榎本 健一（えのもと けんいち/愛称：エノケン/1904年10月11日～1970年1月7日）は、日本の俳優、歌手、コメディアン。
1904年10月11日、榎本健一が、東京市赤坂区青山（現：東京都港区青山）で誕生。
幼少期に母を亡くし、その家系の祖母に引き取られるが、その祖母も死去。父親の元で育てられるものの、生来のやんちゃな性格が仇となり、学校から親が呼び出されることもしばしばあった。小学校時代の通信簿に、「修身」で「甲乙丙丁」のうち落第点である「丁」をつけられたが鉛筆で上手に丁の字に線を書き加えて「甲」に見せかけて父親に見せたところすぐに見破られ大叱られしたというエピソードがある。
当時流行していた『馬賊の歌』に憧れて、満州で馬賊になることも考えていたようだが、浅草に頻繁に遊びに行っていたこともあり、役者になることを志した。
1919（大正8）年に浅草オペラの「根岸大歌劇団」の俳優・柳田貞一に弟子入りし、浅草・金竜館にて初舞台を踏む。
1922（大正11）年3月20日、「根岸大歌劇団」がジョルジュ・ビゼーのオペラ『カルメン』を初演、そのコーラスでデビューしている。コーラス・ボーイとして所属し、佐々紅華の創作オペラ『勧進帳』などに出演。この時代の親友に、後に新劇の名優となり、広島の原爆で落命した丸山定夫がいた。
1923（大正12）年9月1日、関東大震災による壊滅的な被害に遭遇。徐々に頭角を現していた矢先だったが浅草を離れ、当時流行の最先端であった活動写真（映画）の撮影所がある京都嵐山で喜劇的な寸劇を仲間らと演じていた。
この震災前後、エノケンは舞台で『猿蟹合戦』の猿役を演じた時、ハプニングでお櫃からこぼれた米粒を、猿の動きを真似て、愛嬌たっぷりに拾いながら食べるアドリブが観客に受け、喜劇役者を志すきっかけとなったと言われる。
東亜キネマ京都撮影所、中根龍太郎喜劇プロダクションの端役俳優を経験。
1929（昭和4）年、古巣浅草に戻り「カジノ・フォーリー」を旗揚げするが程なく解散、エノケンのいない第二次カジノが隆盛をみた。
その後、「プペ・ダンサント」を経て、ジャズシンガーの二村定一と二人座長となった「ピエル・ブリヤント」を旗揚げ。座付作家に菊谷栄、俳優陣には、中村是好、武智豊子、師匠である柳田貞一らを抱え、これが後に「エノケン一座」となる。
エノケンの「動き」の激しさについて、手だけで舞台の幕を駆け上る、走っている車の扉から出て反対の扉からまた入るという芸当が出来たという伝説がある。この人気に目をつけた松竹にエノケン一座は破格の契約金で専属に迎えられ、浅草の松竹座で常打ちの喜劇を公演し、下町での地盤を確固たるものとした（ピエル・ブリヤント後期）。一方、常盤興行は、映画雑誌編集者であった古川ロッパの声帯模写などの素人芸に目を付け、トーキーの進出で活躍の場を失っていた活動弁士の徳川夢声や生駒雷遊らと「笑の王国」を旗揚げさせのち松竹に所属、さらに東宝に移籍して有楽座で主に学生などインテリ層をターゲットとしたモダンな喜劇の公演を旗揚げし、「下町のエノケン、丸の内のロッパ」と並び称せられ、軽演劇における人気を二分した。
東宝の前身である、トーキー専門会社・ピー・シー・エル映画製作所の映画にも出演。その第一作『エノケンの青春酔虎伝』（監督は日活から迎えた山本嘉次郎）は、トーキー初期のヒット作となった。クライマックスシーンで、飛び乗ったシャンデリアから落下、全身を強打して、撮影は一時中断かと思われたが、翌日もエノケンは元気に撮影所に現れ、ラストまで撮り終えたというエピソードも残っている。また、喜劇を得意とする監督であった山本嘉次郎とは度々コンビを組んだ。
