Transportation)
ちゃんと屋根にはtaxiと看板があがっていました。

支局長「Piacere.sonoコマツバ~ラと申します。」
タクシー運転手「Ciao.Molto piacere.」
支局長「初めまして。」
タクシー運転手「ハハハ、ラビータ ベッラ人生はなんて素晴らしいの!」
支局長「お~素晴らしいです。こちらが幸せを運ぶタクシーですか?」
タクシー運転手「そう、私の愛から生まれたタクシーよ。」
 
こう挨拶して車から降りると、これまた派手な衣装を纏った女性タクシードライバーで、
彼女の名はCaterina Bellandiカテリーナ べランディ(47歳)さん。
その昔テレビに出ていた大屋まさ子もびっくり!

彼女が運転するMIRANO25こそ人呼んで幸せを運ぶタクシーということらしい。
車体にはペイントで絵が描かれて、フロント部分にはひまわりの花のデコレ―ションが施され、
後部には風船が飾られています。
そして車内はぬいぐるみやおもちゃでいっぱいです。
 
そんなタクシーに支局長が、「僕をちょっと乗せて貰えますか?」
カテリーナ「もちろん。乗るべきよ!」
と言われて乗ろうとしますが、車内にはぬいぐるみ等ですんなりとは乗れません。
支局長「凄い、中!オッ―オッオッオッ。」と言いながら熊のぬいぐるみを抱く支局長。
 
こうしてミラノ25号はフィレンツェの市内観光へと出発っです。
交通量の多いフィレンツェの街中でも、ミラノ25号は目立つことおびただしい。
車内から見えてくるのはルネッサンス建築の美しいドゥーモ、
かつてルネッサンス文化の花開いたフィレンツェを象徴するのが
サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のドゥーモです。
支局長「あ、これはドゥーモ。」
 
続いてアルノ川のほとりにやってきました。
カテリーナ「あれがヴェッキオ橋よ!」
 
橋の上に家屋の建ち並ぶヴェッキオ橋。フィレンツェ最古の橋といわれ、
イタリア全土で最も古い橋と言われる。
ミラノ25号はフィレンツェ市内を疾走します。
すると信号待ちの車内ではカテリーナさんがシャボン玉を飛ばします。
支局長「オッホ・ホ…」
こうしてシャボン玉をまき散らしながら走れば街行く人々の顔も自然とほころぶ。
見る人も乗る人も幸せな気分になれる。
その名の通り幸せを運ぶタクシーだ。

しかし幸せを運ぶタクシーと言われる本当の理由は、他にあるのでした。
彼女は織物業の会社に勤務していた時に、心から愛する恋人がいたそうです。
タクシードライバーを生業とするステファノ・プリーティという素敵な人でした。
彼と花の都フィレンツェではぐくむ愛、結婚を誓いあい満ち足りた日々でしたが、
そんな幸せな日々も長くは続かなかった。
最愛の人ステファノさんが癌を患い39歳という若さでこの世を去ってしまいました。
 
彼は死の直前、カテリーナさんにあるものを託しました。
それは自分が運転していたタクシーミラノ25号でした。

カテリーナさんは勤めていた会社を辞め、タクシードライバーの免許を取得しました。
2002年悲しみを乗り越えmirano25号のタクシードライバーとなったのです。
カテリーナ「彼は一番大切なものを私に遺したの。タクシーは彼の人生そのものだったわ。
彼の人生をより深く理解する為に彼の生きた証の為に、彼への愛の為にドライバーになったのよ。」
 
 
そんなカテリーナさんに更なる転機が訪れたのは、タクシードライバーになって間もない頃に、
その日いつものように街を流していたカテリーナさんは、ひと組の親子を乗せたそうです。
可愛らしい女の子と優しそうな母親、見るからに幸せそうな親子だったそうですが、
カテリーナ「可愛いお嬢ちゃんね!兄弟はいるの?」
お譲ちゃん「いるわ。天国にね。」
何気ない質問に返って来たのは、幼くして弟を亡くした少女の言葉でした。
それがカテリーナさんの胸に深く突き刺さったのでした。

カテリーナ「一見普通の家族だったけれど、実は深い悲しみを味わっていたの。」
病は大人だけでなく小さな子供にも悲しみを背負わせる。
自分に何か出来ることはないだろうか!
カテリーナさんは考えた末、病院へ行く子供を乗せた時は乗車料金を無料にすると決めました。
さらに怖い病院への道中が少しでも楽しくなるようにと、
車体にプリントをし車内はぬいぐるみやおもちゃでいっぱいにしたのでした。
 

そして2005年NPOミラノ25(非営利団体)を設立したのです。
テレビ画面にはフィレンツェ市議会議長エウジュニオ・ジャーニ氏と握手している画像が
映し出されています。
現在に至るまで、恵まれない人々の為に募金活動を続けているそうな。
人々の幸せの為に奮闘するカテリーナさん、そのタクシーをいつしかフィレンツェの人は、
幸せを運ぶタクシーと呼ぶようになったのでした。
評判が評判を呼び、
今やフィレンツェのみならずイタリア中からミラノ25号に乗りたいというリクエストが殺到しているという。
 
この日ミラノ25号に乗車して来たのは、2年前からの常連客だという親子です。
学校から自宅までの短い時間なのですが、
その車内で小さな女の子に、「どう楽しい?」と聞くと、
女の子「楽しい~!」
 
そうこうしているうちにカテリーナさんが、「着いたわよ。」と、
親子の自宅ではなく「IL RE GELATO」というジェラート屋さんでした。
実はこの店のオーナーは以前から、彼女の活動をサポートしてくれているのだそうです。
カテリーナ「私が連れて来た子供にはジェラートを無料にしてくれるの。
お代は笑顔と愛で頂いているから。」
 
