銭湯でおばあちゃんに言われた衝撃の言葉
貧乏学生だった大学時代一人暮らしのアパートにはお風呂がなく銭湯に行っていた。自転車での帰り道、真冬には帰宅するころに髪が凍りかけていた。若い時は、そんなことなんとも思わなかったけれど、今なら無理。銭湯での思い出はいろいろありますがふと思い出したのが二十歳の頃の私の肌を見て、おばあちゃんが言った言葉「あ〜、キレイな肌だね〜。若いっていいね〜。私だって、ずっとおばあちゃんだったわけじゃないんだよ。私にも若い時があったの。」そうだよねー、と頭で理解はできるものの、シワシワのおばあちゃんを見て、その若い時を想像できなかった。私と同じ年の時があって、その時はピカピカの肌だったはず。おばあちゃんも「若いっていいね〜」と言われたことがあるのでしょう。銭湯で会ったおばあちゃんと同じように、母にも二十歳の時があった。そう思ったら、いつも「親の言うことを聞きなさい」とか、「ああしろ、こうしろ」と命令する母も、自分と同じ若い時があったんだと実感した。子供の頃の写真はみたことがあったけれど、実際に20歳の母がいると想像したことはなかった。頭の中で、母の友人が母を呼ぶように「〇〇ちゃん」と呼んでみた。隣にいるように「〇〇ちゃん」と繰り返し頭の中で言っていたら、同い年の母が隣にいるように感じた。私と同じように「若い時」を過ごしてきた人で、そんな人なら「間違いもあるし、八つ当たりすることもある」と思えた。反抗ばかりしていたけれど、心の中では「母親は正しい」「母親の言うことを聞かなくちゃ」という気持ちがあった。銭湯で言われた言葉は、母を「親」から「一人の人」と思い始めたきっかけになった。小さな子供は、感情で行動する。友達のおもちゃを取りあげて泣かしたり、バスの中で大声を出したり。そんな生まれっぱなしの子供に、母親は一つ一つこの世で生きるためのルールを教えていく。「正しいことを教えなければ」「子供が不幸にならないようにしなければ」と思うことが癖になり、子供が大人になっても子供に命令するように指示する人もいるようです。「子供のためにやってる」とその癖に気づいていない親も多いとか。先日、NHKの朝の番組で、親子の確執が続き何十年も会っていないという人もいたり、親の介護は絶対しない、と言っている人も多いと知りました。私が学んだラジャヨガ(心のヨガ)では、「誤解やもつれとは、大きくは「無知」・「無理」・「過不足」から生じ、不調和の状態を示し、ストレス・病気・不幸の原因となる」と教えています。「親なんだから」という気持ちから、「一人の人」としてその人生、過去を詳細に知り、理解できるようになると、す〜っと、心の中の塊が消えていく気がします。いろんなタイプの親子がいるので、難しいところですが。親との関係が原因で、原因不明の病気になっている人も多いようです。何が正しいのかわからず、親も迷いながら子育てをし、子育てをしている時は、まだ20代〜30代の人が多い。そんな若い時に、子供に言ってしまったこと、やってしまったことを「許さない」と思っている子供も多いとか。自分が親に言ったひどい言葉はすっかり忘れているのかもしれません。私と母も、お互いにいろいろしたり、されたりしたけれど、今はいろんなことを乗り越えてきた仲間のような感じになってきました。母からしたら、私はまだまだ苦労が足りないと思われるかもしれないですが、以前は話しづらかったことも、今は「あんなことあったよね〜」となんでも話せるようになりました。やっと、ここまで来た、という感じがします。友達としてはお互いに選ばないと思いますが・・・。