エノケンは浅草時代からコロムビアの廉価盤「リーガル」レーベルなどで歌の吹込みを行っていた。
1932（昭和7）年、ビクターで“モン・パパ”などをレコーディングしていた。
1934（昭和9）年、映画『エノケンの青春酔虎伝』に「榎本」役で主演、“青春酔虎伝のテーマ”、“僕はユウウツだ”、“僕こそチーフボーイ ＜リリ・オム＞”を歌唱した。
1935（昭和10）年、時代劇映画『エノケンの近藤勇』に「近藤勇」・「坂本龍馬」役で主演、“蛙の夜回り”を歌唱した。
1936（昭和11）年、エノケンはポリドール専属の歌手となり、数多くの曲を吹き込んでいる。
同年、時代劇映画『エノケン十八番 どんぐり頓兵衛』に「どんぐり頓兵衛」・「出目井玉ノ助」役で主演、“がまの油売り口上”、“女にかけちゃ自信があるんだ”、“武勇伝”、“惚れた男が親殺し ＜想い出＞”を歌唱した。
同年、現代劇映画『エノケンの千万長者』に主演、“惚れた男が親殺し ＜想い出＞”、“千萬長者の歌 ＜洒落男＞”、“きゅうくつな我が家 ＜私の青空＞”、“二人の心さえ”、“ユカレリ・ベビイ”を歌唱。挿入歌として歌った“私の青空”や“洒落男”では、当時アメリカで流行し始めたジャズも取り入れ、オリジナル訳詞で“きゅうくつな我が家”、“千萬長者の歌”として歌った。
他にも、“月光価千金”、“エノケンのダイナ”など、既に他歌手の歌唱でヒットしていた和製ジャズの流行歌を自分のキャラクターに合わせてカヴァー、“リリ・オム”、“南京豆売り”、“アロハ・オエ”といった外国曲を原詞とは全く関係の無いストーリーに沿った歌詞で歌いヒットした。同じポリドール所属の人気歌手であった東海林太郎、上原敏と一緒のスナップ写真が多く残されている。
1937（昭和12）年、時代劇映画『エノケンのちゃっきり金太』に主演、“のぞきからくり口上”、“あゝそれなのに”、“のんき旅”を歌唱。
同年、時代劇映画『エノケンの猿飛佐助』に主演、“もしも忍術使えたら”、“俺は猿飛佐助”を歌唱した。
1938（昭和13）年、時代劇映画『エノケンの法界坊』に「法界坊」役で主演、“ナムアミダブツ”、“紺屋高尾”、“おくみちゃんとデュエット”、“幽霊の歌(和田五雄)／高砂や(R.Wagner)”を歌唱。
1939（昭和14）年、時代劇映画『エノケンの鞍馬天狗』に「鞍馬天狗」役で主演、“壬生の侍”、“やさしき乙女よ”、“鞍馬天狗の歌”を歌唱。
同年、時代劇映画『エノケンの森の石松』に「森の石松」役で主演、“涙ぐんでるお夢ちゃん”、“道中歌”を歌唱。
1940（昭和15）年頃、ミュージカル風に話が進行するエノケン映画は、日中戦争が激化し、ヨーロッパにおいて第二次世界大戦が勃発した翌年まで、ほぼ年に3〜4本は製作された。『エノケンの千万長者』『エノケンの頑張り戦術』といった現代劇、『エノケンの近藤勇』『エノケンのどんぐり頓兵衛』『エノケンのちゃっきり金太』『エノケンの猿飛佐助』『エノケンの法界坊』『エノケンの弥次喜多』『エノケンの鞍馬天狗』『エノケンの森の石松』『エノケンのざんぎり金太』といった時代劇はいずれもヒットとなった。ほとんどエノケン一座でキャスティングされ、人気を博した。
11月6日、中国ロケを敢行し、日本特撮の雄である円谷英二が製作に携わり、高峰秀子ら人気俳優と共演して封切られた映画『エノケンの孫悟空』（『前篇』『後編』同時封切）も大ヒット。“悟空のテーマ”、“悟空の自己紹介”、“野こえ山こえ”、“化物退治”、 “砂漠よいとこ”を歌唱した。
1941（昭和16）年、エノケンが司会を務めた流行歌謡集『歌は戦線へ』はポリドール専属歌手を総動員し、慰問用として数多くプレスされた。
