23日は、理事を務めている某大学薬学部の父母会に出席。
薬学部の教授のあいだでも、慶応と共立薬大の合併の話はインパクトを持って受け取られていた。
当初は、共立薬大ではなく別の某薬科大学と合併の話が進んでいたとのこと。
「名を取るか、実を取るか」でのせめぎ合いがあったことだろう。
24日は、羽田に直行。飛び石連休の間の日であり、渋滞が予想されたので電車で羽田に向かう。
総武快速に乗車中、家人から携帯にメールが入る。
「東京モノレール不通!」の知らせだ。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061124it05.htm
急遽、下車駅を東京から品川に変更、京急で羽田に向かった。
東京駅ではまだモノレール不通の案内はなく、品川駅で初めてそのアナウンスを聞く。
東京駅で情報を流さないのは不親切だ。情報入手が遅かったのなら、より問題は大きい。
上記の記事にあるように、始発から止まっていたのだから、8時になっても知らないはずはない。
今は、東京モノレールの筆頭株主がJR東日本であり、まったく関わりのない会社ではないのに、情報がきちんと伝わらないというのはおかしい。
東京駅手前で、モノレール不通について車内放送したり、東京駅で案内していれば、東京や新橋で降りずに品川に向かった人もいただろう。
京急は、鉄道会社らしさが残っており、私が好きな私鉄のひとつ。
以前もこのblogで触れたが、運行面でも、あえて人を介在させるしくみを残しており、トラブルに抜群に強い。
「匠の技」の世界なのである。
羽田空港に着いて思ったのだが、空港までの乗客は京急振り替えでいいとしても、途中のモノレール整備場駅に向かう人などはどうするのだろう、と思った。
ANA633便(B767-300、JA8670)で高松に飛ぶ。
乗り場は、バスで行くオープンスポットだ。
オープンスポットといえば、台湾の高雄機場(空港)では、ターミナルを出て、通路を歩いた先の飛行機のすぐ近くに改札口(搭乗口)があった。
こんな感じ↓
つまり、ターミナルから自由に駐機場に出られるのである。
駐機場にはたくさん飛行機が停まっている。ボーディングパスも磁気テープ付きではないただの紙だから、乗り間違いも生じるかもしれない。
他所から駐機場に忍び込み、機内に入ることだって可能だ。
今考えると、セキュリティ面ではやや心配だった。
633便は滑走路34Rから離陸、そして右旋回して高度を上げていくという通常通りのパターンだ。
今日は、視界もよく定刻より早めに高松空港の滑走路26に着陸。
昼食に、高松駅ホームにある「連絡船うどん」で、みぞれうどんと稲荷を食べる。
「連絡船うどん」は、かつて宇高連絡船の甲板デッキにあった、うどん店(屋台?)を再現したもの。
瀬戸大橋ができる前は、高松と本土側の宇野駅との間を連絡船が結んでいた。
私も25年ほど前、甲板で潮風に吹かれながらうどんを食べた記憶がある。
みぞれうどんは、(大根)おろしうどんのこと。
この店の大根おろしは、気前良くたくさん盛ってくれていた。
大根おろしといえば、鱈鍋に大量の大根おろしを入れて食べる「雪鍋」を想起する。
まさしく冬の代表的な津軽料理だ。酒は「田酒」(青森の地酒)のあつかんだろう!。
上野駅近くに、美味しい津軽料理の店がある。
(またそのすぐ近くに「きくち」という秋田料理の店がある。店の主人は高校の先輩だ。)
上野発の夜行列車を待つ人が、乗車前に一足早く郷土の味に舌鼓を打ったことだろう。
上京して長らく帰郷していない人が、郷土の味を懐かしんだかも知れない。
大根おろしを見ただけで、宇高連絡船から津軽料理まで想像してしまうとは、やっぱり食い気一辺倒な私である。
そういえば、青森も高松同様、連絡船で栄えた街だった。
午後からは、四国の某市でコンサルティング。
特急「いしづち」に乗車。振り子車両の高速特急。最高時速は130キロだ。
病院の中期事業計画と、地域・患者向けマーケティング戦略立案が主なコンサルティング内容である。
高松に夜遅く戻り、宿泊となる。
帰途にすれ違ったディーゼルの特急は、アンパンマン車両だった。
アンパンマンの作者のやなせたかしさんが四国(高知?)出身だからだろう。
高松駅前はクリスマスイルミがきれいだった。

