この回では、栄国府の主(あるじ)である賈政が、妻の王夫人の侍女の金釧が井戸に身投げし自殺、また忠順親王府お抱えの女形役者の琪官の失踪、このふたつの事件の原因が我が息子、宝玉のせいだと知り、怒り心頭、宝玉に棒叩きの折檻を加えることになります。おかげで宝玉は身体が傷つき、息も絶え絶えの状態になり、これを見た賈のお婆様はじめ、栄国府の女性たちに衝撃が走ります。『紅楼夢』第三十三回をご覧ください。
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手足(兄弟)は(虎視)眈眈と(宝玉を陥れようと)し(賈環は賈政に)小さく唇舌を動かす
不肖(の息子)は(放縦な)種種(の行為で)大いに笞撻(ちたつ。鞭で打つこと)を承く
さて王夫人は金釧兒の母親を呼んで、いくつか簪(かんざし)とイヤリングを持って来て、その場で下賜し、またこう言いつけた。「何人か坊さんに頼んでお経を詠んでもらい、あの子を成仏させておやり。」金釧兒の母親は跪いて頭を地面に着ける礼をし、お礼を言って出て行った。
実は宝玉は雨村にお会いして戻って来ると、金釧兒が(お暇を出された)恥ずかしさの余り自ら命を絶ったと聞き、心の中では早くも身体の中の五臓が引き裂かれたような悲しみに襲われ、部屋に入るやまた王夫人からいくつか説教をされ、口答えもできなかった。宝釵が入って来るのが見え、ようやく部屋を出てくることができたが、どこに往くべきかさっぱり分からず、手を背中で組み、俯(うつむ)いて、ため息をつきながら、ゆっくりと足の向くまま広間の方に歩いて行った。ちょうど屏門(中庭と外庭を隔てる門)のところを曲がったところで、思いがけず向こうからひとりの人がやって来て、ちょうど部屋の中へ歩いて行こうとして、ちょうど真正面からぶつかってしまった。するとその人は大声で怒鳴った。「止まりなさい!」宝玉はびっくりして、頭を上げて見ると、それは他でもなく、彼の父親であった。早くも思わず驚いてハッと息を吸い込み、手を下に垂れ傍らに立っているしかなかった。
賈政は言った。「何事もないのに、おまえはしょんぼりうなだれて、何をため息ついているんだ?さっきも雨村が来て、おまえに会いたいと言うのに、えらい時間が経ってからようやく出て来て!出て来たと思ったら、意気軒昂とした語気が全く感じられず、相変わらずうじうじ細かいことばかり言いおって。わたしが見るところ、おまえの顔には邪(よこしま)な欲望や煩悩の色が出ているわい。今回はまた気持ちが落ち込んでため息をついて、おまえはあれだけ好き勝手をやってもまだ足らず、まだ不自由だと思っているのか?訳もなくこんな風になるのは、どんな理由があるんだ?」宝玉は平素は口が達者なのであるが、この時はひたすら金釧兒のため悲しみに暮れ、彼女が既に亡くなってしまったのが恨めしくてならず、今父親にこうしたことを言われて、結局のところ未だ曾て聞き分けよくしたことがなく、ただポカンと突っ立っているだけだった。
賈政は宝玉が怖れびくびくしているのを見て、応対がいつもと違い、元々怒ってはいなかったが、宝玉がこのような態度をとったので、三分方腹を立てた。ちょうど話をしようとしていた時、ふと門番の男が来て報告した。「忠順親王府より人が来られ、旦那様にお会いしたいとのことです。」賈政はそう聞いて、心の中で疑問に思い、ひそかに思案して言った。「平素は別に忠順府と往き来をしていないのに、どうして今日は人を寄越して来たのだろう?……」そう考えながら、一方でこう命じた。「すぐに広間で座っていただくように。」急いで中に入って服を着替えた。出て来て客人に会うと、意外にも相手は忠順府の長府官(親王府の事務を管轄する小役人)で、互いに対面の礼をすると、座席に戻り茶を献じた。まだ会話が始まる前に、その長府官は先にこう言った。「わたしがここへ来ましたのは、別に失礼を顧みずお邪魔した訳ではありません。命を奉じたので参りましたが、あることについてお尋ねしたいのです。親王様の名に於いて、敢えてあなた様の公正なご裁決を煩わしとうございます。親王様が事情をよくご存じなだけでなく、わたくしどもも感謝に絶えません。」
