「訊く」訓練をしてみたら 相手が変わった
最近はLINEやメールでやりとりするので滅多に電話がかかることはない久しぶりにかかってきた電話名前を見て、出ようかどうか迷った「あ〜、この電話に出たら私の午前の予定は中止になる」と思ったけれど、「訊く」訓練のために電話に出ることにした話は1時間半ほど続いた内容は10年ほど前のこと親の介護のために仕事を辞めることになり私に仕事の負担がかかって申し訳なかったということ介護が本当に大変だったこととても詳しく流れるように話続ける以前にも何度も聞いたことのある話を台本でもあるように話す以前はこの長電話をどうやってきりをつけて電話を切るかということばかり考え、話は適当に聞いていた今回は「訊く」=相手の心の背景を思いながら聞いてみたなぜ、この人はこんなに話し続けるのか?なぜ、10年近く前のことをこんなに詳細に話せるのか?なぜ、頭や体に不調が出ているのか?そう思って聞いていたら、気がついた。あっ、この人は長い間、介護の苦労、介護のために仕事をやめ、働き盛りの時間を使ってしまった悔しさを何度も何度も頭の中で繰り返していたんだ。そして、私に仕事の負担をかけて申し訳なかったという表現は、私に介護の苦労をわかってほしいという気持ちなのかと。「あの時は介護や看護の苦労がわからなかったけれど、夫を在宅看護して、今は身にしみて苦労がわかります。本当に大変でしたね。」と、私がいうと、会話のキャッチボールできるようになり、「頭や体に不調が出ているのは、常に脳を使い続けて休ませてあげていないからではないですか?脳が病気をつくるんですよ。体の神経の根っこは脳です。」というと、そうかもしれない、府に落ちたと言ってくれました。それまで、私のセルフケアのアドバイスを本気で聞いてはくれなかったけれど、そう言ってくれました。なぜ、その言葉が出てくるのか?何をわかって欲しいと思って話しているのか?言葉通りの思いなのか?それとも逆の思いなのか?そんなふうに、話し手の心を想像しながら聞くことを「訊く」といういうのだとわかってきました。ちゃんと「訊く」と相手が変わり、自分も変わり、関係がとてもよくなる。私は家族の話をちゃんと「訊いて」いただろうか?話し下手な夫の言葉が待てず、会話をやめてしまったり、話題を変えてしまったり。会話のキャッチボールができない、自分の話ばかりを続ける義母の気持ちを想像してしてみたことがなかった。「私にはできない、あなたがやって」「私なんかにお土産なんて買ってこないでいい」「これは嫌い」「嫌」そんな風に言い切る義母の言葉の背景を理解できるようになったら、私たちの関係はとてもよくなってきた。ちゃんと会話のキャッチボールができるようになってきた。相手や現実を変えるのは、自分の気持ちと行動次第。あらためて、そう思うようになりました。