ご無沙汰しています。続きです!
前回はl-メントールを作る過程で遷移金属錯体が利用されているという話をしました。具体的には下式の水素移動反応において金属錯体が利用されています。前回と似たような話になりますが,その反応で重要なのが立体配置です。下式では移動した水素原子(化合物Aで赤色で示してあります)が画面の奥のほうに向いていますが,水素原子の向きが逆(水素原子が手前に向いている)である化合物(化合物B)は,また別の化合物になります。
で,そういう立体的な反応性を制御するのに使われた錯体がこちらになります。
赤色で示した部分がBINAPという配位子であり,(厳密にはS-BINAPと言います)。このBINAPでは2つのリン原子が中心金属(今回はロジウム)にくっつく部分になっていて,その各々のリン原子に付いている芳香環(六角形のやつ)は中心金属の周りを覆っています(Lは任意の配位子。この部分は反応中に様々な配位子に代わっていると考えられています。今回の反応には直接関与してきません)。
今回のBINAP-ロジウム錯体で絶妙な点ははこの芳香環による中心金属の覆い方で,この覆いが基質がロジウム原子に接近できるようなスペースを著しく制限していると思われます。そのおかげで基質の反応していほしい部分だけが目的の反応が起こるような向きでロジウム原子に接近することができるので,目的の反応が極めて高選択的に起きるのだと考えられます。
もう一つこのBINAPで重要な点は2つのナフチル基(2つの芳香環が連なっている部分のこと)が立体的にねじれた配置をしていることです。S-BINAPでは太線になっている部分,つまり奥のナフチル基では左側が,手前のナフチル基では右側が画面手前に向いている状態になっています(下図)。
ここで例えばS-BINAPの代わりに,ナフチル基のねじれ方が反対であるR-BINAPを用いて行うと,化合物Aの代わりにメチル基の向きが反対になった化合物Bが生成します。もうお気づきの方もいるかと思いますが,S-BINAPとR-BINAPはお互いがお互いの鏡像である関係です。そして,生成物である化合物Aと化合物Bもお互いがお互いの鏡像にある関係です。細かな違いといえば細かな違いですが,逆に言うとそこが違うだけで工業的に有用な化合物ができるかできないかという結構ドラスティックな違いが生じます。錯体の立体構造が生成物の立体構造を制御するのに大きな役割を果たしていることが伝わる実験結果だと思います。
どうでもいいですが,なんか図の雰囲気が変わったなって思った方,正解です。PC買い換えて今まで図を作るのに使っていたソフトウェアが使えなくなりました。なので,今後はペイントで図を作ろうと思います。少し見苦しいかもしれませんが,ご容赦ください。
今回はここまで。
質問意見などありましたら是非頂けたらと思います。
次回はもう少し短い間隔で更新できるように頑張ります。
補足
化学式的には同じであるのに異なる構造を持つ化合物同士は,お互いがお互いの異性体であるということができます。例えば,ジエチルエーテル[CH3CH2OCH2CH3]とブタノール[CH3CH2CH2CH2OH]は化学式はC4H10Oで表される異性体同士です。異性体にもいろいろな種類がありますが,今回扱ったl-メントールとd-メントール,化合物AとB,S-BINAPとR-BINAPのようにお互いの構造が鏡に映った鏡像同士の関係にあるものを光学異性体(エナンチオマー,古い呼び方では鏡像異性体とも)呼びます。高校化学でも(少なくとも自分の在学中では)扱うテーマだったと思うので,興味のある方は調べていただければと思います。



