他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が鳳閣星

相手の中央(胸)の星が調舒星の場合の交際術

 

相手を批判しなければ、意外とウマが合う相性

 

どんなことにもアバウトな鳳閣星とは対照に、どうでもいいような細かい部分まで気になる調舒星。ただし同じ「伝達」の本能を持っているので、組み合わせとして悪い相手ではありません。外へ外へと出たがる鳳閣星と、内にこもる調舒星は正反対なので、上手に補い合えば恋愛関係になってもうまくいくでしょう。

 

また、ちょっとしたことでも精神的に動揺する調舒星は、大らかな鳳閣星でも受け止めにくい場合があります。不平不満を何かと表に出したり、小さなことをとても気にして細かく指摘する調舒星の態度に、さすがの鳳閣星も気分を害することもあります。ただそこで相手を批判するような言動を取ってしまうと、もっと事態はこじれます。

 

傷つきやすいところがある調舒星は、一度でも自分を裏切った相手を忘れません。表面的にトラブルがおさまっても調舒星の心の奥には、そのときの不快感と相手への不信感が刻まれたままです。今まで築いてきた信頼関係は根底から崩れてしまいます。

 

とりあえず嵐が過ぎ去るのをじっと待ってやり過ごし、その後は何もなかったかのように振る舞えば、相手の方から折れてくることでしょう。

 

 

 

騒音問題などで隣人とトラブルになることはよくありますね。

 

最初は生活音がうるさいという意思表示を面と向かってするのではなく、

音がしたら、同じ音をし返す。

 

そんなことを繰り返されていると、次第に不愉快になってきますね。

 

何年もそんなことを繰り返していたので、さすがに今度はこちらも意志をもって音をやり返す。

 

そんな状態が続きます。

 

音を出したら、出し返す。

ひどい時には、明け方までお互いに繰り返す。

 

とことんまでやり合うのです。

 

そして、ある時、相手からの音がしなかったことがありました。

 

その時に思ったことが、

 

「負けた」と思いました。

 

普通は、「勝った!」と思いますよね。

私もそう思うと思いました。

 

しかし、「やられた」「しまった!」という思いになりました。

 

それは相手に器の大きさを示されたということを瞬間的に感じたからです。

 

もし、このまま相手からの仕返しの「音」がなければ、

おそらく、私は明日以降敗北感と言いますか、自信をなくしたようになると容易に想像ができました。

 

自分を形成しているアイデンティティみたいなものの一部が崩れる感覚です。

 

その後、少しして「音」が返ってきたときに、ほっとしました。

 

「まだ、やり直せるチャンスがある」と思ったのです。

 

この「しまった!」という感覚は、本当の自分(無意識の自分)が思ったことだと思います。

怒りに満ちてやり返している、もう一人の人格の自分ではありません。

ここに100%とらわれていたら気づけなかったでしょう。

 

では、なぜ気づけたのか

自己分析してみました。

 

そこで思いつくことは、最近の私は「今ここにいる」ことを訓練していたということです。

 

このブログでも紹介した、「今ここにいる」ということ

そして、ペンキ画家ショーゲンさんの動画に深く感銘を受けて実践していました。

 

過去の経験に紐づく感情や先取りの不安にとらわれるのではなく、

今ここにいること

 

例えば、朝、音のやり合いをしながら、会社に向かっていると

その道中では、朝の不快な思いを思い出してイライラしたりします。

 

しかし、今ここにいることを選択することで、

そのイライラを放置することを学びます。

こころがそのイライラに向きそうになっても、

「空を見上げると」気づかせてくれます。

 

「あ、余裕がなくなっている。今を感じよう」

 

そして、日差しの温もりを感じたり、

バイクの風を感じたり、

エンジンの鼓動を感じて、感謝したり、

 

そのように心を「今」に戻すことをしていました。

 

そのような訓練のたまものなのか

 

100%イライラに支配されることがなかったのかもしれません。

こころのどこかに「ゆとり」の隙間が、訓練によって生まれたのだと思います。

 

その「ゆとり」の隙間に、本当の自分の声が入れたのでしょう。

だから、「気づけた」のだと思います。

 