数あるジェラートの中でも、この店の一押しはその名もズバリ、ミラノ25号。
カテリーナさんをイメージして作ったという甘酸っぱいベリー系の特製ジェラートだという。

親子が仲良く食べてます。
果たしてその味は、「Buonissimoとても美味しい。」
それを見ながら女の子に向かって、
支局長「おいしそう。おじさんにも頂戴!」
そうすると女の子が舌を出して「ベェ~!!」
スタジオ)大爆笑
 
真地勇志ナレーター;結局、小さな幸せも掴めなかったコマツバラ支局長。
だがミラノ25は今日も花の都で幸せを運んでいる。
  

 
ここからスタジオに切り替わります。

「いい取材ですねぇこれはねぇ。」
東貴博「素敵な話しですね。」
加藤シゲアキ(NEWS)「悲しいこといっぱいあるのに、笑顔でいるっていうのは素晴らしい。」
箕輪はるか(ハリセンボン)「可愛いですよね。絵とかもいっぱい描いてあって。
でも私があれに乗っているのを友達に見られたら『ちょっとアイツ変わったな!』って言われそう。」
近藤春菜(ハリセンボン)「いやでもね、はるか明るくなったじゃん!って言うかも。」
東貴博「病院へ行くんだぁ。」
 
 
 
走っている所を見ただけでも幸せになれる!そんな都市伝説が生まれそうなお話でした。
            【追悼】
イメージ 1
今日はいつもと違う日曜日を迎えました。
こんな「編集手帳」が一面に載る新聞を、私は初めてみました。
 
街は静かで、皆さん黙とうを捧げそれぞれの思いに胸をつまらせていました。
イメージ 2
この度の東日本大震災により多くの尊い命が失われたことに、誰もが深い悲しみをおいました。
亡くなられた方や行方不明者それらのご家族縁者を含めると、
いったい何十万人のひとが、この悲しみを味わったのだろう。
 
心からお見舞いを申し上げます。
 
世界の中ではとても狭い国土なのに、なんでこう毎年大災害に見舞われてしまうのだろう。
生き延びた私達の使命は、太古の昔から大災害にも復興を成し遂げて来たご先祖様達のように、
立ち直らなければいけませんし、また出来ますとも。
 
 
あなたが頑張っているから、私もがんばれます。
うまく気持ちを伝えられないけれど、平和な生活を願う気持ちは皆さんと一緒です。
   【笑ってコラえて!ローマ支局2/22】後編
 
お店を出て通りを歩いて行くと、
アドリアーノ「ここがコッチャ劇場です。」
 
案内されたのはノヴァラで一番古いコッチャ劇場という所で、
1888年の落成で今もオペラやバレエなども催されているそうな。
 
その劇場内のショーケースの中に飾られた4つの靴があります。
アドリアーノ「これです。絵画や本でこういう靴を見て心を打たれ作ってみたんです。」
 
今から200年程前に貴族が履いていた靴をモデルにしてアドリアーノさんが作ったもので、
素材にはサテンやビロードを使用して実際の公演に使ってほしいと劇場に贈ったのですが、
あまりの出来栄えに未使用のまま展示されているという。
 
劇場関係者「観客はこれを見て、とても喜んでいますよ。」
支局長「おー。」
アドリアーノ「これはヴェネチア産のとても貴重な生地で作ったんだ。装飾や色が特徴的な靴です。」
支局長「この靴を見てどお思いますか?」
劇場関係者「僕には似合わないけれど、法王にはとても似合うね。」
支局長「でも今履いている靴も、なんとなくデザインが似てませんか!?」

カメラが映した時に私も似ているかなと思ってしまったのですが、
アドリアーノ「いや いや いや、全然違うよ!」と君は何を言ってるんだというように否定します。
支局長「失礼しました。」
アドリアーノ「今回は許すけれど、2回目はないよ!!
 
 
ここからスタジオトークになります。
「ほんと優しい人ですね。」
板東英二「優しいです。」
「いろんな著名な方に作って、自分の気持ちで作って贈っているのに――。」
板東英二「そんなローマの支局長かなんか分からん奴に…、そんな奴と一緒にされたらかなわんで!!」
関根麻里「呼んでみましょうか!?コマツバーラ支局長っ!」
 
(しずる「このふとどき者っ!」)
 
支局長「はいは~い、ということでこちらをご覧ください。」
カメラが支局長の靴を撮ります。
これにスタジオ大ブーイング!「脱げ!脱げ!」

支局長「VTRにありました、アドリアーノさんに私が頂いた靴です。」
これを見て所さんが、「劇場の人だって使わないで飾ってあっただろ!?
あれを見たら飾ろうっていう気持ちになんないのかよ!!」
支局長「えぇ、履いてこそ靴かなと思いまして――。」

板東英二「支局長のバカ!」

関根麻里「履き心地はどうですか?」
支局長「えーやはり履き心地は抜群です。」
関根麻里「サイズはピッタリですか?」
支局長「ジャストサイズです。」そうすると後ろに見えるヴァチカンを見ながら、
「あちらにいるローマ法王も私と同じ靴を履いてくつろいでいるのだろうかと…。」

「うるせーよ!!」
 
イメージ 1
 サン・ピエトロ寺院                 画像はひろしさんのブログ「 ひろしの写真日記と旅日記」より
 
今回は現地支局員は同行していなかったのかな。
支局長しか登場しませんでしたね。
ローマ支局も北はピエモンテ州、南はカラブリア州まで足を運ぶようになりましたので、
今後ますます取材が楽しみになりました。

 
今回はブラジル支局の後に回されての放送でした。
      【笑ってコラえて!ローマ支局2/22】前編

いつものように関根麻里さんが「ローマのコマツバーラ支局長。」と呼びかけてのスタートです。

小松ば~ら支局長「Buonaseraローマの小松バ~ラで~す。
本日私はローマのプラーティ地区にありますリソルジメント広場に来ています。」
所「広場なのねぇ。」
小松ば~ら支局長「この広場の隣にある壁の向こう側が世界最小の独立国ヴァチカン市国です。
この壁がイタリアとヴァチカンの国境ということです。本日はそんなヴァチカンに関する取材をしてみました。」
イメージ 1
 
