人類の歴史上、最も困難な戦いは自分自身との戦いでした。


マインドは恐れ、嫉妬、罪悪感、


退屈等の中身と分離的な性質を持ちます。


善と悪、神聖と俗悪のように分離され、


相手から逃れようとします。それが戦いなのです。


マインドとは自分のものでなく、


古代からの集合意識が流れているだけのものであることに


気づいている人が目覚めた人であり、


彼らは変えようとすることが無益であることに気づいています。


この気づきにより、全く新しい生き方や在り方が展開され、


マインドと格闘することなく、マインドと親しくなります。


目覚めとは到達点ではなく、一つの旅です。


苦しみの消滅はこの、意識の旅路における一つの通過点です。


その先は自然に展開され、成長は続きます。


解放されたエネルギーは相手への注意や、


人間関係の愛、仕事での効率や創造性として現れます。


端的に言えば、ただ存在するのでなく、『生きる』ようになります。

あなたの内側に起きていることにはっきりと気づいていると、


起きていることは何であれ重要ではなくなります。


重要なことはあなたの内側に何が起きているかということに


注目していなければいけないということです。


十分に近づいて見ることができれば、


あなたは自分がいないと気づくでしょう。あなたはそこにいません。


なぜなら観察されているものはあなたの内側にいる


観察者が作り出したものだからです。観察されているものが、


それとは違ったものとして見られるなら、あなたはいなくなります。


テレビの画面に近づくと、点だけがあって


形が見えなくなるのと同じです。


同じようにあなたが強烈に何かを観察すると、


観察されているものは消えていきます。画面の点と同じように、


あなたが内側に起きていることにとても近づくと、


それは全く違ったものになります。


観察されたものが変化するとき、観察者も変化します。


起きたことが観察されると、それは消えます。


観察者も消えます。両方とも消え去ります。そして、


観察者と、観察されているものと、


観察するという行為は一つであることに気づきます。


そういった気づきがおきるとあなたは消えてなくなります。


あなたが消えると、苦しみもなくなります。


なぜなら苦しんでいるのは「あなた」だからです。


ですから、あなたがしなければならないことは、


内側に強烈に気づくようになることです。


一日だけのことではなく、


徐々に何が起こっているのか気づいてただ


見ているだけになることです。


あなたは起きていることや問題について悩みますね。


それは重要ではありません。


何が起きているのか見ることができますか?


そしてそれを見ることができるなら、


観察しているものと観察者が実はひとつであると発見するでしょう。


だから、そこにあるのはただ体験だけです。そして、


その体験はなくなります。ただ、見ることだけがあります。


この先に起きることを予言する者は消え去ります。


ただ考えだけがあります。思想家は消え去ります。


ただそこにあることだけがあります。


あなたは消え去ります。

あなたはどこに行くのでしょうか?

あなたが行くべきところがないので、


どこにも行きません。ただ、


今起きていることについてもっともっと気づくようになるだけです。


教えが言っていることは、

初めのステップが最後のステップであるということです。


これは、初めのステップを踏み出したら、

その後どこかにいくという意味ではありません。


どこにも行くところがないという理由は、

今、ここがいるべき場所だからです。最初のステップとは何でしょうか?


それは気づくことです。 最後のステップは何でしょうか?


それも気づきです。他になにがあるでしょうか?

気づきだけがあるのです。気づきが全てであり、


最初と最後なのです。理解してください、

気づくことがあなたをどこか別の場所に連れていくのではありません。


嫉妬から解放されるのではありません。

気づくことで怒りから解放されるのでもありません。


気づくことで聖者になるのではありません。

気づきや嫉妬や怒りや憎悪からあなたを解放するのではありません。


それを変えようとするのをやめるのです。

はじめに気づきがあり、中間地点にも気づき、


最後にあるのも気づきです。あなたが気づいている時、

完全に気づいている時、あなたは存在しているのではなく、


生きていることになります。今のあなたは、

白昼夢を見ている状態です。思考が作り出した争いに、


ずっと巻き込まれているのです。

あなたはある場所にいます。そして別の場所に行こうとしています。


それは思考の動きです。

あなたはそれに没頭して、巻き込まれています。


だからあなたは生きていません。

ただ存在しているだけなのです。



mixiねじまきさんの日記から抜粋させて頂きました。

支配する必要性を手放すことが委ねです。


痛みを手放すことが許しです。


抵抗を手放すことが受容です。


所有を手放すことが愛です。


手放すことには恩寵が必要です。


この新年は、


手放すための恩寵を願うことで始めましょう。



-Sri Amma Bhagavan -


質問者

バガヴァン、自己不信はどこから来るのでしょうか?

自己不信から脱却するにはどうしたらよいでしょうか?



バガヴァン

そのためにはマインドの本質を理解する

必要があります。マインドの本質と言うとき、

それは個人のマインドではなく、

古代から続いている人類のマインドのことを意味します。

マインドは幻想であり、実体がないものであり、

その質のひとつが自己不信なのです。

覚えておいてください、

それは「あなたの」マインドの質ではなくて、

「その」マインドなのです。それゆえ、

マインドを変えようとするいかなる試みも

成功することはありません。

ひとたびこのことを発見するなら、

もう問題は起こらないでしょう。

マインドのなかで自己不信は続くかもしれませんが、

あなたはただそれを見ているだけです。

それについてあなたが
出来ることは何もありません。なぜなら、

それがマインドの本質だからです。