それと、もうひとつ

イライラを十分に感じて押さえつけなかったことも重要だと思います。

 

「やりきった」ことも一つの要因だと思います。

 

中途半端に、仕返しは良くない、みんなと仲良くがよいこと

という、過去の「頭からの教育」の言葉に縛られて自分のエネルギー(イライラの声)を押さえつけていたら

不完全燃焼のエネルギーが自分の中で渦巻いてしまっていたでしょう。

 

神様は、私たちに「自由」を与えてくれています。

そして、自分の意志によって「何を経験するか」そして、「経験して何を思うのか」

この魂の向上のためにすべてが許されているのだと思います。

 

ここまで以上の悪はダメと神様が決めていていたら、それは「自由意志」ではありません。

だから、戦争なども起こるのでしょう。

 

神様がいるのに戦争があるのはなんでだ?

とおっしゃる方がいますが、「善」を選ばせるのは、結局「強制」で自由はないのです。

 

この現世においてすべてを許されているからこそ、「自分」というものが試されてもいると思います。

 

ですので、話を戻しますと、

やり返すのも、本人がやってみたいという感情にとらわれたならやりきってみることも時には必要ではないでしょうか。

 

やりきってみると、その次に自分がなにを思うのか。

これはやってみなければわからないことです。

 

やれないということは、やらないとは違います。

そこには、また何か自分の奥底に「縛り付けているメッセージや信念」があるのです。

 

話を戻します。

 

「しまった!」と気づけるこころの「ゆとり・隙間」は本当の自分の声をキャッチできる

非常に大切なものであると実感します。

 

何かにとらわれ過ぎず、「いまここにいる」という訓練はこのような贈り物をいただけるのだと経験できたので、

皆さまにシェアできたらと思いました。

 

マインドフルネスで「今ここにいる」と講義でよく聞きますが、

私にはいまいちピンときませんでしたが、

紹介させて頂いた動画などを元に

「心の使い方」を実践してみると

ご自身なりの気づきがまた生まれるかもしれません。

 

しかし、このような結果「賜物」を目的にして訓練しても難しいかもしれません。

(印象的に)

 

結果を求めてやると、「まだか、まだか」と焦る気持ちが湧いてきます。

どうせできないとあきらめる気持ちも出てきます。

 

同じ時間がかかったとしても

より「難しかった」と感じやすいでしょう

 

まずは、純粋に魂磨きに専念して実践されることをお勧め致します。

 

※ちなみに「気づく」ことと、100%実践できることはまた違います。

私は、気づいても実践できるかどうかは、今後の訓練次第でしょう。

野球選手でも、「こう投げればいいんだ」と1回成功しても

それをコンスタントに投げられるかどうかは、その後の練習次第です。

1回気づいたから終わりではありません。

訓練して、習慣になるといつの間にか人生が生きやすくなるかもしれませんね。

 

 

 

他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が鳳閣星

相手の中央(胸)の星が鳳閣星の場合の交際術

 

きっちりと計画を立てないと、ミスを連発

 

のんびり、、おおらかなコンビですから、仕事面ではなかなか結果が出ません。たとえノルマがこなせなくてもあっさり諦めてしまったり、ミスをしても「してしまったことは、しょうがない」とちっとも応えません。

 

反対に、上手くいかない時には何をやってもだめ、と悪い意味での楽観主義からさっさと仕事を切り上げて夜の街に繰り出しかねないコンビなのです。

 

飲んだり食べたりして遊ぶことが好きなので、二人そろえばなおエスカレート。その場の雰囲気に流されやすい面があるので、冷静に状況判断することが必要です。

 

仕事に取り掛かる前に、到達目標をどこに置くのか、期限内にフォローしきれなかった時にはどうするかなど、綿密なスケジュールを立て、一つずつ予定をクリアしていくようにしましょう。

 

軽いノリで過ごすことが大好きなので恋人としては楽しい相手。気を使わなくていいので気楽につき合うことができますが、トラブルが起きると、それを乗り越える粘り強さがありません。めんどうになれば自然消滅してしまう可能性も大きい相手です。

 

 