<ローマ支局開設から早11ヶ月>
この日も現地支局員クラウディア、ヴァレンティーナ、ミケ―レさんが集まって、取材企画会議が行われました。
小松ば~ら支局長「なんかイケてる人っていない?」
ヴァレンティーナ「面白い事がありますよ。ノヴァラにいる靴職人を取材するのはどうですか?
ローマ法王やオバマ大統領の靴を作った人です。」
 
この時テレビ画面にはフェラガモのロゴが出たので、イメージ 2あっ!もしかして--、
フェラガモを取材してくれるのかと期待してしまいました。
サルバトーレ・フェラガモ好きなんです。
 
ナレタ―:イタリアと言えばブランドの宝庫。
それ故に何故一介の靴職人の個人に、
そんな事が可能だったのだろうか?
支局長はミラノ空港から車で40分、
イタリア北部のピエモンテ州ノヴァラに出向き、
早速メインストリートに面した、
そのイケてる靴職人がいる筈のお店を訪ねました。

小松ば~ら支局長「ボンジョルノ。
Siamo della TV giappnese.私達は日本のテレビ局です。」
アドリアーノ「はい、ようこそ。」
小松ば~ら支局長「こちらのお店にイケてる靴職人がいると
聞いて来たのですが…。」
アドリアーノ「Sono io.私です。」

どうやらこの人がイケてる靴職人・Adriano Stefanelliアドリアーノ・ステファネッリ(60歳)さんのようです。
 

アドリアーノ「(前ローマ法王)ヨハネ・パウロ2世や(現ローマ法王)ベネディクト16世、ブッシュ大統領やその他
たくさんの靴を作りました。」
小松ば~ら支局長「すごい職人さんなんですね。」

そうすると店に置いてある赤い靴を手にとって、
アドリアーノ「こちらのワインレッド色の靴が法王専用です。」

※ヤギの革で作られたローマ法王専用の革靴で、
伝統的に法王の色とされる赤で統一された気品ある逸品です。

アドリアーノ「シンプルな靴ほど作るのは難しく美しいのです。」
小松ば~ら支局長「この靴、ローマ法王とかに贈ったのに何故、その靴がここにあるんですか?」
アドリアーノ「記念に2足作るんです。」
小松ば~ら支局長「このお店でアドリアーノさんが作った靴を、売っている訳ですね。」
アドリアーノ「いいえ、私が作ったものではなくて仕入れた靴を売っています。靴を作るというのは趣味で、
著名な方の為に好んで作っただけです。」
 
 
※これだけの腕を持ちながらアドリアーノさんは、
自分で作った靴は売らず人の作った靴だけを売っているという。いったい何故なんだろう~。
1951年ノヴァラで父の靴職人・アントニオさんの元に生まれたアドリアーノさんは、
14歳の時に父親の元に弟子入りをしました。
靴職人が最初に学ぶことは靴の修理でした。
アドリアーノさんは来る日も来る日も靴の修理を重ね、自然と靴職人としての基礎を身に付けたようです。
 
 
アドリアーノ「18歳の頃でしょうか、初めて自分の靴を作ったんです。父が褒めてくれたから、
これで一人前だと思ったんだ。」
 
※父親に認められ、ようやく靴職人としての第一歩を踏み出したアドリアーノさんだったが、
1970年代に入ると世界的なオイルショックの影響により、イタリアの景気は低迷し消費が滞ってしまい、
高価なオーダーメイドの靴の需要は落ち込む一方だったそうです。

アドリアーノ「注文はごくわずかで、月に2足あるかないか。」
 
※1984年アドリアーノさんは、33歳の時にはとうとうお店「Stefanelli」はたちいかなくなり、
オーダーメイドの靴屋から仕入れた靴を売る、小売りの靴屋に転身せざるおえなかったのでした。
 
小松ば~ら支局長「靴職人を辞めなくちゃいけない時が来た時は、辛くはなかったですか?」
アドリアーノ「初めは呆然としていました。革の匂いや糊の匂い、職人時代の色々な物が恋しかったです。」
 
※アドリアーノさんは食べていく為、靴の販売に専念するしかなかったのですが、
その16年後の2000年49歳になった頃、アドリアーノさんはノヴァラで行われるカーニバルを見ていたそうです。
それを見ていた時に、
アドリアーノ「ビスコッティーノ王というキャラクターがいます。衣装は素敵なのに靴がひどかったんです。」
 
※ビスコッティーノ王とはノヴァラの名産品である菓子・ビスコッティーにちなんで作られた、
いわば街の観光大使なのです。
そんな街のシンボルに無様な靴は履かせられないとアドリアーノさんは、
服装に似合う靴を作りプレゼントしたそうです。
すると16年ぶりの手作りの靴は新聞に取り上げられる程の大好評を博したとのこと。
 
 
アドリアーノ「それで職人魂に火がついて、靴作りを再開したんです。」
 
そして2003年4月。
アドリアーノ「テレビを見ていたら法王の具合がとても悪かったのです。
それで自分に何か出来ないか考えてみたのです。その答えが靴を作って差し上げる事だったのです。」
 
イメージ 3※そして製作期間1ヶ月で仕上げた2種類の靴です。
ヴァチカン市国の紋章が入った黄色い室内履きと、
ヤギの革で作ったワインレッドの靴。
 
アドリアーノさんは、ヨハネ・パウロ2世に靴を届けたいと嘆願書を自ら作成し、
すると願いが届いたのか2004年1月ヨハネ・パウロ2世にえっけんし、
直接その靴を手渡す事が出来たのです。
 
oggetto:richiesta di invio di un dono al Santo Padre
       (法王へのプレゼント発送の要望)