同年末の対英米開戦などの第二次世界大戦の激化によってコメディ映画の製作数は激減し、その他の映画においても国策に賛同する役柄を演じさせられることが多くなり、そのキャリアと人気は停滞を余儀なくされた。
終戦後、歌手の笠置シヅ子が演劇に進出し、エノケンの相手役を務めたが、同コンビは有楽座の舞台を連日満員にした。
1947（昭和22）年4月、過去に「犬猿の仲」といわれた古川ロッパと東京有楽座『弥次喜多道中膝栗毛』で初共演。
同年、直後の映画『新馬鹿時代』前編後ロッパと共演し、編でも榎本のヤミ屋を演じて古川の警官と共演。“ちょいといけます”（作詞：サトウハチロー/作曲：古関裕而）の歌唱でもロッパと共演し、ともに話題を呼んだ。
舞台で孫悟空を演じた際に、如意棒を左足に落としたことが原因で脱疽を発病。
1948（昭和23）年、映画でも笠置シヅ子と共演し、『エノケンのびっくりしゃっくり時代』、『歌うエノケン捕物帖』がヒット。
1949（昭和24）年、映画『エノケン・笠置のお染久松』等もヒットした。
1952（昭和27）年、脱疽が右足に再発、足の指を切断することになった。その後は主に舞台に活躍の場を移す。
1954（昭和29）年には、古川ロッパ、柳家金語楼と「日本喜劇人協会」を結成。自ら会長となり、喜劇人協会の公演などで軽演劇を演じ続けた。
同年、NHKのラジオ番組『ユーモア劇場』で作詞家・作曲家の三木 鶏郎（みき とりろう/1914年1月28日-1994年10月7日）が「造船疑獄」に対して辛辣に諷刺、これが当時与党自由党幹事長であり疑獄の容疑者として逮捕寸前だった佐藤栄作を激怒させ、同年6月に同番組は打ち切りとなった。当時のNHK会長の古垣鉄郎は佐藤からの圧力で会長の座を追われたという。なお、同年8月、文藝春秋社の提供で文化放送から『みんなでやろう冗談音楽』がスタートし「冗談音楽」は復活したが、12月、吉田内閣の退陣を機に『みんなでやろう冗談音楽』も終了。これとともに三木は「冗談音楽」の廃業を宣言した。
1960（昭和35）年、56歳で紫綬褒章を受章。
同年、第5回テアトロン賞を受賞。
1957（昭和32）年には、まだ26歳だった長男の鍈一を失う。
1962（昭和37）年、病魔が再発し右足を大腿部から切断。そして失意から自殺未遂を繰り返すなど私生活では次々と不幸に見舞われた。しかし、後妻の献身的な看護と、病床を訪ねた喜劇王ハロルド・ロイドの「私も撮影中の事故で指を失いました。ハリウッドには片足を無くして義足で頑張っている俳優がいます。次に日本に来る時はあなたがまた舞台や映画で活躍している事を確信しています」という言葉に励まされ、生きる気力を取り戻した。
その後、精巧な義足を得て、舞台・映画に復帰。
1966（昭和41）年、芸術祭奨励賞受賞。
榎本はその後も、義足にいろいろ仕掛けを施して、義足を使った芸も試している。
怪我の悪化やテレビジョンの人気などにより、晩年は舞台活動も少なくなったが、それと比例してテレビでの活躍が増え、ドラマ『おじいちゃま、ハイ』や歌番組への出演に加えて、「渡辺のジュースの素」や「サンヨー・カラーテレビ」“うちのテレビにゃ色がない”などのコマーシャルソングで話題を集めた。
一方、映画演劇研究所を開設して後進の育成指導に勤めている。面倒見もよく、1960年代大阪から上京した大村崑は、「当時、関西喜劇人に対する蔑視が強い雰囲気の中、榎本先生だけはとても温かく迎えてくださった」と述懐している。
しかし、長年の飲酒癖で肝臓を患うなど体調を崩していた。
