心理面接などでカウンセリングなどをすると、ある時クライアントがカウンセラーの一言で気づきを得ることができます。
すると、カウンセラーにとても感謝しますし、もっというとこの人から言葉を頂くともっと気づけるんじゃないかと、言葉を欲しがります。
でも、本当は本人が頑張ったから気づけたんですけどね。
例えるならば、海の底深くで悩んでいた人が自分の人生を生きて、考えて、試してみて・・・とやっていくうちに、どんどん海面へと上がってきます。そして、最後の瞬間にひょいっと手を差し伸べたのがカウンセラーの言葉で、そのまま海面に出られたものだから、この人に助けてもらったと勘違いしがちですが、実際は海の底から、苦しみながらも、もがいて上がってきた自分がいるから、気づけたわけで、そこのところをもっと気づいてほしい気がします。
それはカウンセラーでなくても、守護霊様なり神様でも何でもよいのですが、その場合も同じだと思います。
逆に言うと、神様やカウンセラーから言葉を貰っても、自分で生きていない人には全く猫に小判状態だと思います。
あまり神や守護霊様や霊能者、占い師などに頼りすぎるのではなく、もっと自分が努力した結果なんだということを自覚してもいいんだと思います。
以下は、昔私が書いた日記です。
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自分の手の内を語る
あけっぴろげにする
伝える
積み上げてきたものを惜しみなく伝える。
話したくらいですぐに出来るなら
結局それだけのものしか自分についていない
たいしたスキルではない。
もっとも、本当に「わかる」「できる」というのは
言葉だけでは絶対に無理なのだが 。
もし、言葉で「わかった」という体験があるとするなら
それまで、その人が試行錯誤して、苦しんで、努力して
自分なりの仮定と実践と失敗をしてきた経験があるからこそ。
最後に「聞くべき言葉」に出会っただけのことであって
ただ、誰かから言葉がもらえれば成長できるなんて
ありえない。
「気づいたのは本人なんだ。やったのは自分なんだ」という自覚・自尊心が必要であって、 この人の言葉さえきけば救われるというのは 自立を放棄した怠惰な人にすぎない。
(霊能者など)
「私の言葉を聞きなさい」
依存心を増幅させ、自分で歩く力を削ぎ、
ただ、自分が認められたいという欲求のみを満たす。
やって上げているつもりでも、
聞いてもらって自分が満足させてもらっていることに気づいていない。
大物歌手が歌ってやってやるという感覚に陥るように・・・・ 。
自分で開発した言葉、方法なんかは
自分が思っている程たいそうなものではない。
本当に大事なものは逆に言葉では伝わらない
伝わったなら聞いている本人が努力した結果である。
言葉はただのキッカケに過ぎない
それを活かすか、活かせるか、しがみつくか、独占するかは
本人しだい。
自分本位で生きることに意味がある。
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いや~偉そうに語ってますね~^^;
これは自分に向けて書いたものなので勘弁してくださいね。
この頃はスピリチュアルなワークによく参加していたころです。
やはり先生の言葉を求めて(上の方の言葉)いた自分がいたのでしょうね。そして周りの人を見ていてふと思ったんです。
今、考えれば、上の方が教えてくれたことなのかもしれませんね。
(だからエラそうなのか?と上の方のせいにしてみる 笑)
多分、今回書いたことも私自身に対するメッセージのように思いますが、もしよかったら、何かの足しにでもしてください。
明日はまた雪ですね。(東京)
皆さんはお気をつけてくださいね。