それにしてもアドリアーノさんは法王の足のサイズをどうして知ることが出来たのか?
そこには職人ならではの長年の勘と驚くべき技があったのでした。
 
小松ば~ら支局長「どうやってローマ法王のピッタリのサイズの靴が作れたのですか?」
アドリアーノ「推測しただけです。テレビを見て第3者を測ったんです。同じような体型の人を、
法王の足のサイズはこのくらいだろうと、それこそ職人だから出来る技ですね。」
 
 
 
Il sommo Ponte fice ringrazia
 (ローマ法王は感謝している)
※匠の技が光るアドリアーノさんの靴に対して、ヴァチカンから感謝状が贈られ、
その後も年に2足づつローマ法王へ手作りの靴を届けるという名誉を授かりました。
2005年4月、法王ヨハネ・パウロ2世が84歳で逝去するとヴェネディクト16世が継承し、
この時もアドリアーノさんは、手作りの靴を献上したのだそうです。
イメージ 4
             ヨハネ・パウロ2世                                         ヴェネディクト16世                      ウィキより
 
ところが、
アドリアーノ「ヴェネディクト16世が法王に選出された時、イタリアをはじめ世界各紙は、
法王が履いている赤い靴はプラダのものだと報じました。」
L'annuncio del vaticano:
<Il Papa non veste prada>
するとヴァチカンの法王はプラダを履かないと、
この赤い靴はアドリアーノさんが作った靴だと名言しました。
Si sa che e' un artigiano novarese,Adriano Stefanelli,a reakizzare i mocassini rossi
(赤色の靴はノヴァラの職人アドリアーノ・ステファネッリが作ったものだ)
 
 
そしてヴェネディクト16世が2008年4月、アメリカ視察を行った歳は、
アドリアーノ「視察の際に赤い靴にも注目を浴びたんです。」
 
※その後、アドリアーノさんの元へアメリカ大使館から、
ブッシュ大統領の靴を作って欲しいとの依頼が寄せられ、アドリアーノさんは法王と同じタイプの革靴と
イニシャル入りビロード仕上げの室内用スリッパを贈りました。
 
するとホワイトハウスから感謝状が贈られて来たそうです。
額に入ったその感謝状を見た支局長は、「サインは本物ということなんだ。」
 
アドリアーノ「オバマ大統領の時に関しては面白い話があるんです。
ブッシュ大統領へ差し上げた靴のお礼がてら、『次の大統領の靴もお願い出来ませんか?』って、
『決まったらお作りしましょう』と答えたところ、『統計によれば次期大統領は100%オバマさんで決まりだ。』と、
サイズを渡されて驚きましたよ。選挙はこれからだというのに。」
 
テレビ画面には、その時オバマ大統領に贈った革靴が映されました。
他にもベルルスコーニ元イタリア首相の観賞用サッカーシューズ、またフェラーリ室内履きなど、
作りたい時に作りたい人へ真心込めて靴を作り送り届けますが、決して代金は貰わないという。
 
 
せっかくなのでアドリアーノさんに靴作りの技を見せてもらうことに。
先ずは型に革を被せ成型する作業をします。
革の貼り具合ひとつで見た目はもちろん、耐久性や履き心地も変わってしまうらしい。
木型に赤い革を貼っていきます――、
一見スイスイと作業をこなしているように見えるが、気にいらなければこの作業は何度でもやり直すそうです。
 
アドリアーノ「これどうですか?」と靴作りの工程半ばの革を貼っただけの靴を見せます。
「革に型を記憶させるんです。釘の下に糊を入れ固まるまで待ちます。固まったら釘を抜いて靴底を貼ります。
最後に中敷きを入れて完成です。」

一足仕上げるのにおよそ1ヶ月、靴作りを再開して12年今までに手がけた靴は僅か40足足らずののだそうだ。
 
 
アドリアーノ「あなたの足のサイズは26cmか26,25cmじゃないですか?」
支局長「sì sì.」
アドリアーノ「ほら当たったでしょう!」
 
そうすると一足の靴を取り出し、
アドリアーノ「これは法王と同じ靴の色違いなんです。サイズは26,25cmです。差し上げましょう!」
支局長「おぉ~!そんな大事なものは頂けないです。」
アドリアーノ「そう言わずに試して下さい。」
支局長「取り敢えず試すだけなら…」
アドリアーノ「日本でこの靴を履いて、私を思い出して下さい。 興奮しているかな?」
支局長「お~ピッタリ、かっこいい。本当にピッタリです。」
アドリアーノ「あなたは今世界中で一番幸せな男と言えるでしょうね。」
 
 
するとアドリアーノさんが、見せたいものがあるというのでついて行くことに――。

後編に続く
 
 
アドリアーノさんが靴のサイズを言った時に26.25cmと字幕に出たのですが、
「.25」点25っていう区切りだったのかなぁ?
それとも26-25サイズということなのかなぁ。
 
 
<日本とイタリアの靴のサイズ表記>
イメージ 5

イタリア語を勉強しつつ、一度は行ってみたいイタリアはローマ。
いつか行けることを願って、どんな街なのか資料を集めてみよう。
                    【7つの丘の街】
Aブロック:テルミニ駅クイリナーレの丘トレヴィの泉
歴史のある教会、美術館、博物館からショッピングエリアまで、
首都ローマの表情が見てとれるローマの表玄関。
テルミニ駅から共和国広場、ナツィオナーレ通りを抜けると大統領官邸のあるクイリナーレの丘へと続く。
その先に超有名なトレヴィの泉が控えている地域。
 
