今日はバドミントン元オリンピック選手の潮田玲子さんがおっしゃっていた言葉がとても印象に残りましたので、記録しておこうと思いました。





潮田さんは、自分のことをよく過小評価していたそうです。





オリンピックを目指したのも、遅かったのは「どうせ自分なんかは出れるはずもない」「そんな大そうな選手じゃない」と思っていたのが原因だそうです。





そんな時、コーチから「あまり自分を過小評価するんじゃない」と言われたそうです。





心に刺さったようですが、かといって今までの考えをすぐに変えることも難しく悩んでいたようです。





どうしたら自分をもっと認めてあげることができるのか・・・。





ハッキリした答えもないまま日々は過ぎたそうです。





そしてオリンピックの舞台に立って、いや、何試合も経験して彼女なりに試行錯誤しながら思った事があったそうです。





「この舞台(オリンピック)で自信のない人は勝てない」





勝てそうだから、自信を持てる。では二流なんですね。





自信とは、勝てる勝てない、に左右されることなく、まず持つことがとても大切だと気づいたそうです。





できるから、「自信あります」と日本人は答えがちですね。





逆に、できなそうなら「自信ないです」と答えるのが当たり前の世の中で育ってきました。





でも、結果ありきのものでは無かったのですね。





まず、自信を持たないとそこに立つ資格すらない。





なんとなくバドミントンが上手いから、気づいたら全日本くらいはベスト8くらいには入ってました。





だから代表合宿にも誘われて、なんとなくやってますが(いや、練習はきびしいでしょうがそういうことではなく)結果もそこそこ出るからやり続けています。





今は具体例を上げた方がわかりやすいから、上げましたが私たちの人生にもこういったことはよくありがちですよね。





でも、ベスト8くらいなら結構います。(いや、凄いんですがあえて厳しくいますとね)そこからもうひと伸び出来るかどうかは、こういった意識もとても大切な要素の一つなのかもしれませんね。








ちょっと占いができるから、なんとなくたまには当たるから、人から認められることもあるからと・・・・など、その流れでやっていてはダメなんだよ。ということを上の方から教えられたように思います。





競技に臨むでも、最近はテニスをしてますので私にはよくわかるのですが、初心者の私にはサーブに不安があります。





入るかどうかわからなくて、入れようと遠慮がちになると全然だめです。でも、今日は調子がいいなという時は思いっきり打っても入ります。





野球でも、投手に腕をふれとよく言いますが、ダイナミックに投げている時はいい球がいきますが、ストライクをとろうと縮こまって投げるとすぐに打たれます。





身体を躍動させること、いい動きはポジティブな心からですね。





この始まりのきっかけになるのが「自信を持つ」ということなのでしょうね。





だから選手は自分に「できるできる」と言い聞かせているのでしょう。





少し話が逸れました。





何か始めようとする時、できるかな~どうかな~と不安になったのなら、やる資格がないということ。





くらいの気持ちをいつも意識しているといいかもしれません。





やることになった。なら、よし!自信を持とう!!





と努力することが効率がいい考え方といいますか、いい方法なのかもしれませんね。





根拠のない自信なんてのもよく聞きますが、いいことだと思います。





自信が持てない人はやはり、そこで自信を持つために何か工夫する必要があるのかもしれません。


その最たるものが、練習であり、準備であると思います。





こうやって考えると練習や勉強・準備の目的意識も持ち、よりよい練習ができるかもしれません。





筋トレなんかも使う筋肉を意識すると発達しやすいですからね。





身体も心もそんなに違いはないように思います。





それに過小評価する人の特徴として、自信を持つことが悪い事だと思っている人も多いかもしれません。





自信持ってできなかったら・・と心配する人もいるかもしれませんね。





結果として、できなかった、負けたのであれば反省すればいいだけで、恥をかく必要はないのです。というより恥と感じる必要がないのです。





(恥を感じるなということとはまた別ですが。)





できない、負けたで人から責められる必要もないのです。(でも弱い人はせめますが。これが今の世の中多いですからね)





