こんにちは!

 

 

 

「ピンチをチャンスに変えて、

幸運体質になれる専門家」

 

横山靖子です。

 

 

 

 

先日から

やっちゃんストーリー

再開しました。

見えないものを感じながらの人生!

 

 

***「昭和オカルト女子」だった私が

「波動アップ・コーチ」になるまで***

 

 

ここからは

結婚してからのストーリーになります

 

 

 

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 

 

 

 

この世界観ブログは、

 自分の過去と向き合いながら、

 

今の自分がどう出来上がってきたかを

 確認するために始めました。

 

 

でも、実際にふたを開けると、

その時の、感情はまだ生きていて、

見つけてくれるのを待っていたようです。

 

私の体験が、誰かのお役に立てたら幸いです。

 

前回の話はこちらから

 

 

 

 

前回、

自宅の買い替えを実行しましたが、

その前後は、いろんなことが起こりました。

 

 

 

 

買い替えをした自宅に、

リフォーム後に引っ越しをすることにしますが、

主人は、千葉に単身赴任中です。

 

 

 

福岡にいた私たちは、

夏休みに、息子が沖縄での手術後を受けて、

2学期から小学校の昼休みには、

安全確認に、私は様子を見に行かないといけませんでした。

 

 

 

その後、

中学1年だった娘が

夏休み後に体調を崩して入院しました。

 

入院は、小学校のぜんそく以来ったので心配しましたが、

本人は、元気そうでした。

 

 

 

自宅の売買契約を、その間にすませて、

リフォームのを進めていました。

主人も仕事が忙しくて帰れないので、

半年後の4月に、新居に引っ越しをすることにします。

 

 

 

でも、その前に突然、

娘が亡くなってしまいます。

 

信じられずに、

私は体調を崩してしまいました。

 

 

 

でも、引っ越しはしないといけません。

それで、1か月後に新居に移りました。

 

1か月間は、主人も部屋を片付けたりしてくれましたが、

すぐ千葉に帰ってしまいました。

 

 

 

 

 

私は、娘をなくしてから、

何をする気力もなくなり、

下の息子の用事だけ、最低限済ませていました。

 

この子がいなかったら、

実社会に戻れなかったかもしれません。

 

 

 

両親のサポートはありましたが、

主人は千葉へ行ったまま、帰ってこないし、

夫婦でいる意味があるのかと、思い始めました。

 

 

 

娘が入院していた間や、

息子が手術後の目が離せない時期に、

主人は、ドクター論文を書いている最中で、

 

仕事も忙しいと言って、

ほとんど手伝いもなかった状態でした。

 

 

 

娘が亡くなってもそばにいてくれない人と、

夫婦でいる意味がある?

 

 

 

そのことを、

主人に電話で伝えました。

 

 

 

すると、

転勤願を出して、速攻で帰ってきました。

 

 

 

「そんなに大変だなんて、知らなかったんだよ!」

 

知らなかった??

知らないも何も、親でしょ!

辛さや大変さが、分からないわけ?

 

 

 

「言ってもらうとわかるけど」

 

 

 

感覚が全く違う…

何だか気が抜けました。

 

 

 

主人と、全然通じ合っていませんでした!

 

というか、分かってくれてると思って、

伝えてなかったんです。

 

 

 

もともと、主人は研究職で、

人の気持ちや周りの状況に、

気が付きにくいタイプです。

 

これくらい分かって当たり前が、

全然わかってなかった!

 

何てこと…!

 

 

 

これからも一緒にやっていくなら、

ちゃんと話し合いが必要!

 

 

 

「普通、わかるでしょ?」の、

普通がわからない。

 

私の普通は、ほかの人の普通ではない。

それは夫婦でも同じこと。

 

 

 

不動産投資も、

娘や息子が苦労しないようにとやってきたけど、

息子だけだと、引き継ぐ人がいない。

 

そもそも、

主人が、賃貸経営をやりたいのかどうかさえ分からない。

 

 

 

それを主人に、

腹を割って話しました。

 

 

 

すると、

 

 

 

「不動産投資は、あまり向いていないし、

空室になると心配だし、ローンも心配

面倒くさいのは苦手だから、信用して任せている」

 

「息子のことも、あまり関わってこなかったけど頑張るから」

と言ってくれました。

 

 

 

これから、

どういう人生を送りたいのか一緒に考えて、

私も、ちゃんと伝える努力はしようと決めしました。

 

 

 

この後、

息子は、3年生で校区外の小学校へ転向します。

(普通クラスから、支援学級のある学校へ変わりました)

 

 

 

学校への、毎日の送り迎えが大変なので、

放課後に友達と遊べるように、

セカンドハウスを購入することにしました。

 

 

 

ここも古い戸建てでしたが、

自宅で使った格安リフォーム方法で、

中はピカピカにしました。

 

この家から少しの間、学校に通いましたが、

子供が、小学5年生の12月に、

また転勤で千葉に引っ越しが決まります。

 

 

 

それで、

セカンドハウスと自宅を賃貸に出すことにします。

 

セカンドハウスは、駐車場を2台分作っていたので、

場所が不便な割には、

借り手がついて14%ぐらいで回っています。

 

自宅は、駐車場が3台とめられるので、

すぐ借り手が付きました。

 

 

お引越し~

 

 

 

またまた、

千葉で社宅暮らしが始まります。

 

 

 

 

ここまで読んでいただいて、

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

第27話 夫婦ってやっぱり他人?

 

 

へ続く。