Fontana Di Trevi:トレヴィの泉
ローマの中でも特に人気の場所。
 
Bブロック:ヴェネツィア広場フォロ・ロマーノコロッセオ
ローマのへそ」と呼ばれるヴェネツィア広場。巨大なヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂の先に、
ミケランジェロが手掛けた美しいカンピドーリ広場がある。
さらに南へ進むとフォロ・ロマーノ、コロッセオなど古代ローマの遺跡が立ち並ぶ地域。

Foro Romano:古代ローマで市民の集会や裁判、政治・経済の討論の場として設けられた公共の広場。
当時の面影を残す遺跡群。
Colosseo:円形競技場
ローマの帝政時代に作られた円形闘技場。
コロッセオが崩れるとき、ローマも終わりとなる」という言い伝えが残る。

Cブロック:スペイン広場ポポロ広場ポルケーゼ公園
映画「ローマの休日」でのシーンで有名なスペイン広場。
ここはローマでも特ににぎやかな繁華街になる。
ポポロ広場からローマを一望するピンチョの丘に上がり、
広大なポルケーゼ公園へ行きゆったり散策するコース。

piazza di spagna:スペイン広場
 
Dブロック:ナヴォ―ナ広場カンポ・デ・フィオーリ
ナヴォ―ナ広場もカンポ・デ・フィオーリ、市民や観光客にも憩いの場。
パンテオンのほか由緒ある遺跡や教会、博物館なども多く観光には十分時間をとりたい。
 
Eブロック:サン・ピエトロ大聖堂サンタンジェロ城
世界最小の主権国家・ヴァチカン市国があるところ。
キリスト教カトリックの総本山サン・ピエトロ大聖堂の荘厳な姿を拝んでおきたいもの。
またオペラ「トスカ」の舞台となったサンタンジェロ城も見逃せない。

vaticani:ヴァチカン宮殿
ローマ教皇が住む宮殿。ラファエロの天井画・壁画などで有名なヴァチカン博物館や、
システィーナ礼拝堂、図書館などが公開されている(宮殿内部は非公開)。
Basilica di san pietro:サン・ピエトロ大聖堂
世界のカトリックの中心となる教会。
basilica(大聖堂)
San pietro聖ペテロ(キリストの十二使徒の1人)
Castel Sant'Angelo:サンタンジェロ城
castelloの語尾切断
テヴェレ川右岸に建つ宮殿。大天使ミカエルをたたえてこの名がつけられたと伝えられている。
 
Fブロック:トラステヴェレジャニコロの丘
ジャニコロの丘からテヴェレ河畔にかけての一帯・トラステヴェレは、
昔ながらの街並みや風情を残すところで、ローマの下町地域。
レストランやライブハウスなどもありローマっ子が集まる夜の時間を存分に満喫出来るエリア。
 
Gブロック:カラカラ浴場アッピア街道
夏の野外オペラ公演で知られているカラカラ浴場。
そして城壁の向こうには古代ローマ人の知識と技術の結晶であるアッピア旧街道が南イタリアへと誘う。
 
イメージ 1
                                             区分けの線はおおよそのラインです。
 
 
7つの丘をあげておこう。
1,パラティーノの丘
2,アヴェンティーノの丘
3,クイリナーレの丘
4,カンピドーリオの丘
5,ヴィミナーレの丘
6,エスクイリーノの丘
7, チェリオの丘
 
 
イメージ的には平坦な所かなと思ってましたけれど、ローマって坂が多そうですね。
ローマ市内だけでもこれだけ見所満載なのだから、
一回の渡伊だけでは見きれないですね。
     【笑ってコラえて!ローマ支局2/15】 後編
ジェラートワールドカップの本番当日。
開始のフォイッスルが鳴りました。
これ笛を吹いたおじさんがテレビカメラに向かって、目を丸くひんむいておどけて見せてくれましたよ。
 
さぁ、それぞれオリジナルティ溢れるジェラートを次から次へと作り上げていきます。
するとイタリア代表のジェラートは、生クリームから作られるチーズのマスカルポーネのジェラートをベースに
マンゴーやライチのジェラートなど、8種類の味を楽しめる欲張り屋さんも舌を巻く超8得な作品です。
 
そしてフランス代表のジェラートは飴細工でコーン立てを作り、
更にチョコレートのジェラートにバナナと生姜のクリームがかけられたビジュアル系な楽しい作品です。
 
一方、日本代表の茂垣さんはローマの八百屋さんで買った洋梨をベースにしたジェラートを,
コーンの上に載せて更にその上には何やら不思議なガラス瓶があって、
コレの説明を茂垣さんが審査員の目の前で流暢なイタリア語で説明しながら実演して見せるのでした。

温められた赤ワインがガラス瓶を伝い、白いジェラートの上に赤く滴り落ちるコントラストが効いた演出です。
 
この大会で作られたジェラートを会場内では観客も食べることが出来るようで、
ローマ支局員たちも頂くようです。
ミケ―ラ「すご~い。きたー!日本の、ほらっ。じゃ、いただきま~す。うわっ洋梨の味が物凄くする。」
小松ば~ら支局長「うん、美味しい。」
 
そして大会最終日は、チョコレート細工。
イタリア代表の作品はこれまた海と山の生き物をモチーフとしたものです。

フランス代表の作品は雪をまとった樹木の上に卵に入った子供がいる、
自然と人類の共生を感じさせる芸術的な作品です。
 
そして日本代表のチョコレート職人の高橋さんが作った作品は、
ギリシャ神話の怪物を模したダイナミックなものとなりました。
(この怪物の名がよく聞き取れませんでした。)
 
こうして競技は終了し、いよいよ成績の発表です。
4日間に渡って繰り広げられた闘いの総合点で順位が決まります。
そして発表は13ヶ国中、上位3ヶ国のみです。

まず第3位はスイスが獲得。
(ここで初めてスイスも出場していたのか、と分かりまいた。)
続いて第2位はフランスが獲得。
(この時点で日本は飴風船のアクシデントがあったので、もう難しいな!と私は思いました。)