いかに、そう思えるまで人間関係で苦しい思いを経験するかが生まれてきている理由かもしれません。





難しいことではないのです。人に私自信ありますと言わなくたっていいのです。心の中を自信満々にすることが人生を開く鍵かもしれませんよ。





4月だから、新しく何か始める人も多いでしょう。





よかったら試してください。何度も試してください。一回やってダメだった。じゃあやっぱりこれも正しくない。じゃ、いつまでたっても人生開けません。


上手く行くまでやってください。


上手く行ったことを是非とも体験して、自分のものにできたらいいですね。





ということを、上の人は俺に言ってるんだな・・。心当たりあるし・・・。ひらめき電球





とりあえず、明日のテニスのサーブは自信もとうかな・・。


(話がちっこくなってる

今日はNHKプロフェッショナルで、はやぶさ2に挑戦している人の特集をやっていました。ですので、宇宙船についてのお話しをしようと思います。





といっても、これは先日グランドフィナーレを向かえた「いいとも」の中でタモさんがおっしゃっていたお話しです。





1970年代のアメリカ。





ある宇宙探査機を飛ばしました。この探査機は戻ってくる機能を搭載していません。ただ、地球から飛ばして周囲の宇宙の様子をカメラに収めてそれを地球に転送するというものでした。





何年も、十何年もただ直線に飛び続けるだけ。そして地球からの信号が届かなくなるまでそのミッションは続きます。





地球にはその探査機から送られてきた画像を処理したり、指示したりするオペレーターの女性がひとりいました。


ずっと何年も毎日その探査機と交信している彼女。





何年も続いたある日、ついにその探査機から画像が来なくなりました。こちらからの指示にも無反応。





もう地球から信号が届く距離をオーバーしたのでしょう。





でも、彼女は1週間ほど交信を試みました。





しかし、何の応答もありません。





そして彼女は最後の交信としてPCにこうメッセージを打ち込みます。





「息子よ、お母さんにあなたの最後の姿を見せてちょうだい」





長い間、その探査機と交信してきた彼女にとっては、もはやただの探査機ではなく息子と呼んでしまうほどの思い入れが生まれていました。





そして、そのメッセージを入れた翌日、今まで何の反応もなかった探査機から1枚の画像が転送されてきたのです。





その画像には半分ピンボケした地球の姿が写っていました。





その後、一切その探査機との交信はできなかったそうです。





なんだか愛のある話ですよね。





しかも最後に送った自分の姿の画像が地球というのは。





私も地球の一部、あなたと一緒だよ。これから暗い宇宙の果てに一人向かうことになるけど・・・離れていくけど・・・・私は地球の一部なんだよ。忘れないでね。ありがとう、いままで。





そんな気持ちがこもった一枚のようにも思います。

皆さん、アースマザーってご存知ですか?





私の先生は見かけたそうです。





地球は生命体です。生きています。





地球自体は人間でいう身体みたいなものです。ということはその魂もあるとの事です。





先生はあるワークショップに出かけ(海外)、どこかに連れて行かれた時(どこだったか忘れました)、ふとあるイメージが湧きあがったそうです。





どんな容姿かと言いますと、





基本は女性性が強い方だったそうです。浅黒くて髪はショートカットらしいです。とてもパワフルな感じがして、でもとてもにこやかにこちらに向かって微笑んでいたそうです。





先生は見ず知らずの人だし、この国の人の人なのか、それとも精霊さんかなとも考えていたそうです。





よく分からぬまま、連れてきてくれたガイドの方にこんなイメージがきたんですけど?と問うと、その人は





「あー、それはアースマザーです」とお答えになったそうです。





世の中、山の神様や海の神様などいっぱいいらっしゃいますが、それらを全て統括してらっしゃるのでしょうか?





私には詳しいことはわかりませんが、とにかく物凄い大きな神様もいらっしゃるみたいですね。





ということはサンマザーとかもいらっしゃるんでしょうね。ってことは銀河マザーとかもいるのかな・・。





そう考えていくと、宇宙=神様(創造主)と言う考え方もちょっと身近に感じませんか?(俺だけかなあせる



選抜甲子園が今日から始まりましたね。スポーツ好きの私としては嬉しい限りです。今年もどんな感動を与えてくれるのか楽しみです。





今日も見ていて、ふと元巨人の桑田真澄選手のことを思い出しました。





何かの本で読んだことがあるのですが、桑田さんは初めて甲子園が決まった時のことを書いていました。





それまで地区大会では変化球(カーブだったかな?)が全くキレがなく曲がらなかったらしいのですが、監督に相談したら「大丈夫、甲子園が曲げてくれる」とおっしゃったそうです。