他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が鳳閣星

相手の中央(胸)の星が石門星の場合の交際術

 

信頼して任せて、結果が出せる組み合わせ

 

いつもグループの中心にいる石門星は、付き合っていて非常に楽しい相手です。どちらも大勢で行動することが苦にならないので、二人だけの熱烈恋愛というより、集団の中でも自然と振る舞えるパートナーとしての関係を確立するでしょう。

 

ただし、お互いに束縛するのもされるのも嫌うので軽いノリでおもしろ楽しく過ごせますが、長く付き合っていてもなかなか関係性が深まりません。

 

でも、物事の裏を探ったり、深読みしたりせずにあるがままを受け入れる自然体の鳳閣星と、相手に合わせるあまり本音を表さない石門星の組み合わせにはありがちなこと。どちらも思い人間関係は苦手なので、無理に語り合ったり、本音を探ろうとするとかえって敬遠されることも考えられます。流れに任せて心を少しずつ通わせるとよいでしょう。

 

恋愛だけでなく仕事でも、ぜひ石門星に主導権を預けましょう。組織をまとめることに天性の手腕があるので、相手が目下であっても信頼し、自分はお目付け役として一歩引いて見守ることで、必ず結果を出してくれます。

 

 

 

他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が鳳閣星

相手の中央(胸)の星が貫索星の場合の交際術

 

弱点を補ってくれる、頼りになる相手

 

自我が強く、常に目標を持って前進する貫索星は、その場のノリで楽しみたい鳳閣星にとって恋の相手にはずっしりと重い雰囲気の相手かもしれません。自分の価値観を押し付けられると付き合いづらく感じ、鳳閣星の生き方を批判されているようで、つい敬遠したくなりがちです。でも、貫索星にしてみれば自分をわかってもらいたくて本音を語ったり、心配してアドバイスをしているつもりなのです。

 

もともと物事にとらわれない鳳閣星と人一倍こだわりを持つ貫索星ですから一見、水と油のように見えますが、実は自分にないものを持っている、とても貴重な人材なのです。ふわふわと頼りなく、先が見えない鳳閣星の人生行路を時には導き、あるときは引っ張ってくれる存在なので、素直に忠告を聞き入れたいものです。

 

取っつきは悪くても根は正直で一本気な貫索星は、一度絆が深まれば、とても頼りになるご意見番。口も出しますが、困っている相手には必ず救いの手を差し伸べてくれます。良薬は口に苦し。是非かかわりを持ちたい相手です。

 

 

 

 

他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が石門星

相手の中央(胸)の星が玉堂星の場合の交際術

 

信頼関係が築ければ、得難いサポーターに

 

知的でクール、どこか古風な玉堂星は人間関係でも素顔を見せません。べたべたしたなれ合いを嫌い、一定の線から他人の立ち入りを拒否するところがあります。

 

天性の社交家を自負する石門星にとって、つき合いが長くなっても決して距離が縮まらないため、とまどうことがあるかもしれません。でも、恋でも仕事でも無理に関係を深めようとするのは、逆効果。古式ゆかしく、何事もゆるゆると進めていくのが玉堂星なので、ゆっくり時間をかけ、あせらず信頼関係を築いてください。

 

一度信頼関係が築ければ、今までのクールさとは打って変わって親身になるのも、玉堂星のもう一つの側面。何かと外に出ることが多い石門星では、目の届かない部分を上手にサポートする得難いパートナーとなるでしょう。

 

ただ、状況の変化や時流に乗ることはあまり得意ではないので、石門星のように臨機応変に対応することが不得手です。集団行動を好む石門星が、一人で静かにものを考える沈黙思考型の玉堂星を振り回しすぎると、相手はついて来れなくなる場合もあります。役割を分担し、相手の得意不得意をしっかり見極めましょう。

 

 

 

他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が石門星

相手の中央(胸)の星が龍高星の場合の交際術

 

相手の感性を吸収して、レベルアップを

 

