最近、よそ見ばっかりしてます。著作権云々についてブログ管理者から注意が来ましたので、関係ネタは○○に、画像は削除しました。なんのこっちゃわからん文章になったけど、ま、いっかw
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新潟に30数年来の友達がいます。といっても、東京で数年間付き合って、それから二人とも故郷に帰ったので、10年以上音信不通でしたし、今でも、1年に数回電話するか会うかという付き合いです。しかし「つかず離れず」の言葉通り、折に触れては友の事を思い出して「あいつ、元気かなぁ」とつぶやきます。
「電話すればすむことじゃないの」
ヨメは呆れたように言いますが、そうじゃないんだな。オレたちはいつでも「あの時代」を共有しているから、そんなに会わなくても、話さなくてもいいのよ。
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でもって、そういう私たちがたま~に会って必ず話すのが「大宮で食べたステーキは美味かったなぁ」。
ある日、給料をもらったばかりの私が、勤務先の埼玉県大宮市に遊びに来た友達に、ステーキを奢ったのです。一人5.000円のステーキでした。当時は日勤と夜勤を一週間交代で働き、土日休みで月給が手取り15万円ほどでしたでしょうか。
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今でもお一人様5.000円のステーキは結構なご馳走ですが、もう30年以上前の5.000円はもっともっと価値があり、もちろんお肉も極上でした。
具体的に書きますと、ミディアムレアに焼かれた分厚い牛肉にナイフを入れると、それまで内面に隠れていた肉汁が口いっぱいに広がり、若い私たちの味覚に痛烈な記憶を残しました。今でもそれに類するステーキを出すお店はたくさんありますが、どうも肉汁がイマイチ。
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それなりにいろんなお店でステーキを食べてはきましたが、あの「大宮のステーキ」を越える味にはとうとう出逢えていません。
本当に青春期の一瞬に一度だけ食べただけなので、まさか十数年たって友人も「大宮のステーキは美味かったなぁ」などと覚えているとは夢にも思わず、正直驚きました。
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改めて考えてみると、おそらく今、同じ条件で同じ味のステーキを食べても「大宮のステーキ」にはかなわないんだろうなと思っています。その時代のその時でなければ感じられない味って絶対ありますよね。
だから、私は若い人にご馳走する時は、自分のできる範囲内で一番極上のものを食べてもらうように心がけています。もちろん無職のビンボー中年ですから、さほど大したものは奢れませんが、たとえばお寿司ならカウンターで食べる寿司。肉ならチェーン店じゃない店の肉。
もうね、私自身は「大宮のステーキ」は一生食べられないってわかってますから、今を生きている若い人たちが中年になった時に「ああ、あのお肉やお寿司。本当に美味しかったなぁ」ってチラッっとでも思い出してくれれば、と。
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ファストフードもチェーン店も悪くはないんですよ。そういうのにも「思い出の味」ってのはあると思いますし。…でもね、「寿司とは回るものである」とか「肉とはチェーン店で食べるものである」って決めつけて欲しくもないのです。「自分へのご褒美」ってのは、そんなに簡単に手に入るものじゃないんじゃないかな。頑張って、頑張って、今の自分にしたら無謀な値段と味の「あなたの大宮のステーキ」を食べるのもいいもんだよ。若いうちにね。