桑田さんはいくら甲子園だってそんなことあるもんかと思っていたそうです。ですが、いざ甲子園で投げてみると曲がったそうです。





やはり、甲子園という舞台には不思議な力があるのですね。





人の潜在能力を引き出してくれる。だからこそ、多くの名勝負も生まれるんだろうと思います。





また、桑田選手はこんなことも言っていました。





当時、桑田という名前は全国に轟いていました。そしてはじめて甲子園で練習した時のこと、グランドキーパーのおじさんが、とことこと桑田選手のもとに来て「お前が桑田か?」と言ったそうです。





「はい」と答えると





おじさんは「甲子園のマウンド周辺は他の場所より固く整備してあるからな。ボールも弾みやすくなってるから気をつけろよ」とアドバイスしてくださったそうです。





桑田選手はなんでそんことを自分に教えてくれるのだろうと不思議に思ったそうです。





この辺りの話は、桑田選手は甲子園に愛されているのだなぁと感じました。


もっと言うと、上の方がサインを送ってくれたのかもしれません。





のちに球界を代表するような投手になる桑田さん。この道でいいんだよ。と言うか、自分の運命通りに生きている。といいましょうか、そういったことが、この周囲をも味方になって自然の力が応援してくださったのだと思ってしまします。





また、こうもおっしゃいました。いいピッチャーは応援席にいることも多くある。いわば、監督に使われすぎて体を(肩)壊してしまって使い物にならなくなってしまった生徒さんも大勢いると。桑田さんはその辺もわきまえて、練習でもちょいちょいサボっていたそうです。


自分を守るために。





子どもたちは理解ある大人がちゃんと守って上げないといけないとおっしゃっています。





今大会でもきっと犠牲になった選手も大勢いる事と思います。表に出てプレイしている選手は目立ちますが、その影にいる多くの選手の想いも乗せてプレイする高校の試合はやはり名勝負です。





本日の都立小山台のように、大きな点差になって敗北濃厚でもピッチャーは堂々として最後まで投げていました。





ああいう姿をみますととても学ばせられます。





明日もいいプレイと出会えたらいいな。



あるスピリチュアルなワークショップでのお話です。





その時の霊感のある先生は外国人の女性の方でした。何人だったか忘れちゃいましたけど・・・





瞑想が終わり、参加者からの質問に答えていました。





若い女性からの質問です。





女性 「何か悩み事があるとどうしても考えてしまい、思考がまとまりません。スピリチュアルなことに出会ってからは、考えずに感じなさいということをしきりにみなさんおっしゃいます。」





先生 「そうですね。頭は必要ありません。全て心で感じとってください。心が答えを知っています。全ては自分の内側に答えがあるのです。思考はその道を邪魔してしまいますので、思考を除去して下さい。」





女性 「では、思考・頭はなぜあるのですか?」





先生 「・・・・・」





結局先生は明確な答えを出さずに、思考は邪魔ですの一点張りでした。





女性の言いたいことは物凄く分かります。





私もよく考えるな、感じなさいと言われてきました。





一生懸命考えないようにしてもなかなか難しいのです。





そのうち、人間に不必要なものがあるのだろうか?と考えるようになります。





思考は脇に置いて、湧き上がってくる感情を感じなさい





この言葉をそのまま鵜呑みにすると厄介な道に入ってしまいます。





彼女もそうだったのかもしれません。





そして、私が最終的に出した答えは、どちらも必要だということです。





要は使うバランスです。





思考はいらないと言われると、0対100のように考えてしまって全く使わないようにと一生懸命になりました。





そうではなくて、思考が得意とする場面では思考の力を借りて、感情が得意な場面では感情に任せる、思考にのみ飲み込まれないもっと大きな自分になる必要があるのだと思います。





