HAJIMEのひとりごと -147ページ目

HAJIMEのひとりごと

           

鳴門のホテルは広くて快適だった。部屋に蚊が棲息していたのには閉口したが・・・。


セット朝食も美味しかった。


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ふとレストランの窓から外を見ると、こんなレトロな看板が・・・。


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なんと国内航空3社時代の、しかもそれぞれ旧ロゴが描かれている。

JALは鶴丸、ANAはダビンチ、JASは旧TDAのマークだ。

しかもJASカラーのエアバスのイラストが泣かせるではないか。


徳島からJL1432便(A300-600R、JA8573)にて羽田へ。徳島空港には珍しいフォッカー50がいた。
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名古屋行きの便だ。フォッカー50も近々退役するようで、もう見納めかも知れない。ANAグループに入る前の中日本航空時代に何度か乗ったものだ。

数年前にマイルの搭乗回数を稼ぐために、名古屋出張の折に成田-名古屋を飛行機で移動したことがある。

そのときがこのフォッカー50であった。1機だけ革張りシートの機体があったはずだ。


1432便の席はクラスJ最前列の81Bだった。機内に入ると、旧知の某企業支店長にばったり。

偶然にも席も隣同士だった。おかげで羽田までいろいろと楽しく会話しながら行けた。

話すうちに、支店長と私は同学年とわかった。同い年の人が企業で活躍しているのを見るのは、うれしいものだ。

徳島を出るときは敬語だったが、羽田に着く頃はかなり友達言葉に近くなっていた。


私は不思議とよく乗り物の中で知人に会う。年に数度はこういうことに出くわす。

そのたびにいろんな人との距離が縮まるのを感じる。

今日は午後から出張。


羽田発14:05のJAL1437便で徳島に飛ぶ。

機材はA300-600R、JA8657だった。


今日は離陸前から寝てしまい、目が覚めるとすでに上空だった。

徳島空港について、迎えに来てくださった方の車で香川県某市へ。


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香川に行くのに何で徳島空港?、と思われるかも知れない。
香川県東部は、県西部に位置する高松空港より徳島空港の方が近いのだ。


こういうことは往々にしてある。

宮崎県の小林市に以前行ったが、ここは鹿児島空港の方が近い。

大分県の佐伯市は、宮崎空港から直通の電車で入った方が大分空港から行くより早い。

佐賀県の鳥栖市に行くなら、間違いなく佐賀空港でなく福岡空港だろう。


講演会の会場に着き、近くで夕食をと店を探すとステーキハウスがあった。

場違いというと失礼だが、こんなところになぜという印象だった。

ハンバーグを食べたが、目の前の鉄板で焼いてくれたハンバーグはとても美味しく、都会なら繁盛するだろうと思う。


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19時から講演。介護報酬改定と在宅医療に関する話。

鳴門市に送ってもらい、鳴門のホテルに投宿。




数日ぶりに朝の散歩。

先週に比べてだいぶ寒くなってきたのを感じる。

家でデスクワークののちに遅めに出社。


ランチは、キムチラーメン。暖まった。


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今日は終日デスクワークなので、カジュアルスタイル(ビジネスカジュアルでなく、完全なカジュアル)で夕方まで集中して講演資料作り。


夕方、某製薬企業に勤務する旧知のSさんが来社。少し話をしたのち、神田の街へ。

いつもの「ぢどり屋」で一献。


飲み始めが早かったので、20時過ぎにすでにほろ酔いでお開き。

東京駅20:28発の始発快速に坐って帰宅。

錦糸町で地下から地上に出たあとは、ワンセグで日本シリーズを見る。

ワンセグをつけたとたんに巨人が加点し、逆転した。

今日もデスクワーク、会議。昼は豆腐チゲ。


茅場町の証券会館へ行き、午後からはセミナーで講演。
今日は私の1人講師で、テーマはDPC。150分しゃべりっぱなしだった。

終わって、茅場町から日比谷線でひと駅の人形町へ。
ちょうど電車が来て飛び乗り、ひと駅目で降りると様子がおかしい。


駅名は「八丁堀」となっている。
逆方向の電車に乗ってしまったのだった。


八丁堀からふた駅目の人形町で降りて、かかりつけのクリニックへ。
人形町は日比谷線と都営浅草線が交差しており、今度は都営浅草線で新橋へ。


新橋では予約しておいたS治療院へ行き、マッサージを受ける。
マッサージ師は、いつものKさんをご指名で予約しておいた。


ここはパジャマのような服に着替えてマッサージを受けるのだが、更衣室がない。
女性の場合は、カーテンで仕切ったところで着替えるが、我々はオープンスペースで着替え。
裸になっているおじさんもいて、なんだか香港かどこかの裏街のマッサージ屋のようだ。