賈政はこの話を聞いても、何のことか分からず、急いでお追従笑いを浮かべると、身を乗り出して尋ねて言った。「大人が既に親王様の命を受けて来られたとのことですが、何の件でお越しになったのでしょうか?どうか大人明らかにしてください。学生もちゃんと諭旨を遵守し承ります。」かの長府官は冷笑を浮かべて言った。「そんなお引き受けいただくまでもありません。ただあなた様の一言で片付くことでございます。うちの府(屋敷)にひとりの娘役の役者で琪官という者がおり、これまでずっとちゃんと屋敷で暮らしておりましたが、今はこともあろうにここ数日戻って来ないのです。あちこち捜したのですが、この子がどこに向かったか探ることができません。それであちこち訪問して調べますと、この城内で、十中八九の人が皆、あの子が最近玉を口にくわえて生まれたかのご子息との交際がたいへん親密だ、と言われるのです。弊官が聞くところでは、お宅様は他家と異なり、勝手にお邪魔して請求しても構わないとか。それゆえ親王様にそう申し上げたのです。親王様はまたこう言われました。「もし他の役者なら、百人だって構わない。けれどこの琪官は、臨機に対応してくれ、慎み深く老練で、正にわたしの心境にぴったり合い、断じてこの役者を欠くことはできない」と。それゆえどうかあなた様からご子息にお伝えいただき、どうか琪官を返してください。それにより、一に親王様を心を込め誠実にお慰めでき、二に弊官も苦労して探し求める手間が省けますので。」そう言い終わると、急いで身体を曲げてお辞儀した。
賈政はこの話を聞いて、驚くやら腹立たしいやら、即座に宝玉を呼んでくるよう命じた。宝玉も何のせいか分からず、あたふたと駆けつけると、賈政は尋ねた。「この死に損ないの大馬鹿野郎!おまえが家で勉強もしないのはまあいい。どうしてまたこんな破廉恥な神をも怖れぬことをしでかすんだ!かの琪官は今や忠順親王様の御前でお仕えされる方で、おまえごとき取るに足らぬぼんくらが、故(ゆえ)無く誘い込む(引逗)とは、今や災いがわしにまで及んでしまった。」宝玉はそれを聞いて、びっくり仰天、急いで答えて言った。「このことは本当に知りませんでした。一体全体「琪官」の二文字が何のことやら分かりません。ましてやこれに更に「引逗」(誘い込む)の二文字が加わるとは。」そう言って泣き出した。
賈政がまだ口を開かぬうちに、かの長府官が冷ややかに笑って言った。「若様も隠し立てされる必要はありません。或いはお家に隠されているか、或いは行方をご存じか、早く言っていただければ、わたしたちも受ける苦労が少なくて済みます。どうして若様の徳を想い起こしていただけないのですかな?」宝玉は何度も言った。「本当に知らないのです。おそらく誤って伝わったのでしょう。わたしはお会いしたこともありません。」かの長府官は冷ややかに笑い声を浴びせて言った。「現に証拠がございますから、きっと旦那様の前で白状せねばならなくなりますが、そうなると若様はお困りになるでしょう?――知らぬと言われるからには、琪官はあの赤い汗拭きのタオルをどうやって若様の腰から得たのでしょうか?」
宝玉はこの話を聞いて、思わず魂が破壊されたかのように、呆然とし、心の中でこう思った。「このことを、この人はどうして知ったのだろう?こんな秘密のことまで知っている以上、おそらく他のことでも、この人を欺(あざむ)くことはできないだろう。それならむしろこの人を追い払ってしまった方が、また別のことを言い出すのを免れることができる。」それでこう言った。「大人は彼の細かいことまでご存じであるのに、どうして彼が家を買い入れたような大事を、却ってご存じないのでしょうか?聞くところによると、彼は今東郊の城下から二十里の紫檀堡とかいうところに、何畝(ムー。1ヘクタールの15分の一。6.6667アール)かの田地と何間かの家を買い入れたそうです。そこにいると思いますが、それも分からないです。」かの長府官はそう聞いて、笑って言った。「そう言われるなら、きっとそこにいるでしょう。わたしはひとまず一度捜しに参ります。もしいればそれで良し。もしいなければ、また来てお教えいただきます。」そう言うと、急いで暇乞いをして行ってしまった。
賈政はこの時怒りの余り目を見開き口を歪めていたが、一方でかの官員を見送り、一方で戻って来て宝玉に命じた。「ここに居て動くな。戻ってきたらお前に尋ねたいことがある!」そのままかの官員を送って行った。それでようやく振り返ってみると、ふと賈環が何人か子供の召使を連れてあちこち走り回っているのが見えた。賈政が大声で怒鳴って召使に命じた。「早くそいつを殴れ!」賈環は父親を見て、びっくりしてへなへなと力が抜けてしまい、急いで首を垂れて立ちつくした。賈政はそれで尋ねた。「おまえ、何を走っているんだ!おまえが連れているあいつらは、皆おまえのことなどお構いなし、どこへ行くとも分からず、野生の馬のようだ。」大声で怒鳴った。「一緒に学校に行く者はどうした?」