私たちは、今まで何か問題が起こると考えて問題を解決してきました。その方法を教えられてきました。





それが全てだと思ってきました。





しかし、今、スピリチュアルなことが広がっていくと感情を優先する教え方をします。





今度は感情一辺倒になってしまうのです。これも危険ですね。





人生を生き抜くうえで、思考という方法とともに、感情という方法もあるよと教えてくれているのがスピリチュアルだと思います。





こう伝えれば分かりやすいのかもしれませんが、なんせ感情感情と先人の教通りに本質を理解せず伝えてしまう人や霊感が昔からある人なんかは感情が当たり前のようにあったので、いとも簡単にできるのですが、それが私のような素人にはわかりずらい、今まで経験していないので伝わりにくいということがわからないのかもしれません。





この考え方も私が勝手に思った事ですので絶対正しいですとは言えませんけどね汗





もし、思考で苦しんでいる人がいたら、思考を支配しているのは自分なんだという視点を持つと違うかもしれません。





この考え方はトランスパーソナル心理学の考え方です。





なんでも偏ることなくバランスよくすることが大事かもしれませんね。

私の尊敬する人にマザーテレサさんがいらっしゃいます。





私が彼女に熱を上げたのは4年くらい前の話です。当時は記念映画として上映されていた彼女のドキュメンタリーをほぼ毎週のように見に行っていました。





後で知ったのですが、全部以前にDVDとして発売していたものを再び上映しただけなのですが、興味を持ち始めた私にはそんなこと知ることもなくわざわざ遠くまで行って映画で見させていただきました。





本も何冊か読んだように記憶しています。





興味を持ったのは4年前ですが、その前から、もちろん存在は知っていました。





貧しい人のため、愛をもって接し奉仕なさっている方





くらいの印象でした。





私は、彼女は弱い立場・貧しい方を心から愛し、放っておくには忍びなさ過ぎる、何かお力になれないものかという思いから奉仕なさっているのだと思っていました。





貧しい人に愛情があるからできるのだと思っていました。





しかし、彼女に触れていくうちに彼女の言葉に意外な言葉があることに気づきます。





ある時彼女は言います。





私をみなさんは聖人君主のようにおっしゃいますが、私の心の中をご覧になられたらきっとそんな風には思われないでしょう。





ここからは、私の推測です。





彼女は毎日死にゆく人・貧しい人を助けています。何人もいます。助け始めは確かに不憫に思うでしょうが、時が経つと、その助けられた人々にも欲が出てきます。中にはわがままを言う人もいるでしょう。中には彼女と相性の合わない人もいるでしょう。





そんな時は、彼女の心の中で怒りを覚えることもあると思うんです。





それは人であるならば当然です。





一時的かもしれないし、引きずることもあるでしょう。自分の調子が悪い時もあるでしょう。機嫌が悪い日だってあるでしょう。





彼女はひとりひとりにいつも愛があるから奉仕できるのではなく、怒り・苦しみ・辛さを感じる時でさえ、奉仕することができるからすごいではないでしょうか。





愛があるから奉仕できるのは誰でもできます。彼女は愛深き人だからできるのだと思っていたのですが、そうではない気がしました。





もちろん、根底には愛情があると思います。





しかし、毎日の中にはその根底の上に、またいろいろな感情が起こっているのだと思います。





それでも、人々に奉仕できるから素晴らしいと心から感じます。





また、彼女は祈りの人でもあります。





彼女が戦場で倒れている人を助けに行くといいだし、周囲の人はそんなとこに行ったら危険だと反対します。





しかし、彼女は、倒れている人を救う私をきっと神様はお守りして下さいますから大丈夫です。ときっぱり言います。





周囲はいくらなんでも銃弾飛び交う中でそんな都合よく守れるものではないと思ったことでしょう。





そして、出発当日。





突如、停戦となりました。





彼女は無事、人を助ける事が出来ました。





祈りが通じたのでしょう。





ある方は、彼女は霊感もあるのではないかとおっしゃいます。





霊感があり神を近くに感じることができるから、あれ程祈ることができ、信仰深いではないか。人助けができるのではないかと考えます。





しかし、彼女は言います。





神をどうして何もお答えになってくれないのですか。





いつもいつも目つむり祈りを捧げても、私には暗闇しかみえません。





彼女には神は一切答えられなかったようです。





それでも彼女は毎日のように祈ることができるのです。





神をあれ程まで信じることができるのです。





だから凄いと思ってしまします。





神を存在を知っていたって、霊感があったって、カルマを知っていたって彼女の行為をほとんどの人ができません。





カルマを説いている人、


では実践すれば自分に返ってくるのに、まだ自分の所有物を確保しようとします。





これが魂の器の違いなのだと思います。





私は昔はよく、霊感があればもっと人のために使って人助けをするなんて思っていました。また霊感がある人はそうすべきだとさえ思っていました。





でも、ふと思ったんです。





霊感がなくたって、あなたには両手があるでしょう。その両手で人を助ける事はできます。


その手は人を殴ることもできれば、人を支えることもできます。





能力が無いとは言うけれど、両手の能力は今あります。





今、自分にあるもので、できることをしたらいいではないですか?





