コックピットの思い出 | HAJIMEのひとりごと

HAJIMEのひとりごと

           

 今までもblogに書いているように、私は飛行機が好きである。

 しかし、自身のファーストフライトは遅く、22才の時。1983年7月に旧羽田空港から秋田へと飛んだ。ANAのB747SR、機体番号はJA8152だった。

 しばらくは年に数回という状態だったが、30代になり出張が増えると飛行回数も増した。

飛行機に乗るたびに自分で作った「フライトログ」をCAに渡し、フライトデータを記入してもらっている。CAに記入してもらうのは、機体番号、機長名、飛行高度、巡航速度、離陸・着陸滑走路番号、乗客数などである。私の友人の間でもこの「フライトログ」は有名になり、記入フォーマットが欲しいという人には分けて差し上げた。どうもこれをきっかけにCAと話す機会を持ちたい人が多かったようだが・・・。

 実際にたくさんのCAと知り合いになった。ANAのハイジャック事件以前は、航空会社もゆとりがあり、クルーも皆、非常にフレンドリーだった。フライトログをCAに渡すと、機長が直接サインしてくれるということは日常茶飯事だったし、もう時効だから書くが、中には「機長が操縦席を見学にいらっしゃいませんか、と申しております」と呼ばれ、フライト中に操縦席に入り、パイロットと談笑したことも何度もあった。

記憶に残るのは、シンガポールから成田への深夜便でのこと。南シナ海をフライト中のB747-400のコックピットに招じ入れられ、きれいな星空と流れ星を見ながら、クルーと話したことだ。2時間ほどコックピットにおり、台湾上空に差し掛かるまで飛行機の話で大いに盛り上がった。

もう1回は、千歳から羽田への便でのこと。コックピットにおじゃまし、席に戻ろうとしたら急に揺れがひどくなってキャプテンがベルトサインをつけた。そのため、席に戻れなくなって、羽田に着陸するまでコックピットにいることに。

でもその体験は最高だった。羽田が近づいての着陸準備、着陸操作もすべてライブで見ることが出来た。夜の着陸だったので、滑走路灯が明るく輝き、コックピット内に響く人口音声による高度のコールが興奮を誘う。例えば高度100フィートになると、コンピュータが「hundred!」とコールする。その後も「fifty、・・、ten」とコールが続き、「ゼロ」と言うとほぼ同時にタッチダウンの衝撃を感じた。

 おそらく、国内においてはもう2度と体験できないことだろう。

 いい時代の飛行機ファンだったと言われるに違いない。

 

 現在の生涯飛行回数は995回。来月には1000フライトを迎えることだろう。