いよいよ優勝の発表です。
giapponeを願いつつ耳を澄まして待つと――、
ガッカリとやはりそう来るかと、
結果は2大会ぶりのイタリアが優勝です。
 
上位3位内に入れなかった初出場の日本代表。
この結果に氷彫刻を担当した肥田野さんが、
「くそ~!でも本当にこの大会を通して、このメンバーで一緒に戦えて自分が成長出来たことが、
これからの財産になるのでまた機会があればもっと上を目指してがんばりたいです。ありがとうございました。」と悔し涙と共に将来を見つめます。
 
今回の雪辱を胸に次なる戦いは既に始まっている。
 
ここからスタジオトークになります。
所「いやぁー、ジェラートなのに熱いですね。」
鈴木雅之「まさにアートのフェスティバルという感じがしましたね。アンコとか使って欲しかったですよね。」
所「あっ!たしかにね。」
関根麻里「あと面白かったのが、洋梨のアイスクリームを上から垂らして食べる見た目の演出も
素晴らしかったですね。」

所「いろんな演出が評価に繋がるね。編集長!じゃないや、支局長!」

小松ば~ら支局長「はいはい。日本代表のジェラートはBuonissimo(とても美味しい)でした。
ということでスタジオの登場口をご覧ください。日本代表キャプテンが作った洋梨の赤ワインのジェラートを、
ご本人にお作りいただきました。」
 
そうすると3人がスタジオに登場です。
所「御苦労さまでした。」
大会の時と同じジェラートが運ばれて来ます。

所「ということはこちらが大会で作られた!?」
茂垣「はい、それでは最後の仕上げをさせて頂きます。」
所「審査員もみんなこれやったんだよ。あ~もう匂いがするもの。」
ゲストのみなさん「美味しい。」 
所さんがスタジオにいる観覧者に「洋梨!」と味を教えます。

「潰した洋梨ぐらい食感がありますね。」
栗山「1日1個は食べたいですよね。」
所「これ毎週うちらの番組の始めにあっていいんじゃない?」
 
これもまたローマ支局が取材しなければ、知りえなかった内容でした。

 
 
ジェラートの買い方
1.まずレジでコーンかカップを選ぶ。
2.レシートを受け取り、色々な種類のジェラートが並んだカウンターへ行って、
食べたいジェラートの種類を伝えて盛って貰う。 
※コーン/カップのサイズで値段が決まっているので、ジェラートの種類は好きなだけ選べる。
でも欲張り過ぎると何の味か分からなくなってしまうので注意。
 
gelateria::ジェラート店
 
doppia panna::まず生クリームを入れてからジェラートを盛りつけ、最後にまた生クリームを重ねてくれる。
 
doppia panna e cioccolato(ダブル生クリームで挟んだチョコレート) 
fragola cioccolato e panna(ストロベリーとチョコレートのアイスクリームに生クリームのトッピング)
この日はちょっと変則的な内容の2時間スペシャルでした。
なんか日テレ自体がスペシャルウィークを組んでいるようですね。
   【笑ってコラえて!ローマ支局2/15】前編

       <イタリア・日本・ブラジル三大陸no1王道グルメ食いっ放しスペシャル!!>

いつものように関根麻里さんが「コマツバ~ラ支局長!」と呼びかけます。
小松ば~ら支局長「Buonaseraコマツバ~ラで~す。」
「なんか雲ってるね。」
支局長「ご覧下さいローマは雪です。ローマでは年に1,2回降るか降らないかぐらい珍しいです。
今回の2時間スペシャル、『食』がテーマということでローマ支局は、こんあ取材をしてみました。
それではVTRスタート!」

世界中が熱狂するサッカーのワールドカップ。またworld baseball classicはいわば野球のワールドカップです。
そしてイタリアにもう一つのワールドカップがありました。
それが「ジェラートワールドカップです。
文字通りアイスクリームの世界一を決める大会です。

今年1月21日イタリア中部のリゾート地リミニという街に世界13ヶ国の代表が集結しました。
今年で5回目を迎えるこのジェラート ワールドカップは2年に1度イタリアで開催される名誉あるこの大会に、
今回日本が初出場したとのこと。
過去の優勝国は初代フランスでそして2,3回大会イタリアで前回フランスと、
これまではイタリアとフランスの2強の争いだそうだ。
 
今大会のテーマは「海と大地の恵み」だそうで、
大会が行われる4日間ローマ支局は、
日本代表はもちろんそれぞれ2回の優勝を誇るイタリア代表とフランス代表の3チームを密着取材することに。
何とか日本も頑張ってもらいたい。
 
そうすると支局長とミケ―ラが「おはようございます。」と、
今回のジェラート祭りを緊急レポートしてくれるようです。
 
今回出場する日本代表メンバーは、チームリーダーを務めるジェラート職人茂垣綾介(30歳)さん、
チョコレート細工職人の高橋秀樹(35歳)さん、氷彫刻職人の肥田野雄紀(28歳)さん。
 
このジェラートワールドカップはアイスのその一般的な形であるコーン付きやカップのジェラートだけじゃなく、
チョコレートや氷の彫刻なども含めたアイスの総合芸術を競う大会なのだそうだ。

更に今回から各国パティシュエではなく、シェフがメンバー入りすることになった。
パティシュエではなくシェフが作る「前菜としてのジェラート」、「デザートとしてのジェラード」
新種目として追加されたようだ。

そして日本代表のメンバーに大抜擢されたのが、イタリアンのシェフ藤田明夫(31歳)さん。
その藤田さんが言います「打倒イタリアです。」
 
大会初日、この日の種目は氷の彫刻。

日本代表選手は肥田野さん、現在ジェラート職人として東京阿佐ヶ谷のシンチェリータで働く彼は、
2011年全国洋菓子コンテスト(アシエット・デセール・コンテスト)で優勝という輝かしい経歴を持つ人で、
そんな彼が氷彫刻を始めたのはわずか2年前のことで、
幼い頃から料理人兼氷彫刻家だった父をまじかで見て来た影響で、
父と同じ氷彫刻家を目指し、独学でその技術を身に付けたそうだ。

その道の才能があるようで、なんとたった2年で、
2011年1月明治神宮奉納全国氷彫刻展で入選を果たしたそうな。
未来の氷彫刻界を担う若き天才らしい!
 
