ふと、思いました。
1年に1回くらい感謝の手紙を送る日があってもいいのではないかと。
これはYouTubeでダウンタウンの松本さんを見ている時に思いました。
ここのブログでも、何度か松本さんのことは書いていますが。
あの方と同時代を生きられているため、このように楽しい思いをさせて頂いていると感じることが多々あります。
私はあまりTVは見ない方ですが、(TVからのネタが多いですが、自分から見ることは実は少ないです。)松本さんのTVだけはよく見させて頂きます。全てではないですが、ワイドなショーやクレイジージャーニーなどは録画することが多いです。
この方の「笑い」で救われた方も多い事と思います。
これは噂ではありますが、昔、甲本ヒロト(元ブルーハーツ)さんが、病で苦しんでいる頃、「ごっつええ感じ」の時間だけは、楽しみで、それに救われたというエピソードがあります。
そこから甲本さんは「日曜日よりの使者」という曲を作ったらしいです。
何の病気かはわかりませんが、例えば、鬱とかはとても辛く希望がない状態で本当に苦しいと思います。ですが、日曜日になれば笑える・・・という希望と楽しみが出来ることはどれ程、その方にとって大きな力となるかと思います。
甲本さんはハイロウズのCDジャケットを松本さんに依頼したこともありましたね。
やはり、これだけ大きな「笑いという楽しい気持ち」を毎週プレゼントしてくださる松本さんは、一度感謝のお手紙をお送りしたいなぁと思ってました。(ツイッターでもなんでもいいですが)
このように、今までの人生で、感謝すべき人って誰でもいると思うんです。
松本さんのように有名人でなくても・・・例えば、「この源氏パイおいしい」(お菓子で、たまたま目の前にありました。)これ食べると幸せになる。というのなら、その作った人にでもいいです。どうやって作ったのか、歴史は?動機は?そんなことを調べつつ、創業者でも現在の人でも会社でもなんでもいいので、そこに感謝のメッセージをお送りする時間を作ってもいいのかなぁと思いました。
もし、人が苦手であれば、自分の「耳」に感謝の手紙を書くでもいいと思うんです。この耳があるから、楽しい音楽が聴ける。気分が高揚する。映画の効果音で更に感情を揺さぶられる。この耳はどうやってできているのか?メンテナンスは?苦手は?・・・・様々な事を思いながら、書くことで感謝の気持ちがどんどん湧いてくると思うんです。
感謝の気持ちって自分にとってもいいですよね。
最初からこの動機でやってもいいかもしれません。
思って何もしないより、行動したほうが全然良いと思います。
ボランティアでも、よく偽善だ、なんだと言われますが、偽善だろうがなんだろうがやった方がいいです。(押し付けでなく、お互いが気持ち良いのであれば。そのうち、そんな他人からの小さな言葉にもこだわらなくなります。)
じゃあ、何月何日がいいかなぁなんて、語呂合わせをしていたら、
8月4日(8は「文」4は「しょ」という事で![]()
)
そしたら、今週でしたね。笑
ちなみに現在、8月4日は何の日かなぁ?と調べてみたら、箸の日、吊り橋の日、ビアホールの日、浴衣の日でした。
ちなみに誕生日の有名人は、吉田松陰さん(幕末の思想家)、バラク・オバマさんなどです。(本当についでの情報です。歴史が好きなもので吉田松陰さんなんだぁと自分勝手に盛り上がってしまいました
)
心理療法の中で、内観療法というのがあります。これは日本人が考えたもので、吉本伊信さんが禅宗をヒントに創り出したものだった気がします。
一人の時間を作り、「今まで、して貰ったこと。して返したこと。迷惑をかけたこと」をひたすら考える方法です。
現代社会は、物質に溢れて、お金さえあれば生きていかれる(という勘違い)と考えがちです。
昔は、人と助け合わなければ生きられません。
病気でも医者がいる町の方が少なかったかもしれません。薬も今ほど効かない・・・薬草を取るには山を駆け回る体力が必要・・・・食事は自分の畑を耕す・・・それが出来なければ、飢えるかも・・・・火をたく薪割りも健康でなければできない・・・薪が割れたって、包丁がなければ細かく切れない・・・・
物質がなく、暖房もない・・・夜は冷たい風で、布切れもない・・・
こんな状況では、自然と周囲の人がいなければ・・・という不安と、その時に助けられた恩(情)が人々の繋がりを生んで、物質がなくとも豊かに暮らせた時代であったのかもしれません。
今は、医者に行けば、見てくれるのが当たり前。アマゾンで包丁も買える。火はボタン一つ・・・・
一人で生きていけると思ってしまいます。
むしろ、他人は邪魔・・・・。と考えがちになります。
駅が混んでいる・・・横で咳するな・・・・1日配達が遅れてません?
「サービス」が当たり前だと思ってしまいがちです。
医者が見てくれないなら、ネットでクレームの荒らしに・・・
一昔前なら見てくれるだけでありがたい・・・・。
今でも本当に難病になり、見て下さるのはスーパードクターのみ・・・
となれば、もう手術してくださるだけでありがたい。
サービス・・・お金さえ払えば・・・・・から、こっちは金払っているんだから・・・と何か勘違いしてしまうかもしれません。
本来、何もできない自分がしてもらうことは、ただただ感謝の気持ちのみ・・・自分も何か人の役に立ちたい・・・と思うのが人です。
そして、この前、これしてくれたから、今度はこっちがこれを・・・と自分の得意を他人に与えます。
そこには、情が通います。
お互いが豊かになります。
TVだって、本来は見てやっているではなく、見させて頂いている方が正解かもしれません。
ただで見れるのは企業がお金を払っているからです。
だから、TVに文句を言うのは、本来おかしいのです。
企業が文句を言うのは、現代の価値観で言えばわかりますが…。
だから、コメンテーターも口ごもって・・・原発に対する意見をちゃんと言えーと視聴者が言ってもそれは、すこし筋が違います。
TVは企業に支配されているのだから。
まずこの大前提を抑える必要があります。
情報が偏っている?
なら、自分で調べたら?と言われます。
そんな能力も時間もない・
なら、文句言わず、与えられたもので判断しなさい。それは怠けです。
と、厳しい事を言われてもしょうがないのです。本来はね。
何かが少しずつズレてきて、勘違いをしてしまいがちです。
物質至上主義のデメリットは「見失うこと」なのかも知れませんね。
また、ちょっと話がズレてしまいましたが、
たまには、いつもある当たり前の存在を見直して「感謝」する、それを伝えることをしてもいいのかな~なんて思ったりしました。
勿論、すでに行っている方はいらっしゃると思います。
素直に「ありがとう」と言える人って、なんだか素敵ですよね。
「日曜日よりの使者」
https://www.youtube.com/watch?v=1dOBFXVQlko