HAJIMEのひとりごと -123ページ目

HAJIMEのひとりごと

           

四国、鹿児島、沖縄、台北上空を通過し、高度11,500m、所要時間4時間半とアナウンスがある。おしぼりサービスもなく、飲み物のサービスがいきなりはじまる。
まずオレンジジュースをもらう。


香港への入国手続きの書類のことから、隣の席の青年と話が始まる。中国から中央アジアを経て、ヨーロッパへの一人旅だという。
さらにその隣の学生風の青年は、香港で格安チケットを探し、ロンドンまで旅をするという。


機内食のサービスが始まる。エコノミーながらチョイスができ、チキンとビーフから後者を選んだ。ビールも一緒に受け取る。
ビーフストロガノフ風のメインディッシュをたいらげ、紅茶のサービスを待ってデザートのムースを食べた。
通りかかったスチュワーデスに機長の名前を尋ねると、「なんでそんなことを聞くのか」と逆に聞かれた。趣味で記録をしているということを、英語で理解させるのに一苦労だった。


短い映画のあと、再び飲み物のサービス。その頃には香港へと高度を下げ始めていた。アナウンスがあって、いよいよ着陸だ。深夜のためか海側からのアプローチである。
香港島の明かりが眼下に迫り、その明りが窓の高さに並ぶ頃、着陸の軽いショックを感じた。現地時間22:05、啓徳空港に着陸。


*「所要時間4時間半」:大体、香港まではこのくらいの所要時間(冬場で)。下に22:05到着とある。いまの双発機より当時のジャンボの方が速かったのである。
*一人旅の青年は、ノースウェストをよく使ったのであろうか。この少し前の86年5月に沢木耕太郎の「深夜特急」が発表されており、同じルートを辿る旅行者が増えていたのだろう。
*「啓徳空港」:香港の市内にあった旧空港。通称「香港カーブ」と呼ばれる街並みをかすめる着陸ルートはスリル満点と評判だった。
郊外にChek Lap Kok International Airportが1998年に新設され、啓徳は閉鎖となった。

ある方に銀座に連れていっていただく。
カントリー音楽のライブの店へ。今日の出演者は業界で誰もが知っている有名な流通関連の経営者の方。
ギターにボーカルといずれも玄人はだしだ。
二軒目はクラブTへ。
Sさん、Mさんは前に来た時のことを覚えていてくれた。海外旅行の話で盛り上がる。
深夜帰宅。

いま総武線快速電車の中です。強風で電車が止まってしまいました。船橋駅で立ち往生です。
強風の影響で今朝、成田空港でフェデックスのMD11の貨物機が着陸に失敗、炎上という事故が起きてしまいました。
MD11は操縦が難しいとされ、数年前にも香港空港で同じように着陸失敗事故を起こしています。
成田空港は横風用滑走路がないことも事故の一因でしょう。


東京駅まで通常27分のところ、1時間50分かかりました。

朝、フツーに起きる。

今日は1日デスクワークになりそうだ。


10:30に家具屋が来る。書斎にローチェストが入り、かなり雰囲気が変わった。

夕方、イオンまで散歩に行く。ワゴンセールで古書を売っていた。チャリティだそうで、文庫本が1冊50円とブックオフよりも安い。平岩弓枝の御宿かわせみシリーズを6冊買う。300円をチャリティボックスに入れた。

八丁堀の湯屋 <新装版> 御宿かわせみ (16) (文春文庫)/平岩 弓枝
夕食は家で。シャンパンにパスタ2種、スモークサーモンなどなど(なんか機内食のよう)。

次男が都内でブールミッシュのケーキ(シブースト) をワンホール買ってきてくれた。


結局、原稿や資料、企画書作成などが深更に及んだ。

腰、肩、背中が痛い。改めて歳を感じる誕生日だった。

さて出国である。結構列がのびている。そして免税店のフロアへ。コアントローが見つかったが、あまり安くない。しばらくしてサテライトに向かう。


 トランジットカウンターで、NM017便のシップナンバーをあらかじめ聞いておく。N636USだそうだ。


 17:40頃、搭乗開始のアナウンスがあり41番ゲートが開く。しかし、ボーディングブリッジの先にシップがいない。バスで搭乗機まで案内するとのこと。


 羽田と同じようなバスに乗り、また同じようなアナウンスがある。
「ノースウェスト17便、香港行きでございます。」というテープが流れると、前にいた外国人女性客が言った。 