いよいよジェラートワールドカップの開幕です。
・・・3,2,1
開始の笛と同時に勢いよく氷を切り始める肥田野さんです。

ライバルイタリア代表は早くも幾何学的な造形を切りだしています。
フランス代表はなにやら足のような曲線を削り出しています。
 
その頃肥田野さんは電動ドリルで氷に切り込みを入れ、なにやら赤い液体を注入して、
上から氷のブロックを重ねると角を削り球体にし始めました。
完成した肥田野さんの彫刻は中に真っ赤な薔薇をあしらった繊細な作品と、
波に乗った人魚が天空を仰いでいる姿を表現した躍動感ある作品とのこと。
構想期間1年!肥田野さん渾身の作品です。う~ん、お見事!
 
イタリア代表は下半身がタコ上半身が白鳥という、
今回のテーマである「海と大地の恵み」をストレートに表現した独創的な仕上がりです。
そしてフランス代表は豊かな曲線を生かしたこれまたタコのオブジェを作りました。
それぞれ甲乙つけがたい作品ばかりです。
 
 
大会2日目。
この日行われる種目はシェフが作る「前菜としてのジェラート」「デザートとしてのジェラート」。
日本代表シェフは藤田明夫(25歳)さん、日本でイタリアンのシェフとして働いていた彼は、
本場イタリアで修行したいと25歳の時に渡伊して北部の街トレントにあるミュシュラン1っ星の名店
「ロカンダマンゴン」で肉や魚をメインとする料理界の新星なのだ。
 
彼に聞きます、「ジェラートの経験はあるんですか?」
藤田「ジェラートの経験はないです。僕は料理が主体なのでジェラート…やっぱり難しいですね。考えるの。」
実は大会2週間前、ジェラート経験の乏しい藤田さんは、仕事の合間を縫って繰り返し練習をしていました。
 
「これから何を作りますか?」
藤田「前菜用のジェラートですね。」
 
ここで藤田さんが取りだしたのはニンニクでした。
※まず一口サイズに切ったニンニクと牛乳を鍋に入れる。
牛乳が沸騰したら1度捨て、新たに牛乳を入れて再び煮ます。
これを3回ほど繰り返してニンニクの臭みを取り除きます。

そしてミキサーの中にアンチョビと牛乳、そして香りの軟らかくなったニンニクを入れてかくはんする。
そして20分後、ニンニクのペースとが完成。
そこにオリーブオイルを加え良く混ざったところで、今度はホワイトチョコレートを大量に入れて行きます。
それを再びかくはんするとのこと。
 
 
藤田「これで完成ですが…。」
「えっ!これが。」
藤田「簡単に言ったらニンニクとホワイトチョコれーとアンチョビのジェラートですね。
調理師が考えるようなジェラートですよね。いったら前菜で使うのもそういう意味で、
今回調理枠があるんだと思います。前例がないんで結構自由と言えば自由だし、
チャレンジいっぱい出来ますよね。」
 
このジェラートのベースを専用マシーンで冷やしながら、
更にかくはんすると藤田さんオリジナルのジェラートが完成。
 
次にデザートとしてのジェラート作りに練習に入った藤田さんが手にしたものは、なにやら奇妙な器具でした。
藤田「風船を膨らませる。飴の風船を作ります。」
器具の先端をバーナーで熱し、そこに溶けた飴を着けます。
溶けた飴の中に徐々に空気を送り込んで行きます。
藤田「ガラス細工を作るような、要領的にはそんな感じです。」
出来上がったのはまさに飴の風船でした。
藤田「これを器の代わりにして使いたかったのです。」
 
しかし、ここで藤田さんは大きな壁にぶつかり苦労することになります。
パキッ!
「割れちゃいましたね。こんなに薄いんですよ。これは失敗です。」
といいながら何度も練習して飴の風船を作り続けます。
 
「これ本番で何個作るんですか?」
藤田「最低15個。15人前は作らなければいけないので、もし割れたらヤバイんで!」
果たして本番で上手くいくか一抹の不安が――。
 
そして迎えた本番当日。
 
この種目の調理時間は45分間です。
各国順番に作業して審査を受けて行きます。
先ずは前菜としてのジェラート。
地元イタリア代表の前菜は、
トマトとバジルのジェラートに海老の揚げ物、リコッタチーズやマカロンなどを添えた芸術的な作品です。
 
作り上げた作品はすぐさま12人の審査員の元へと運ばれ試食されます。
この審査の基準は芸術性・味・全体のバランスの3項目です。
 
そしてフランス代表の前菜はマンゴーのジェラートの上に焼いたへーゼルナッツをのせ、
添え物としてホタテが使われていて全体に黒トリュフがかけられている、まさにフランスらしい作品です。
 
そしていよいよ日本代表の登場です。
ここまで練習を重ねて来た藤田さんが慣れた手つきで調理して、チーム全員で盛りつけて行きます。
ジェラート経験のない藤田さんが作ったのは、1枚の皿にさまざまな種類の野菜や海の幸を敷き詰めた
大会のテーマである「海と大地の恵み」を表現したものです。
そしてジェラートは、ニンニク、アンチョビ、ホワイトチョコレートで作りあげたもの。
 
実はこのジェラートはソースとしての意味合いもあり、野菜や海の幸に絡めて食べるようになっている。
これはシェフならではの発想です。
だがその食べ方が審査員に気づいて貰えるだろうか!?
藤田さんの顔に不安の色が伺えます。