1時間マッサージしてもらいぐにゃぐにゃになったので、今日は特別に新橋から総武快速グリーン車で帰る。

今日は終日デスクワーク。


ランチに食べた「天津飯店」の豆腐ライスがうまかった。

麻婆豆腐をご飯にかけたものだが、ひき肉もしっかり入っているし、味付けもよい。


ANAのマイページを見たら、もうプラチナ表示になっていた。


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「プラチナ事前サービス」をご提供しますとある。

アップグレードクーポンが追加でもらえるならいいが、そうではないだろう・・・。


「超」集中してデスクワークをこなし、気がつくと20:30。

そろそろ切り上げる。


神田の行きつけの「H」寿司に行く。

いつものお店のおばさんが、「お疲れ!」と声をかけてくれる。


ビールを頼むと同時に、ネタケースの上につまみの沢庵と枝豆が置かれ、やや遅れてスタイニーボトルのビールが到着する。

手酌で飲みながら、今日は(つまみを頼まず)最初から握ってもらうことを決断する。

おばさんは、すかさずテレビを日本シリーズの中継に切り替えた。いい手際だ。


まずコハダと鯛。つぎに秋刀魚に鯖。みる貝に鉄火巻。締めに卵焼きをつまみで。

いつもの蜆の味噌汁も供される。

ネタは新鮮であり、これで2,000円いかないのだから素晴らしい。


21:10に店を出て、秋葉原発21:23のホームライナーで津田沼着21:45。

今日はアキバ経由神田オフィスで、ずっとデスクワーク。


昼は「光麺」の黒胡麻坦々麺。濃厚なスープがうまく、あとを引く。


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ついついスープを飲んでしまう。

替え玉したかった~。

kokomoさんの記事 (←クリック。「JALからの手紙」) にならって書いてみた・・。


ANAから手紙が来た。

先日の高知→羽田便でフライトログ記入を依頼したが、降機の際に渡しそびれたというお詫びの手紙。


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この手紙が来る前に、お詫びの電話もあった。


そして手紙には、絵葉書やクオカードも添えられていた。

なんと親切なANA!!。


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プラチナ会員にしてもらったし、ANAに乗りまくるぞ~!。


午前中は家の片付けなど。

昼前に、市川市中山に移動。お寺の檀家の集まりに今年から父の代わりに参加。

「なだ●」のお弁当が出た。


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昨夜、秋田の実家から持ってきた父の形見の時計のベルト交換などを自分で行った。

電池の切れていた時計の電池交換を行うために、帰りがけ津田沼パルコの時計屋に行き、交換のあいだスタバで読書。


今日もパルコの本屋で雑誌を買い込む。


知らないうちにANAのマイルがたまってプラチナになっていた。

ANAの個人ページに、「来年度プラチナサービス基準に到達しました」という表示が出ていて気がついた。



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プラチナポイントが5万ポイントに達していて、そんなに乗ったかなあ、と自分でも不思議だった。


内訳を見て理由がわかった。

5万ポイントのうち、3万3千ポイントが国際線、残りが国内線だったのだ。

その国際線だが、


1月の成田→ロサンゼルス、サンフランシスコ→成田

5月の成田-ニューヨーク往復

8月の成田→ベルゲン→コペンハーゲン→成田(SAS便だがANAで登録)


この国際線搭乗が効いていたのである。

しかも5月のNYと8月のノルウェーは、PY(プレミアムエコノミー)クラスだったので、より獲得マイルが多くなったのかも。




能代のホテル「ルートイン」はラジウム温泉の大浴場がある。


朝からひと風呂浴び、それから朝食。

今日も次男の運転の車で、実家へと向かう。ホテルから車で20分程度だ。


9時に家の中の雑物回収の業者さんが見積もりにくる。

警備会社の人が家のセキュリティシステムの撤去を始める。

高校の同級生の不動産屋の社長が来てくれて、打ち合わせをする。

叔父が来てくれ、片付けや近所への挨拶を一緒にしてくれる。


そうこうするうちに、あっという間にお昼で、買ってきたお寿司をみんなで食べる。

(蟹寿司)

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午後は、最後の家の片付け。

水回りすべてに塩とお酒でお清めをする。

門の鍵をかけ、実家をあとにする。


高校を卒業して18歳で上京するまで住んだ、思い出の詰まった家とも、今日でお別れだ。

来週には解体作業が始まるのだ。


片付けが早く済み、というかあまり長くも家にいたくなかったので家を早めに出て、時間があったので男鹿半島に向かう。

寒風山の頂上の駐車場まで上り、周囲の景色を見下ろす。


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雄大な景色はいろんなことを一時忘れさせてくれる。


昭和男鹿半島インターから高速に乗り、秋田空港へは寒風山から1時間足らずの道のりだ。


秋田空港で早めの夕食をとる。

(次男は「きりたんぽラーメン」、私は「牛肉入りそば」)

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17:50発のANA878便(B767-300、JA8578)で帰京。