 “Go by bus?”
 “It’ll take about 4days but 4hours”
と言ってやろうかと思ったが、一緒に笑っていただけだった。


 機は少し遅れて18:16にプッシュバックを始めた。

 長い4,000m滑走路脇をタキシングし、ようやく18:31にテイクオフ。


 すぐNo Smokingのサインが消えたが、このときチャイムが鳴らないことに気づいた。離陸前にしてもシートベルトの確認にくるでもなく、個人の責任に任せるといったアメリカ式の発想を感じる。


*「コアントロー」:当時気に入っていたリキュール。まだ洋酒が高い時代で、海外土産は酒という時代だった。

*「N636US」:機体番号。ネットで検索すると、

  N636US B747-251B JT9D-7R4G2 06MAY86 ~13SEP03

と記されていた。B747の200型、つまりコブの短いジャンボで、JT9D-7R4G2 というエンジン形式は、超長距離用、及びB747-300(コブ長ジャンボ)用に開発されたもので、このエンジンの登場を以て成田~NYCの200型による直航が可能になった。これまではB747 SPという胴体を短縮した特殊なジャンボしか、直航できなかった。それでも、向かい風の強い冬季のNY→成田の運航は厳しく、客や貨物を減らしたり、燃料が足りなくなって新千歳にテクラン(テクニカルランディング:運行上の理由による着陸、おもに給油が目的)することもあったようだ。悪条件下でのフルペイロード運航が可能になるには、のちのハイテクジャンボ・B747-400の登場を待つことになる。

そしてこの機体は、1986年5月に登録、2003年9月に登録を末梢されたことがわかる。

*“Go by bus?”:まだ機体を沖止めにして、バスで搭乗機まで行くこともあった。ゲートが不足していたのだろう。外国人客はそのバスの中で「このバスで(香港まで)行くのかしら?」とジョークを言ったのだ。

*「個人の責任に任せる」:ノースウェストの放任主義(?)はこの頃かららしい。その伝統は今も守られている。シートベルトは自分の判断で締めること!。


懐かしいパンナムのB747SP(Special Performance)
旅とグルメの日々 イニシア 田原はじめのblog-2




家を片づけていたら、昔自分で書いた旅日記が出てきた。PCで再入力しながら、紹介していくことにしよう。

この旅は、1988年12月に私が初めて海外一人旅に行ったときのもので、行先は香港だった。

では何回シリーズになるかわかりませんが、気長に読んでください。


1988年12月9日(金)
 旅のスタートは、上野からとしよう。
 街全体がアメ横のような香港の旅にはうってつけである。
 京成上野14:20発特急成田空港ゆきに乗る。スカイライナーより早く着き、しかも安い。
外国人客も続々と乗り込んでくる。


 15:34、定刻に成田空港着。パスポートチェックを受け、ターミナル行きのバスに乗る。バスは南ウイングと北ウイングの真ん中の中途半端なところで客を降ろした。
 南ウイングノースウェスト航空カウンターへ空っぽのスーツケースを転がしていく。


 スペシャルツアーの表示のあるカウンターでチェックイン。望みどおり禁煙席の窓際が取れた。出発まで2時間近くある。喫茶店で時間を潰すのも芸がないので、4階の見学ラウンジへ上がってみる。入口で搭乗券を見せると入場料は無料となる。


 コーラを飲みながら次々に離着陸する飛行機を眺めているとたちまち時間が過ぎた。ふと振り向くと外国エアラインのスチュワーデス達がラーメンをすすっていた。日本の航空会社では考えられないような光景である。
 3階のカメラ店で、オリンパスXAの予備の電池を買って、お札を崩しておく。啓徳空港での両替は最低限度にすべし、というガイドブックの教訓を思い出した。