人脈を駆使することで大きな結果が出せる石門星にとって、龍高星は是非とも一緒にチームを組みたい相手です。

常に道のものを追い求める龍高星の思考回路は、常識やセオリーを超えて、あらゆる視点から物事をとらえます。

集団を率いて辣腕をふるい、「やり手」とささやかれることも少なくない石門星から見ても、龍高星独自の自由な発想と斬新なアイディアには舌を巻くでしょう。

 

職場の方針にマンネリを感じていたり、仕事に行き詰っているなら、龍高星の力を借りることで打開策が見つかるはずです。

相手の感性や視野の広さに触れるだけでも、石門星は目からうろこ。次のステージに飛躍するチャンスもつかめます。

 

ただし、恋愛面であまり龍高星を頼りにするのは考えものです。人に頼るのも自分が頼られるのも苦手な龍高星は基本的に拘束を嫌い、自由でいたいタイプ。縛り付けようとすると、息が詰まって逃げ腰になる場合もあります。龍高星がのんびりできるようにする気配りが必要です。

 

 

 

私は櫻井識子さんのブログや本を読ませて頂いております。

 

その中で、「玉置神社」の神様とのお話が何度か紹介されています。

 

玉置の神様の特徴は、とっても優しいということです。

 

そして、願掛けに関しては

その人の苦労を半分受け取ってくれるそうです。

 

いじわるをされて、傷ついたこころの苦しみを半分にしてくれるありがたい神様です。

 

もし辛いこと、悲しいことなどで胸がいっぱいの方は、一度ご挨拶に行かれてもよいかもしれませんね。

 

そのような事は数年前から、知識としては知っていました。

一度、参拝してご挨拶したいと思っていますが、

なかなか遠方のため行く機会がありません。

 

今日は、なんとな~く神様のことを考えていると

「半分受け取ってくれるということは、その半分の苦しみは神様が背負って(感じて)消化している」

と思ったのです。

 

普通、神様だから魔法みたいなもので「は!」と消し去ってくれるイメージがあると思います。

私も話を聞いた時にはそんなイメージでした。

 

しかし、あるインディアンの本を読んだことがあります。

「メディスンマン」とも言われ、

普段はバスの運転手などで生計を立てている方なのですが、

病気などで苦しんでおられる方がくると、

その方を不思議な力で治癒させてしまう方です。

 

そのやり方は、

患者(例えば足の悪い方)がいるとします。その方の横に肉の塊を置きます。

 

メディスンマンいわく、

足の悪い部分の「負のエネルギー」を

隣の肉の塊に移すことで治癒するということでした。

 

つまり、負のエネルギー自体はこの世から消すことができない。

 

ですので、移し終わった肉の塊は、食べては危険だし、必ず燃やすそうです。

 

ということは、参拝者の心の苦しみなどの負のエネルギーは消えるものではない。

とすると、玉置の神様がご自身にと入れることで消化しているのではないかと思ったんです。

 

確かに、違う物質に移動させることも可能かもしれません。

しかし、神様です。

ご自身の鍛錬のためにも常に修行中の姿勢はあるでしょう。

とすれば、自分の中で消化することを選ぶのが一番自然です。

 

それを知ったとき、神様のこころの奥深さに触れたように思い

熱いものがこみ上げてきました。

 

気軽に参拝して、

この苦しみを半分とってください。

などとは言えなくなってしまいました。

 

このようなことが知られたら、願う人がいなくなる。

ならば、そんなことは知らずとも、どんどん来なさい。というのが玉置の神様だと思います。

だから、底知れぬ優しさがあるのでしょう。

 

苦しんでおられる方ほど、他人に迷惑は掛けたくないという気持ちが強くて

SOSも出せず一人抱えていらっしゃる方も大勢います。

 

そこで、わしが自分で消化している

なんて知ったら本当に必要な人が来れなくなってしまいます。

 

気軽に誰でも来てほしい

それが本当に神様のお気持ちなのだと思います。

 

昔の人などは、そのようなことも気づいていたのかもしれません。

また、そのように神様の言い伝えを子どもたちに話して聞かせていた時期もあったかもしれません。

 

だからこそ、民衆は神様を敬愛してきたのでしょう。

そんな思いを知ったらいい加減な気持ちで接することができません。

現代では、神社の語りと途切れて、そのような考え方も教えてもらえず、

古い建物としか考えることができず、時に柱にらくがきしてしまうようなことも起こるのでしょう。

 