するとその時、チームリーダーの茂垣さんが審査員達の前に歩み出て、
「このジェラートは前菜の為に作りました。お皿に載っているのは冷たいソースのようなものです。
ジェラートのように食べられますが、野菜ソースや他のソースとしても食べられます。」
機転を利かせた茂垣さんの説明で審査員達は食べ方を理解してくれたようです。
 
すると大会の審査委員長マウロ・ペトリーニ氏が、なんと完食してました。
通常多くの料理を口にする審査で完食はありえないそうですが、こうなると高評価への期待が膨らみますね。
 
続いて「デザートとしてのジェラート」です。
地元イタリア代表のジェラートはマンゴーとみかんのジェラートです。
マンゴーとへーゼルナッツ、コーヒーを添えた贅沢な一皿です。
 
一方フランス代表のジェラートは、マンゴーのジェラート。
器の上に載ったビスケットの上にへーゼルナッツのビスケットを載せ、ココナッツムース、
キャビア風味のレモンソースをかけて食べる作品です。
 
 
そして日本代表のデザートは藤田さんが練習で失敗を繰り返していたあの飴風船です。
その飴の風船の中に果物の柿とビネガーを混ぜたムースを注ぎ込みます。
そして上にヘタを載せると柿の形をしたデザートの出来上がりです。
途中までは順調で1個の風船も割れていませんでしたが――、
「割れました!」
「換えましょう。」
すぐさまお皿を交換して作業を続けますが、審査開始を告げる笛が鳴ってしまいました。
それと同時に連鎖反応するかのように次々と風船が割れてしまいます。
「完成しているお皿を全部持って行っていいの?」
「持って行っていい!」
取り敢えず無事に完成したお皿から審査員の元へ運ばれて行きますが、
4皿程足りません。

すぐさま予備の風船を出して来ますが、用意しておいた風船の数が足りないので仕方なく、
割れた風船で作っていきます。
「行きましょう!」
ギリギリ審査員の人数分である12個は出す事は出来ましたが、
審査は味だけではなく芸術性も含まれるので、このミスがどう影響するのか――、
不安を残したまま2日目が終了しました。
 
 
大会3日目。
この日行われるのはジェラートワールドカップのメイン種目であるジェラート部門です。
出場する日本代表はチームリーダーのジェラート職人茂垣さんです。
茂垣さんは大会9日前に、ひとりローマのカンポ・ディ・フィオーリ広場にある八百屋さんを訪ねていました。
茂垣「Come no!」
八百屋「oh!みんな誰が来たか見てみろよ!生きていたか!」
 
実はこの八百屋さん茂垣さんの顔馴染なんだそうだ。
もともとコックとして働いていた茂垣さんが修行の為イタリアに渡ったのですが、
そこで本場のイタリアンジェラートに魅了されイタリアでジェラート職人に転向してから、
この八百屋さんとはそれ以来の付き合いだという。
 
茂垣「ちょっと洋梨見せて!」
八百屋「ほら、これだよ。」
茂垣「grazie本当に色々と!!」
トロヒィー掲げた真似をする八百屋さんが「大会終わったら…。」
茂垣「戻ってくるよ!」
八百屋「約束だよ!」
 
 
 
こうして迎えた本番当日――。
 
続く
 
 
ジェラートは一年中需要があるようですね。 
 
 
       【直訳の向こう側 No4】
1.torna da me.「僕の元に帰ってきてくれ。」※前置詞はdaを用いる。
 
2.Mi manca tutto,Mi manca il respiro.「(君がいないと)耐えられないんだ。息さえ苦しい。」

Mi manca tutto・・・直訳は「何もかもが足りない」、「すべてが足りない」ということから「君こそがすべて」と
そこでは訳されていました。
Mi manca il respiro.「息が足りない」すなわち「息がつけないほどつらい」
動詞mancareは「さみしい」「会いたい」の意味でもよく用いられる。

例)(Tu)mi manchi.(君がいなくてさみしい)
   mi mancherai./mi mancherete.(〈これから会えなくて〉さみしくなるよ)
 
3.Veramente?「本当に?」
 
4.Sai perche'~?「~の訳を知っている?」。 「なぜ~なのか、その訳を知りたい?」
 
5.fare casino「大騒ぎをする」
casinoは日常会話で頻繁に用いられる言葉。
che casino!は「ひどい騒ぎだな!」のほか、「うわ、面倒くさい!」「大変なことになってるなぁ。」
口語的なのでフォーマルな場面では避けたい。
 
6.ci annoiamo(annoiarsi)直訳で「退屈する」だが、「うんざりする」という語感も。
☆名詞の場合
例)che noia!
「(なんて退屈なんだ)という以上に、(うっとうしい)の意味で用いられることが多い。
同様の言葉に「Che barba!」「Che pizza!」
☆形容詞noiosoの場合
例)un film noioso(退屈な映画)
come sei noioso!(うっとうしい!、しつこい!)
 
7.grandioso.「壮大な、雄大な、堂々とした」威厳を感じさせるものを形容する表現。
 
8.vogliamo avviarci?このvogliamo~?は「~したい?」という質問ではなく、
「じゃあ、そろそろ~しようか?」と相手に何かを促す表現にもなる。

例)vogliamo prendere qualcosa al bar?(バールで何か飲もうか)
 
9.valere la pena(di)…「~するだけの価値はある」の意味。
例)ne vale la pena.(やってみるだけのことはあるよ)
 
10.parolaio「無駄によくしゃべる人間」、屁理屈をこねる人、饒舌な人、口達者」の意味。
 
 
今は分からなくても、次勉強した時に出てくるかもしれないので書いておこう。
実際にこれらの言葉をイタリア人が話しているのを見聞きして、
思い浮かべることが出来ると理解し易いのかなぁと思います。