*今から21年前のこと。私は27歳だった。

*当時は成田空港の第一ビルのみしかなく、京成の成田空港駅も、現在の東成田の駅だった。

*駅からバスで空港ターミナルに行ったのだ。

*「禁煙席がとれた」ということは喫煙席があったということ。隔世の感がある。

*「スチュワーデス達が」今はCAですね。

*「オリンパスXA 」は、当時の超コンパクト銀塩カメラ。絞り優先のオートでピントもマニュアルだったように思う。



旅とグルメの日々 イニシア 田原はじめのblog-1

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子供たちからプレゼントもらいました。


BMW、E90(現行モデル)の白い320。つまりベース車は今、私が乗っている車。

そのレース仕様車のミニチュアモデルです。

これは06年のイスタンブールでの世界ツーリングカー選手権(World Touring Car Championship : WTCC) に優勝した車のモデルです。


かなり精巧にできていて、車内にはロールバーもついており、本物と同様に消火器まで備え付けられています。

これと同じ外装で公道を走ったら、かなり目立つでしょうね。

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今日は家族が揃ったので、一日早く私の誕生パーティーとなりました。
近所の鳥料理のお店へ。


この鍋が超美味でした。名物「もっさ」鍋という鍋です。

酒は芋焼酎をボトルで。息子達もよく呑みました。

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次男と二人で津田沼駅前までぶらぶら歩き、ラーメンの「九十九」(つくも)へ。
豚骨ラーメンを食べる。卵と海苔はランチサービスのトッピング。

いつものPARCO内の本屋へ。

yom yom (ヨムヨム) 2009年 03月号 [雑誌]

ヨーロッパ食堂旅行/野地 秩嘉
鉄道ピクトリアル 2009年 05月号 [雑誌]

買った本を、近くのカフェですぐに読む。これも至福のひとときだ。


以前使っていたiPod classicがあるのだが、PCを替えたのでもとのiTunesが消えてなくなってしまい、iPod内の音楽データが取り出せなくなって困っていた。

そのことを長男に話したら、「そんなの読みだすソフトがあるよ」と教えてくれた。


それが「pod野郎」だ。

http://buin2gou.com/ipod/


確かに↑からダウンロードしiPodをつなぐと、曲名を指定して読みだすことができるではないか!。

いやあ、びっくり。便利なものがあるんだなあと思った。


夜は1日早い誕生会。


帰ってニュースを見たら、某総理が「株屋は信用できない」などと発言して物議をかもしているようだった。

証券業界の人には大変失礼な発言だろう。見識を疑ってしまう(もともとそのレベルと、疑うこともないか?)。


「総理、政治家にもstatesmanとpolititianの2種類の人がいるようですが、『株屋』などという人は後者に属する人ですね。」くらい、証券業界は言ってやってもいいのではないか?

政治屋ばかりの国は没落していくのみだろう。






ウィキペディア(Wikipedia)によると「私の本棚(わたしのほんだな)は、NHKラジオ第1放送で、1949年(昭和24年)1月4日より2008年3月17日まで59年2ヶ月にわたり放送された朗読番組である。」とされている。


昨日、書斎とは別の、もと次男の部屋に本棚を2本移動し、書庫にしてしまった。
本棚が2つとも同じ白で、大きさもほぼ同じだったので違和感なく並んだ。
こんな感じで本が収まった。


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本をコレクションする気はあまりなく、それよりも早く読んでさらに次の本を読みたいという気持ちの方が強い。

そのために必要なものは「時間」。


コーヒーを飲み、好きな音楽を聞きながらゆっくり本が読みたい。
別にどこかに出かけなくてもいい。
(もちろん出かけてもいい。南国のリゾートホテルのプールサイドや、エアコンがよく効き、海が見渡せる部屋などベストだ。)