根っこにあるもの(2)のつづき

 

 

僕の母親は、小学1年生で亡くなった。

 

 

病弱だった母は、ある日、病院へ検査に行った。

 

 

その日、病院の階段で足を滑らせ、

頭の打ち所が悪く、そのまま帰らぬ人となった。

 

 

 

今でもそれが本当の死因かよ?って思うときがある。

 

そのくらいあっさり母は世界から消えた。

 

 

 

 

その日の深夜、病院で泣き崩れている僕に父親は

 

 

「泣くな、強くなれ。」

 

と力強く言った。父親の言葉で唯一覚えている言葉だ。

 

 

 

 

それから、母を失った寂しさを抱えたまま、

ぼくはずっと意地をはって生きてきた。

 

 

 

28歳で会社を創ってからも、

ずっとずっと強くあろうと必死だった。

 

 

 

 

やったことのないことでも、

 

あとで死ぬ気でつじつまを合わせることを前提で、

 

ハッタリをかまし、自分の限界を突破してきた。

 

 

 

 

起業当初、死ぬほど働き、気性も激しく

ストレスまみれの時代。

 

毎日、血の混じった水便しかでない。体重は80キロ目前。

 

あまりにもストレスまみれ、体調も悪く、死を意識したこともあった。

 

枕の横にはいつも、ベビスターとポテチ(のり塩)、

夜中に起きたら貪る・・・


いわゆる、暗黒期。

 

 

結果、東日本大震災直前に、ビジネスもろともぶっ壊れてしまった。

 

 

 

 

この頃は、強さの定義は、どんな状況でもへこたれないことだと思っていた。

 

 

 

 

でも、

 

「弱さをさらけだせること」が本当の強さだったんだ。

 

 

 

 

僕には実の母以外にも母と呼べる人が数人いた。

 

人生のどん底には、いつもそうした人たちが助けてくれた。

 

 

その人たちにだけ唯一、弱さをさらけだしていた。

 

 

 

 

がむしゃらに突き進んでいるようだけど

 

自分でも怖いくらい繊細で、臆病。それが僕の素だ。

 

 

 

これまでの自分を俯瞰してみれば「男気」みたいなものも確かにあるけど、

 

でもそれ以上に、「女性性」の割合が多い。

 

 

 

 

争いは嫌いだし、上下関係はもっと嫌いだ。

 

成り上がるために、魂を売ることもできない。

 

 

 

トップじゃなくて、精神的にフラットな関係でいれるコミュニティ、

その中心にいたい。

 

 

 

 

みんなの手をつないで引っ張っていくのではなく、

 

自ら挑戦を続け、それを見た周りの人たちが勝手に気づき、光り輝いていく。

 

 

そんな生き方が僕の理想だ。

 

 

 

の、くせに、戦ってかっこつけて意地はって生きてきたから

 

そりゃ、ひずみはくる。

 

 

 

ずっとずっと、周りの目を気にして、かっこつけて生きてきた。

 

 

人は驚くくらい他人に興味がないという事実を、

もっと早くに悟っていればよかったけど、

 

それも自分自身が、生まれる前に仕組んだネタなんだろうね。

 

 

 

 

最終話へつづく。