これには参りましたね。確かにその通りだ。





1億円あったら100万くらい寄付するなんてよく言うけど、その前に今千円も寄付できない奴が出来るわけがないと思っていました。





この考えは持っていたけど、これと一緒ですね。





マザーテレサはこうもいいます。





(マザーの施設にボランティアに来た人々に対し)


あなたがたはこれから奉仕しにいくのではないのです。奉仕されに行くのです。





一見、食事を与えているように見えるかもしれませんが、与えた食事によってその人が嬉しそうに食べてくれたら、こちらも微笑ましく、喜びを覚えます。


与えているようで与えられているのです。





マザーテレサさんはとてもとても深い方のように思います。

そういえば、前に「あなたは身体の反応にしっかりと耳を傾けなさい」と言われたことがあります。





どういうことかわかりませんでしたが、最近はちょっとだけわかります。





ある人が、最近会社に行きたくないとずっと思っていました。その人は足に湿疹ができました。心身症の一種かもしれませんね。





また、他の人では授業を受けたくないと思っていると痔みたいになる人もいます。座っていたくないということだと思います。会社員の方では会議なんかもそれにあたるかもしれませんね。





これは自分の体がこんなにも嫌がっている、つまり自分はこんなにも嫌なんだと再認識できますね。体も一つのサインの道具としてみることも必要です。





前にワークショップで「ご近所の騒音がひどい、まるで嫌がらせではないか。また旦那に自由を奪われ暴言も吐かれる・・・とても辛い・・」といった内容をおっしゃった主婦の方がいらっしゃいましたが、その方は、なんと耳の穴が塞がってしまいました。





聞こえずらくなったので、それでまたストレスを抱えてしまい困っているとの事です。





心の働きというのは、体の一部を変形させてしまうほど強いものなのですね。





この方はなにかヒーラーのような方を探しておられたようですが、その前に自分の心で耳が塞がったと気づけば、逆にいいものをどんどん自分に与えればいいだけだと気づけるのですが、どうなのでしょう。





ちなみに、その方は瞑想すると、骸骨が散乱した暗い道をひたすら歩いているイメージをみるそうです。先生からはそれは過去生だと言われていました。





また、昔デスノートが流行った時代に、その方は主人公のライト君に物凄い思い入れをして、(彼はどんどん社会の悪者を能力を使って殺していくのですが、社会のクズだから俺はいいことをしていると正当化しています。いわば悪に心をのっとられたようなキャラです)最後には彼が捕まったのかな?その時、なんで最後に捕まってしまうんだ!!と言うようなことをおっしゃっていました。





おそらく、その主婦さんも過去生で人をどんどんと殺していたのかもしれません。しかし捕まってしまい悔しい気持ちが残っていたのを、その漫画を通して気持ちが湧きあがってきたのでしょう。





だからこそ、今世においてはカルマの清算のため辛い時期を過ごしているのだろうと思います。





また、話が脱線しました。





話を戻すと、ちょっと違うけど、こちらは上の方からのサインの意味合いが強いのですが、指先や手の一部にちょっとだけ切り傷がある場合は、「今やろうとしていることに手を出してはいけません」と言う事らしいです。





後は、背中は父親の意味があり、お腹など前は母親。頭はご先祖や目上、目なんかも親や目上の意味がありますね。





だから偏頭痛なんかよく起こす方は、お墓参りなどのお役目を貰っているのになされていないとなりやすいです。





ちょうど、今月はお彼岸です。





一度・・・とは言わずに、やっぱりご先祖様ですから、毎年お墓参りでご挨拶はなさったほうがよろしいかと思います。





あとは、足がかたいとかアキレス腱や太ももの裏などが突っ張りやすい方は、積極性が無いなどです。足は前進力の象徴ですからそれが後ろに引っ張られていると解釈ですね。





そんな風に、今の自分の体は何を意味しているのかチェックしてみると、わざわざ霊能者さんからメッセージを頂かなくても、今のご自身の課題に気づけるかもしれませんよ。



私は霊感がないので、今日のお話はただの雑談です。





以前、江原浩之さんが吉本興業は九鬼水軍の過去生を持った人が多いとおっしゃっていました。(九鬼じゃなかったかな?とにかく何かの水軍でした)





