ビクさまの日記より、心温まるお話を教えていただきました。
ひとりひとりに問いかけられている人生って、本当に様々で、奥行きの深いものなのですね…
【転載開始】
「待つということ」
車がちょっとした故障で走れないわけではないが、実家に置いてきた。結局、JRで帰ってきたわけで、なんで新年早々からついてないのか。参拝した意味ないじゃん。
JRに乗って車内誌に、ちょっと目が潤んだエッセイがありました。紹介します。
待つということ
小桧山 博
待つのにもいろいろあって、恋人と会う日が来るのを待つとか旅行に出発する日が待ち遠しいなど比較的に楽しいこともあるが、いろいろつらい待ち方もある。
いずれにしても待っている時間は心の中を期待と不安が錯綜し、複雑に揺れつづけるものだ。
僕もこれまで、ずっと待っていた気がするほど待つことに埋め尽くされた70年間に思えるが、結局人生とはそんなものだろう。
待つことによって人間は鍛えられ成長するというし、たぶんそうに違いないが、ぼくは愚かな人間だから、待ってひねくれてしまったかもしれないと心配だ。
ぼくは27歳のころ東京に住んでいた。
ある日、若い女性と新宿・歌舞伎町にある「田園」という喫茶店で待ち合わせた。
ぼくのほうから誘った。5日前にふとしたことで知り合ったばかりで、まだ彼女の名前も年齢も住所も電話番号も知らなかった。
どこかに勤めているのかもわからなかった。
約束の日、ぼくは彼女と会うため会社から前借りをして床屋へ行き、髪をリーゼントにした。
次に質屋に入れていた一張羅の背広を出してきた。もちろん彼女とのコーヒー代や食事代のぶんも前借りしておいたから、次の月の給料はもらいぶんがないはずで、来月もまたすぐ前借りしなければならなかった。
しかし女と会うのだ、前借りぐらい何回でもするつもりだった。
その日ぼくは5時半に、喜び勇んで喫茶店へ行った。
胸が踊った。
だが6時の約束が7時になっても8時になっても女性は来ない。ぼくは苛々しながら待ち続けた。自分の眼が血走るのがわかった。
連絡しようにも彼女の住んでいるところも電話もわからない。今日会えないと、もう二度と会うことはできないはずだった。
9時になったとき、ぼくは怒りのあまり唸りながら喫茶店を飛び出した。
彼女は初めからぼくと会う気などなかったのだ。
からかわれたのだと思った。
自分の馬鹿さかげんに腹が立ち、ぼくは近くの焼き鳥やへ入って冷酒をあおった。
そのとき突然、もしかすると、ぼくが彼女に指定した喫茶店は「田園」ではなく「上高地」ではなかったかと気づいた。息が詰まった。
ぼくは焼き鳥やを飛び出すと、「田園」から二百メートルほど離れたところにある「上高地」へ走った。
腕時計が10時を回っている。
息を切らせて「上高地」へ走りこむと、彼女はいた。
4時間半待っていたのだ。
その眼が濡れていた。
ぼくを見ると大急ぎで涙をぬぐった。
その彼女がいまのぼくの妻だ。
結婚して45年たち、たまにぼくが、
「もしあのとき俺たちが携帯電話でも持ってて連絡を取り合い、5分遅れぐらいで会ったとしたら、
俺たちはどうなってただろうと思うことがあるんだ。
もしかすると、4時間半待つことがなかったら、俺たち結婚してなかったかもしれないな」
と言うと、
妻も「たぶんね」と笑う。
【転載終わり】
ひとりひとりに問いかけられている人生って、本当に様々で、奥行きの深いものなのですね…
【転載開始】
「待つということ」
車がちょっとした故障で走れないわけではないが、実家に置いてきた。結局、JRで帰ってきたわけで、なんで新年早々からついてないのか。参拝した意味ないじゃん。
JRに乗って車内誌に、ちょっと目が潤んだエッセイがありました。紹介します。
待つということ
小桧山 博
待つのにもいろいろあって、恋人と会う日が来るのを待つとか旅行に出発する日が待ち遠しいなど比較的に楽しいこともあるが、いろいろつらい待ち方もある。
いずれにしても待っている時間は心の中を期待と不安が錯綜し、複雑に揺れつづけるものだ。
僕もこれまで、ずっと待っていた気がするほど待つことに埋め尽くされた70年間に思えるが、結局人生とはそんなものだろう。
待つことによって人間は鍛えられ成長するというし、たぶんそうに違いないが、ぼくは愚かな人間だから、待ってひねくれてしまったかもしれないと心配だ。
ぼくは27歳のころ東京に住んでいた。
ある日、若い女性と新宿・歌舞伎町にある「田園」という喫茶店で待ち合わせた。
ぼくのほうから誘った。5日前にふとしたことで知り合ったばかりで、まだ彼女の名前も年齢も住所も電話番号も知らなかった。
どこかに勤めているのかもわからなかった。
約束の日、ぼくは彼女と会うため会社から前借りをして床屋へ行き、髪をリーゼントにした。
次に質屋に入れていた一張羅の背広を出してきた。もちろん彼女とのコーヒー代や食事代のぶんも前借りしておいたから、次の月の給料はもらいぶんがないはずで、来月もまたすぐ前借りしなければならなかった。
しかし女と会うのだ、前借りぐらい何回でもするつもりだった。
その日ぼくは5時半に、喜び勇んで喫茶店へ行った。
胸が踊った。
だが6時の約束が7時になっても8時になっても女性は来ない。ぼくは苛々しながら待ち続けた。自分の眼が血走るのがわかった。
連絡しようにも彼女の住んでいるところも電話もわからない。今日会えないと、もう二度と会うことはできないはずだった。
9時になったとき、ぼくは怒りのあまり唸りながら喫茶店を飛び出した。
彼女は初めからぼくと会う気などなかったのだ。
からかわれたのだと思った。
自分の馬鹿さかげんに腹が立ち、ぼくは近くの焼き鳥やへ入って冷酒をあおった。
そのとき突然、もしかすると、ぼくが彼女に指定した喫茶店は「田園」ではなく「上高地」ではなかったかと気づいた。息が詰まった。
ぼくは焼き鳥やを飛び出すと、「田園」から二百メートルほど離れたところにある「上高地」へ走った。
腕時計が10時を回っている。
息を切らせて「上高地」へ走りこむと、彼女はいた。
4時間半待っていたのだ。
その眼が濡れていた。
ぼくを見ると大急ぎで涙をぬぐった。
その彼女がいまのぼくの妻だ。
結婚して45年たち、たまにぼくが、
「もしあのとき俺たちが携帯電話でも持ってて連絡を取り合い、5分遅れぐらいで会ったとしたら、
俺たちはどうなってただろうと思うことがあるんだ。
もしかすると、4時間半待つことがなかったら、俺たち結婚してなかったかもしれないな」
と言うと、
妻も「たぶんね」と笑う。
【転載終わり】