1969年5月5日、長編映画『臍閣下』（へそかっか）が公開。主演の榎本健一は、映画出演としては1965（昭和40）年9月18日公開『喜劇 大親分』（監督酒井欣也）以来の3年半ぶり、映画の主演としては1963（昭和38）年7月28日公開『続雲の上団五郎一座』（監督青柳信雄）以来6年ぶりであり、本作はエノケンの「最後の主演映画」となった。
11月の台湾巡業中、エージェントに出演料を騙し取られ、この時の精神的ダメージで体調がさらに悪化した。
12月に帝国劇場で公演された『浅草交響樂』の『最後の伝令』で、台湾公演から帰国後、空港から駆け付け車椅子姿で演出を担当する。自身、90度で倒れる演技指導をして起き上がれないまま涙を浮かべて「『これくらいの気持ちで悲劇を演じなきゃこれは喜劇にならないんだよ…大悲劇として演じなけりゃお客の目や耳にとどいても、心にとどく悲劇にはなんねえよ。』と叫んだ」と出演した財津一郎は語っている。
こうした状況であったが「病院で年を越すのは嫌だ」と主張して病院に行くことを頑なに拒んでいた。
1970年元旦、激しく体調を崩したため周りの者の勧めもあり神田駿河台にある日大病院に緊急入院。
1月4日には昏睡状態に陥る。
1970年1月7日午後2時50分頃、エノケンの名で知られた日本の喜劇王、榎本健一は肝硬変により死去。65歳没。
最後の言葉は「ドラが鳴ってるよ、早くいかなきゃ」だったという。
死後、勲四等旭日小綬章を受章。戒名は天真院殿喜王如春大居士。
墓所は港区西麻布の長谷寺にある。
1991年2月27日、コンピレーション・アルバム『エノケンの大全集』が発売。LPで2枚組だったエノケンこと日本の喜劇王・榎本健一最後の録音に、三木鶏郎所有の音源を加え、全53曲を収録したCD2枚組アルバム。
1996年11月1日、コンピレーション・アルバム『エノケン芸道一代』が発売。“東京節(パイノパイノパイ/別表記：パイのパイ節)”など全28曲収録。後の2019年10月9日には27曲収録で再販された。
2003年9月18日、コンピレーション・アルバム『エノケンのキネマソング』が発売。主演映画の主題歌や挿入歌を32曲収録。
2004年、生誕100年記念として歌唱曲を収録したCDが発売された。
2023年10月2日～2024年3月29日、笠置シヅ子をモデルとしたNHK「連続テレビ小説」第109作『ブギウギ』が放送。エノケンをモデルにした喜劇役者「タナケン」こと「棚橋健二（たなはし けんじ）」（演：生瀬勝久）が登場した。
2024年9月29日、コンピレーション・アルバム『エノケンの浮かれ音楽 榎本健一コレクション 1936-1950』が「ぐらもくらぶ」から発売。昭和を代表する喜劇王・エノケンこと榎本健一は、浅草の舞台から東京の歓楽街・有楽町や映画へ飛び出し全国区の知名度を獲得した時代、コミック・ソングを歌うレコード歌手としてもまた大人気であった。外国曲やリズムをユニークな歌詞と歌い方で日本に親しみやすく紹介する役割を果たした人物としての視点も重要であり、歌舞伎や浪曲のジャズ化した歌謡曲、サラリーマン哀歌、戦争に駆り出された人々の心情を歌い上げた曲、舞台や映画の主題歌など、様々な曲をコミカルに歌ったエノケン。稀代の喜劇人が戦前・戦中・戦後を通じて発表した音源を記録した貴重なベスト・アルバムである。エノケン生誕120年を記念して、今回新たに音源をデジタル・リマスタリングした2枚組42曲の豪華版CDアルバムと、充実のブックレットをセットにした、歌手エノケンの魅力が詰まった愛蔵盤。
(参照)
Wikipedia「榎本健一」
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