前回の続きです。
イチローは以前WBCで、思わぬ不調で全く打てませんでしたね。
しかし、最後の最後、韓国戦の試合を決めるとても重要な場面でセンター返しのヒットを打ちます。
全国民が熱狂したことでしょう。
それまでのイチローは全日本を引っ張る存在で、皆からも尊敬のまなざしで見られていました。その前の大会でも活躍され、今大会も活躍が期待されていました。
しかし、ふたを開けてみたら全くの不調・・・。
普通の選手ならば、周囲が励ましの声など掛けますが、イチローに励ましの言葉を言える選手はいません。イチローの周りは緊張感が漂い、本人も気を遣えせて申し訳ないと語っていました。
その当時、イチローの唯一の先輩が稲葉選手(現テレ朝キャスター)で、稲葉選手も「確かに後輩だけど、もう雲の上の存在の人だから、気軽に声を掛けられなかった」と語っていました。それでも、イチローが苦しんでいる姿を見て、何とかしたくて、精一杯できたことが、凡打で帰ってくるイチローのお尻をポンと叩いて、一言「ドンマイ」と言ったらしいです。それくらいしかできなかったと言っていました。
大会日程が進むにつれて、イチローも心が折れ掛け、ついにはコーチ陣に「私が打てなくて、チームに迷惑をかけています。私を外してください」と願い出たそうです。しかし、コーチ陣はイチローを使い続けました。
そして、決勝戦の韓国戦。
一進一退の攻防が続く中、延長戦。
3対3で迎えた10回表。
2アウト2,3塁でイチローに回ってきます。
一塁は空いています。
という事は、敬遠して次の打者でアウトをとってもいいわけです。
しかし、韓国はイチローとの勝負を選びました。
あの時、もしイチローが今大会絶好調であったら、迷わず敬遠されていたでしょう。
しかし、監督は今のイチローなら抑えられると考えたのでしょう。
だから、勝負してくれたのです。
その結果
あのセンター前ヒット。
イチローも神様に選ばれているとしたら。
あの辛い不調も、この一打を打てるのはイチローしかいない。勝負させるには、今大会を不調にさせる必要があったのかもしれません。そして、その中でもイチローなら精神的に耐えられる人物であると神様は考えたのかもしれません。
神様に可愛がられる。選ばれると言われている人も羨ましく思う人もいるかもしれません。
しかし、本当に神様に選ばれる人、神様に使って頂ける人というのは、大変辛い時を過ごすことになると思います。
昔、スピリチュアルで有名な山川紘矢さんは、神様のお手伝いをしたいかと、神様に問われ「是非行いたいです」と言ったそうです。神様は「とても辛いことだぞ」といいましたが、それでもやりたいと申し出ました。その後、山川さんは苦しい病気に見舞われました。布団の中で何度も泣いたそうです。外にも行けず、友人との縁は途切れ、孤独になっていきます。
そのような辛い状況だからこそ「人生を考え、人を考え、自分を考える」と思います。それが修行だと思うんです。
つい先日、千日回峰行の塩沼さんのお話を聴きました。(以前から知っていましたが、また最近気になったもので)
それを見ていて、修行とは自分をなくすことなのではないかと思いました。
「情熱」の話をされていましたが、私は「情熱」とは自分から湧き上がらせるものなのか、それとも自然と湧き上がってくるものなのか。それを塩沼さんにお聞きしてみたいと思いました。(YouTubeなので聞けませんが)
私の答えは「湧き上がってくるもの」だと思います。
好きとか面白いとかは、心のセンサーであり、その人の人生に必要な事やテーマにちゃんと反応できるようになっています。
千日回峰行を見て「これをやりたい」と思えた塩沼さんは、そのような人生を描いて生まれてきたから、やりたい!と思えたのでしょう。他の人でも同じような事は起こっていると思います。
その「感情・情熱」とは後ろの方や上の方が湧き上がらせているもの、もしくは、本来の自分が反応しているものであり、顕在的な自分がいくら力んでも出てくるものではないと思いました。
また、塩沼さんは488日目から下痢や嘔吐でどうにもならない時、無意識に水を両手いっぱいに持って修行に出かけたそうです。
そこにもう自分はいません。
力んで、あれやろう、こうやってみようなどという「自分」個人の力ではどうにもならない状況になって初めて「自分」がなくなり、本来の自己と繋がりやすくなるのではないでしょうか。
よく、寝ている時は皆霊感が増すということを江原さんはおっしゃっていました。
修行とは、苦行とイコールのように思いますが、結論からいうと、自分をなくせられればいいのだと思います。それが、普段の状況ではできにくいから、厳しい状況下になり、力む力もそぎ落とした後に、来るものなのではなのかなと思いました。
その感覚を持ち続けることが重要なのだと思います。
昔、中村天風さんの本で冷たい水で座禅を組んでいました。クンバハカという秘儀を習得するため日々努力していました。
ある日、水につかっている天風先生をインドの師匠が見て、「それでよい」とおっしゃりました。そして、川から出て、再度お師匠さんに挨拶に行くときには、「それではだめだ」と言われたそうです。何が違うのかわからず、考えたそうです。そして、川につかったままの状態(体の感覚)でお師匠様に挨拶に行ったそうです。すると「そうだ、わかったな」と言われたそうです。
苦行の時は、その状態ができますが、日常ではまた元に戻ります。
厳しい状況で自分をなくす感覚のまま、日常でも保つことが大事なのだと思います。
とてもとても話が脱線しているのには気づいております。(笑
)
えっと・・・・イチローさんですよね
てか、山川さんから神様のお使いですね。
そうそう、神様から可愛がられる。使って頂けるとは「自分」をいかになくせる人であり、修行とはそれをひとつの目標としてあり、そうやって顕在的な自分を薄めることにより、神仏と繋がりやすくなり、神仏のメッセージを受け取りやすくなって、神様のお手伝いが出来るのではないかと思います。
だから、神様に可愛がられる、お手伝いをするのは、とても大変なことだと思います。
ただ単純に可愛がられるのだけでしたら良いかもしれませんが。
なので神様のお手伝いをなさっている方は、羨ましいと思う前に大変な時期を過ごされているという認識も持たれるとまた違った見方が出来るかもしれません。
イチローの凡打や吉田選手の敗戦は辛いことですが、それ以上の事が起こっているように思います。
現在、周囲で一見「ダメな人」と思われがちな人でも、本来はとても価値ある時期を過ごされているのかもしれません。
そう考えると「ホームレスさん」や「ニート」「引きこもり」も少しは違って見えるかもしれません。
ちなみに、ホームレスさんや引きこもりは、算命学からまた違った意味合いで見る事も出来るので、機会がありましたら、そのお話もしたいと思います。
(もしかしたら、してるかもしれませんが・・・
)
PS
ただ、何でもかんでも神様に選ばれているから「確定」しているというわけではないと思います。昔、江原さんがボクシングの試合をみて、守護霊同士も上で戦っていたとおっしゃっていました。未来は「確定」している訳ではないと思います。
ただ、イチローは挑戦権を得たのだと思います。「その大業お前ならできると思うけどやってみるか?」と問われたような感覚かな。
絶対にヒットを打つから、ではなくて、あくまで挑戦した結果として、ヒットが生まれたのだと思います。