横山やすしさんは、競艇がお好きでしたね。ダウンタウンの浜ちゃんも競艇選手を真剣に考えていたこともあるらしいですね。





このように、過去生の繋がりを現世でもつのは当然ですし、魂が記憶しているものも「思い」として出てくるのだと思います。





これを応用して、ちょっと芸能人を見てみようかと思います。





まずビートたけしさんは、「殿」と呼ばれていますね。どこかの大名だったのかもしくは戦国大名かな。今こうして吉本とTV一緒にやってきましたからね。


そして、たけし軍団は武将たちだったのかもしれません。





なんとなく武田のような気もしないでもないが、武田には有名な武将がたくさん信玄の脇を固めていましたからね。そんなイメージで詳しく探してみるとどっかの武将たちと共通点が見えてくるかもしれませんね。





さんまさんは「若」と呼ばれていますね。水軍時代も若いやり手だったのかもしれません。





TBSのサスケにでてくる何人かは「真田十勇士」なんだろうな~なんて勝手に思っております。





あと、マツコDXは遊郭の花魁(おいらん)ですね。





彼女の夢は物凄く高い風俗を経営したいと言ってました。そこいらの奴らなんか入れない教養ある風俗店だそうです。





想像するに、マツコさんは過去生ではかなりの美女で教養ある花魁だったのでしょうね。(ここからはもっと推測ですが)その美貌と教養と地位のため、人を蔑むことも多かったのかもしれません。だから今世では自分自身が女の心を持ちながらも醜い、しかも男の体をまとって、もしかしたら、過去生で一番嫌いだった人種になって、その立場の人の気持ちをわかろうと決心して生まれてきたのではないのかなと思います。





たけしさんも素晴らしい人物ですが、スピリチュアル女子大生のCHIEちゃんが見た時、下半身のオーラが汚れているとおっしゃっていましたね。





女遊びが過ぎたのでしょう。来世は直接的に下半身が使い物にならない障害を持って生まれてくるかもしれませんね。





有名なエドガーケイシーなんかも、過去生が霊能力を博打などにつかっていたため、今世では寝なければその力を発揮できないようにして生まれてきていましたね。





過去生を興味本位で知ることもあるでしょうけども、もっと重要なのは現世での学びにどう繋げるかですよね。





過去生で王様でもお姫様でも何でもいいのですが、私が思うに、現世に例えると幼稚園の時、班長でした。ということと一緒だと思います。





その時にやり忘れたことがあるから今回また生まれてきたのだから、その情報が幸運にも聴けたなら、今世の苦しみとどう関係しているかまで気づくとより有効かもしれませんね。





ちなみに、私の過去生のひとつに西欧のある青年だった時期があります。その青年は親の介護のために自分の才能を磨くことはせず、親の介護をとったそうです。その青年は哲学的なことにとても興味があったようです。





で、今世においては自分の才能が発揮できない状況になっています。算命学でみると父親のエネルギーによってそれが押さえつけれています。





「自分の才能を活かせない」状況を充分に体験することで「自分の力を大事にする」という思いが強くなります。これを今回は学ぶ必要があります。





ここで注意してほしいのは、これは罰ではないということです。むしろ神様(ほんとうは自分という魂が決めてくると思うのですが便宜上)は過去生においてそれほど親の介護がしたいのならという願いをかなえてくれたという見方もできます。