感じる力を失った日本人は、自ら悲しい道を歩んでいるように思います。

 

神様は偉いから敬えと言われても、

壊れた学校教育で育ってきた人たちにとっては、

信じられない教師や社会、大人たちを見てきて、

それでも敬いなさいと頭ごなしに押し付けられてきました。

 

本当に他者を思うこころを育むことができる環境であれば、気づき自然と敬うこころが育つでしょう。

 

落書きがわるいのではなく、

軽んじるのが悪いというのではなく

日本が壊されてきたということでしょう。

 

玉置の神様のことから話が飛びました。

 

神様は本当にすごいと思います。

これがこころの苦しみという視点ではなく、

自分たちに置き換えたらどうでしょうか。

 

嫌な仕事がめぐってきた。

私がやれば他の人が半分楽になる。

 

しかし、そこに葛藤が生まれます。

なんで私ばっかり

ずるいよいつも

 

ここが一つの修行なのでしょうね。

 

神様はとても大変な修行をして神様になっているとのことです。

このような修行を何度も繰り返して大きなこころを獲得なされたのでしょう。

 

私も力があれば神様のように人の役に立ちたい

と、思う方も多くいらっしゃるでしょう。

私も一時期思いました。

 

その時に、守護霊様から言われた気がしたのが、

「お前には両腕がある。その両腕で、人を助けることがいくらでもできるのだ。それをせずに不思議な力で楽に人助けして、自分が気持ちよくなろうとしているだけではないのか。」これに気づかされた時に、「自分の心の中の小さな黒い部分をありのままに認めなさい。」と言われた気になりました。(ちなみに私は霊感はありません。ただそう思っただけです。)

 

今、自分に出来ること

そこから始めることが大切なんでしょうね。

 

玉置の神様のこの深さを知ったとき、

それは玉置の神様を通じて愛情を感じたように思いました。

このお礼をお伝えしに改めてご挨拶に伺いたいと思いました。

 

その時、玉置の神様が嬉しがることってなんだろうと考えてみました。

半分取ってもらわずとも自分でなんとかします。

と言うこと?

それも認めてくれるでしょう。

自分でやりたいのか

とね。

 

でも、そういうことではない気がしました。

その視点は結局、自分を可愛がってほしいから。立派だねと認めてほしいから。

そんな小さな気持ちがあるように思います。

 

私が神様だとしたら、

にっこり笑顔で元気よく

神様会いに来ました。こんなことがあってうれしかったと語ってくれる方が嬉しいです。

そして、無理せず時には、こんな悲しいことがあったと語ってくれること

素直に人生を生きながらお互いに寄り添いながら、あたたかい心をもって参拝してくれたらうれしいような気がします。

 

助ける助けないとか

叶う叶わないを超えて

一緒に人生を共有できる存在として

お互いの心の中にいることができたら

それが良いのではないでしょうか。

 

神様との付き合い方は人それぞれです。

最初はラッキーをくれる存在ととらえるのも自由です。

いろんな入口があってよいと思います。

そこから神様の愛を知って、信仰心が目覚めたならそれでよいように思います。

 

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他人との交際術のコツを

価値観(考え方)を表す陽占を使って、

見ていきたいと思います。

 

自分の中央(胸)の星が石門星

相手の中央(胸)の星が牽牛星の場合の交際術

 

争うと周囲を巻き込むトラブルに発展

 

どちらも集団の中にいて実力を発揮するタイプですが、フレンドリーな感覚で分け隔てなく付き合うのが石門星。それに対して、周囲を冷めた目線で慎重に眺めているのが牽牛星。両者の温度差は歴然としています。

 

自己評価が高く、体面を重んじる牽牛星の目には石門星の社交性が「節操のない人」と映りがち。石門星もざっくばらんに話しかけてもシニカルに対応する相手に「エリートを鼻にかけたやつ」とあまり良い印象を抱きません。

 