過去生において今世へのエネルギーの元を作っておいたのです。





苦しくなるとかは別問題です。ここは難しいですが、現実と精神は必ずしも一致はしません。





現象が壊れても幸せということはあるのです。





例えば離婚して幸せの人もいます。





現象と精神は分けて考える必要があります。





過去生で作ったものは現実のエネルギーです。





ということは、今世において自分のやりたいことをすると今度はその状況を来世では自然とできる状況に生まれさせて頂けるということです。





例えば、人を殺したい人。殺した人。





この人は戦時中に生まれるでしょう。そこで人殺しの世界を経験して何を自分が思うかを学ぶのだと思います。





ちなみに来世というと時間的に未来と思いがちですが、昔に戻ることもあると思います。証明はできませんが、昔聞いたのは時間軸は同時に動いているということを聞いたことがあります。





どちらにしても、時間は人間が勝手に作ったものだから、来世は未来と考えるよりももっと視野を広くした方がいいと思います。





だからもう戦争時代には行かないだろうなんて安心していては問題かもしれませんよ。





・・・・。





なんでこんな話になったのだろうか。





えーと、そうそう、やりたいことがあったら今からでもコツコツとやっているとそのうちそのエネルギーが大きくなって来世でもやれる環境を用意してくださるかもしれませんよということを言いたかったのです。あせる




ソチオリンピックも終わっちゃいましたね。





真剣勝負はやっぱり好きです。いろいろなものが見えてくるし、気づかせて頂くことも多いですからね。





どんな大会でもそうですが、祭りが終わるととてもさみしい気分です。





浅田真央ちゃん凄かったですね。





私が一番感じたのは、SPは浅田真央という一流の選手でしたが、フリーでは完全に表現者 浅田真央になっていたように思います。





選手というのは、飛べるかどうか、勝てるかどうか、緊張せずに自分の全てを出し切れるかなど、自分との闘いであり、競争そのものであり、イメージとしてはバチバチした感じがします。





ただ、真央ちゃんのフリーは完全に人の心をうつ表現者になっていたように思いました。





キムヨナ選手の表現力を前面に出すとかそういう話ではなくて。





彼女はフリーでは何を思って挑んだのかな?





私には個人的な思いであそこまで出来るとは思えないのです。やはり、今まで支えて頂いた方など「他人」への想いが彼女を押し上げたようにも思えます。





正直、羽生選手の金がかすんでしまいましたよね。





羽生選手は選手としては世界一をたったのだけれども、真央ちゃんはそれ以上の何かを私たちに見せてくれたように思います。





人は自分の事ばかり考えて生きていると、悩みを多くなり、余計なことも考えてしまい、時に視野が狭くなりがちになります。





その中でも、自分を見失わずに、選手であれば「金」を取れることは凄い事だと思いますが、自分のために自分がやれることは限界があるように感じました。





やはり、人と人が繋がった時、それ以上の何かが表れてくるような気がします。





私たちは日常が舞台ですが、似たような経験は出来るだろうし、してきている人も多いと思います。





今回の事は当たり前のことなのですが、改めて感じさせられました。





真央ちゃんは今後の進路はまだ決めていないそうですが、エキシビジョンで高橋大輔選手とペアになったのは神様のはからい?





高橋選手は27歳。真央ちゃんは23歳。





どちらにしても色々とお話しすれば参考になることも多いでしょうね。




私は14という数字をよく目にします。





これも何かのメッセージなのだろうなとは感じていましたが、自分ではその意味を読み取れないでいました。





最初はエンジェルナンバーかな?とも思い、本で調べてみたのですが、今ではその内容も覚えていませんが、「ふ~ん」と思う程度でした。





どうもしっくりきていませんでしたので、覚えていなかったのでしょう。





この14と言う数字を初めて意識したのは、実は自分が使っていたからです。





当時はラジオのメッセージ投稿を仕事の合間に趣味でやっていました。





幸いにも読んでいただくことが多かったのですが、たまに、何と言いますか、自分でいうのもなんですが、反響といいますか、人の心をうっていると感じることもありました。





そんな時は、「あ~、上の方が私を使って誰かにお伝えしたかった言葉なんだな」と思います。


でなければ、そんな人の心をうつようなメッセージは私には書けませんから。





そのラジオネームに14という数字が入っていたのです。





ですが、ある時からラジオにメッセージを送らなくなったんです。それから、そういえば14と言う数字をよくみるから、上の方がもっとラジオにメッセージを送りなさいとおっしゃっているのかな?とも考えました。





ですが、なんとなく実感もありませんし、あの当時はまたラジオに送ったのかな??忘れてしまいましたが、とにかくまだ14という数字をひっきりなしにみるんです。





逆に意識しすぎてしまいちょっとしたノイローゼになるくらいでした。





そこで、スピリチュアルな先生の講演会の時に質問させて頂きました。





ちなみに、この講演会の最初に先生がダライラマ14世の本を紹介されました。ここではっきり質問しようと決心したのを覚えています。





私 「最近14という数字をよくみるのですが、何の意味があるのでしょうか?」





先生はじっとみつめて、「14歳っていうのが頭に浮かんできます」





私 「14歳?」





先生 「14歳の時に何か事件とか出来事がありましたか?」





私 「・・・・・全く思い出せません」





先生はまたじっと見つめて、





「女の子が視えます」





私 「あ!!わかりました」「ありがとうございます。」





実は私は14歳の時に初めて女の子とお付き合いしたのです。





つまり、上の方は彼女を作りなさい。





というメッセージだったのです。





でも、当時は彼女を作るほど心に余裕がなかった時期です。





正直な感想は、そんなことよりこの苦しい中で彼女と遊んでいる暇はないと思いました。





でも、数年経ってわかったことがあります。この彼女という存在は算命学的にみると私にとって、とても意味のある問題だということでした。








ここで言いたいのは、よく見る数字というのは皆さん多少あると思いますが、その数字を知らずに自分が使っているということもあるということです。つまり上の方にコントロールされているんですね。





自分の意志で行っていそうで実はそうでないことも多そうですね。





ちなみに、その講演会では、私の質問の次の人も「ゾロ目を見る」とのことでした。何か意味はありますか?と問うと、先生は、あなたはお金が関係しています。とのこと。





お給料が少ないとか何かお金に関することで思い悩みすぎだというメッセージだったように記憶しています。





数字や夢占いなど本で意味というものがありますが、いかんせん大衆的なためメッセージを捉えずらいことは多いと思います。





ただし、上の方はきっとわかる方法を用意しているから見せているのだと思います。


私の場合は先生がいたから、それも使ってねと言うことだと思います。





自分の今ある中で、解決できない問題は上の方は送ってこないと思います。





何か苦慮している、もしくは思い悩んでいる方は、今自分が持っているすべての中に解決につながるものがきっとあると思います。それをなんとか見つけ出して答えを出してみてくださいね。








ちなみに、私が講演会で先生に「わかりました。ありがとうございます。」というと人の心の中がわかる先生はニコニコしながら「私は15歳でした。」とおっしゃいました。そして、すぐ前に座っている方に「何言ってるの、彼はわかってるわよ」と言いました。





おそらく、そこに座っている人(会場の多くの人がはっきりと答えをきいていないので)は、本当にわかってるの?と疑問を持たれたのでしょう。





そこでつい、先生はその座っている人に対して、その人は言葉を発していないのに、「わかってるわよ」と言っちゃったんだと思います。





その後、先生と個人的にお話しする機会があったのですが、先生自身も14歳と頭に浮かんで、それを口に出さないと次のメッセージが上から来ないものなのよとおっしゃっていました。





メッセージとはそういうものなのかと勉強になりました。





これを応用すると、何か思い悩んで、ある考えが浮かんでもそれを実行しないと次の手を上の方は送ることができないのかな?で、人はよくないことをぐるぐる考える癖があるから、それより「とにかく実行しなさい、そうすればおのずと答えは出てくるから」ということをよくスピリチュアルなワークでは聞きます。





口に出す、実行する(表現する)というのはとても重要なことなのかもしれませんね。





それにより、上の方もサポートしやすくなるのかもしれません。





よく実行しなさいというのは、努力しなさい、経験しなさいということだと思っていましたが、それだけではなさそうですね。





実行すれば、上の方からサポートが得られますというのは、努力すればその努力を認められてサポートがくると人間感覚でとらえていましたが、もっと上の方は器が大きいのでしょうね。そんな何かやったら何かしてあげるということではなくて、サポートには順序みたいなものが存在するのかもしれません。





次を考えず、心配せず、1歩1歩上の方と一緒に歩んでいくことが時には必要なのかもしれませんね。





いつもメッセージがないと進めないというのでは依存なので、その点は注意が必要ですが。





この仮説をいつか実行して試してみたいと思います。みなさんもよかったら試してみてくださいね。




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