個人的に敬遠しているうちはいいのですが、ビジネスシーンでことさら挑発するのはタブー。各自がグループを結成し、反目し合う二大勢力に成長する懸念があります。挑発さえしなければ体裁を重視する相手は表立った反発はしません。

 

恋愛関係では牽牛星のプライドを尊重し、気を抜かないことです。牽牛星の本音を疑い、こころを試すようなことをするととたんに気を悪くするでしょう。

 

実際的な生活感覚のある牽牛星は、相手から尊重されているとわかれば意外に気分よく尽くしてくれるもの。石門星はこだわりを捨て、牽牛星を立ててください。

 

 

 

「私は結婚がしたい」

とおっしゃる方は多いと思います。

 

そんな中で思ったことをお話したいと思います。

 

ある方に教えていただいた話です。

 

「私は、結婚がしたいんじゃありません。

 

例えば、

地位名誉がある方ですが、泥まみれになりながら地域のボランティアに参加してました。

尊敬できる人なんです。

見ているととても「大人」を感じます。

一緒にいて行動させて頂いていると、学ぶことが本当に多いんです。

人として素晴らしいんです。

 

そして、このような人と同じ景色をみて感動したり

子どもを育てながら考え方を共有したり、話し合ったりしながら

人としての器が発展していきそうでもあるんです。

それが目的ではなく、そんな人生を歩みたいのです。

 

そんな時、この人と一緒に人生を歩みたい

 

と思うことでしょう。

 

それが時には、結婚というひとつの形をとることもあると思います。

 

私は、結婚がしたいのではなく、

一緒に人生を歩んでみたいと思う人がいたら幸せだなぁと思うのです。

結婚はその一部なんです。

ひとつの方法にすぎません。」

 

現代では、アプリでもお相手を探せる時代です。

探し方は多くあった方が良いと思います。

 

その一方で、便利さに私たちが飲み込まれているのも事実です。

 

スクロールして、条件に合う人を「機械的に」探している自分に気づくことがあるでしょう。

 

最初は、熱を入れて探します。

それが年月が経過してくると自動的な作業になってはいませんか。

便利さとはそのようなデメリットも隠れています。

 

本当のお相手とは、頭ではなく、こころが反応してくれます。

こころが教えてくれるのです。

 

「条件」はあくまで頭が導き出した答えです。その基準はもしかしたら社会常識という

あなたの本音とは違うものかもしれません。

 

愛を探しているうちに、いつのまにか

自分の欲求を支えてくれる便利な人探しに陥っていませんか?

 

人は気づかないうちに「自分」から離れていってしまいます。

 

自分の中にいる。

今、ここにいる ことがとても重要です。

 

あなたのこころを大切に扱ってみてください。

 

現実で、一緒に仕事をして何かを成し遂げてみた感動の共有

サークルで出会って一緒に過ごしていたら人間性に触れることができた。

 

簡単にON/OFFができない環境だからこそ

味わえる体験があると思います。

 

便利さは、どこかに自分の「冒険できない弱さ」が隠れていませんか?

現実の世に飛び込めない弱さを埋め合わせていませんか。

 

そんな「苦手な部分」を見つめるのが自分を顧みる行為です。

 

とても厳しい見方かもしれませんね。

 

いつも理想だけでは生きられません。

逃げたくなることもある。そんな時期もあります。

 

それが「悪い」わけではありません

 

私たちは、いつしか「良い・悪い」を判断するような価値観を埋め込まれてしまいました。

本来は、ただこそに経験があるだけです。

その経験をしてみて、どう感じたか。

そして、次はどう行動するか。

あなたの意志をどう使うのか。

神様はそれをただじっと見つめているだけです。

 

良いことを知るには、悪いことも体験する必要があります。

 

だから、この世の中で私たちは「自由意志」を与えられています。

そして、この仮の世でどう行動するかを経験しながら試されているのです。

 

結婚の話から、また飛躍していきましたね。

 

「結婚したい」と強く思うより

「このような人と一緒に時を過ごしたい」

そんな人のイメージを強く持つことが良いのではないでしょうか。

 

いずれそんな人に出会えるかもしれません。その時に、頭の条件だけで選んでいる癖がついていると

見過ごしてしまいそうです。

 

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