賈環は父親が大層腹を立てているのを見て、この期に乗じて言った。「先ほどまでは走っていなかったのですが、あちらの井戸の辺りを通り過ぎると、あちらの井戸でひとりの小間使いが溺れ死んでいたのです。わたしが見たところ、頭がこんなに大きく、身体がこんなに太く、水に浸かって本当に恐ろしかったので、それでびっくりして走って来たのです。」賈政はそう聞いて、びっくりして尋ねた。「いわれもなく、誰が井戸に跳び込んだんだ?我が家ではこれまでこんなことは無かった。ご先祖様以来、皆寛大に優しく接してきた。――だいたいわたしは近年家事の管理に疎くなっていて、自然と執事が生殺与奪の権限を持つようになり、このように生を軽く見、突然自殺してしまうという災いを引き起こすに至ったのだ。もし外部の人に知られたら、ご先祖様に会わす顔が無いわい!」大声でこう命じた。「賈璉、頼大を呼んで参れ!」
召使たちは「はい」と一声答え、ちょうど呼びに行こうとしていると、賈環が急いで前に進み出て、賈政の上着の前おくみを引っ張り、膝を地面に付けて跪くと、言った。「旦那様、怒られるには及びません。このことは奥様のお部屋の人以外は、他の人たちは少しもご存じないと、わたしはうちの母が言うのを聞きました――」ここまで言うと、振り返って四方をぐるりと見たので、賈政はその意を察し、目配せしてそれと知らせると、召使たちは理解し、皆両側から後ろへ退出した。賈環はそれでこっそりと言った。「うちの母親がわたしに言われるには、「宝玉兄さんが、前日奥様のお部屋で、奥様の侍女の金釧兒を引っ張り込み、強姦しようとして未遂に終わってしまい、一発殴ったので、金釧兒が腹を立てて井戸に跳び込み死んでしまった――」」
話がまだ終わらぬうち、賈政は怒りで顔から血の気が退いて真っ青になり、大声で叫んだ。「宝玉を連れて来い!」そう言いながら、一方で書斎の方に行き、大声でこう命じた。「今日また誰かがわしを押し留めに来たら、わしはこの官職も財産も、全部そいつと宝玉にくれてやろう。わしは罪人になるのを免れない。この気持ちがくさくさする髪の毛を剃ってしまい、極楽浄土に行ってこの世とおさらばすれば、墓に入る時にご先祖様を辱め、後世に親不孝な子孫を生むという罪から免れられるというものだ!」
お屋敷の中の食客や召使たちは賈政のこうした有り様を見て、また宝玉のせいで騒ぎが起こったと知り、ひとりひとりが指を噛み舌を打ち鳴らして、そそくさとその場を離れて行った。賈政はハアハア息をはずませ、ピンと身体を伸ばして椅子に座り、満面に涙の痕を残し、息も継がずにこうまくし立てた。「宝玉を連れて来い!大きな棍棒と縄を持って来い!門を皆閉めろ!誰かが中にこのことを知らせたら、直ちに打ち殺せ!」子供の召使たちは、揃って「はい」と答えるしかなく、何人かが宝玉を捜しにやって来た。
かの宝玉は賈政が彼に「そこから動くな」と言いつけたのを聞いて、とっくによくないことが起こりそうだと分かった。しかし賈環が多くのことを追加で言いつけたとはつゆ知らなかった。ちょうど広間でぐるぐる回りながら、どうにかして中の人にこのことを知らせようと思案したが、折悪しく誰もやって来ず、(自分の男の子供の召使の)焙茗さえもどこにいるか分からなかった。誰か来ぬかと待ち焦がれていると、ひとりの老婆がやって来るのが見えたので、宝玉は珍しい宝物を手に入れたかのように、近づいて老婆を連れて来ると、こう言った。「早く中に入って行って言ってほしい。旦那様が僕を叩こうとしているんだ。早く言いに行って。緊急(要緊yào jǐn)なんだ。」宝玉は一に慌てていたので、言っていることがよく分からなかった。二にお婆さんは折悪しく耳が遠く、何を言ったのか聞き取れず、「要緊」の二文字を「跳井」tiào jǐngだと思い、それで笑って言った。「井戸に跳び込む(跳井)んだったら、跳び込めばいいのよ。若旦那様、何を怖れてらっしゃるの?」宝玉は老婆がつんぼだと分かったので、急いで言った。「おまえ、出て行って僕の召使を呼んで来て!」その老婆は言った。「何が終わらないもんかい。とっくに終わって(亡くなって)いて、奥様がまた銀子をくだすったんだよ。どうして終わってないものかね。(金釧兒が井戸に身投げして亡くなって、金釧兒の母親が王夫人からお見舞いの銀子をもらったことを言っている。)」
宝玉はどうして良いか分からず、手足をばたつかせていると、賈政の召使がやって来て、宝玉を無理やり連れて行った。賈政は宝玉を一目見ると、目を真っ赤にして、もはや宝玉が外で役者と仲良くなり、放埓(ほうらつ)なことをしていると細かく追求することもせず、大っぴらに自分の赤い汗拭きタオルを琪官に契りの印として贈り、家では儒教の経典の学習や科挙の勉強を疎かにし、いかがわしい詩詞曲賦にうつつを抜かし、母親の小間使いの金釧兒をからかって関係をせまったことに対し、大声でこう命じた。「その口を塞いで、厳しく死ぬほど叩いてやれ!」男の子供の召使たちはその命令に背く勇気がなく、宝玉を腰かけに座らせて押さえつけると、大きな板を振り上げ、十回ほど叩いた。宝玉は自分でも許しを求めることができないと分かっていたので、ただ嗚咽を鳴らして泣いた。賈政はそれでも子供の召使が叩く力が緩いと思い、板を持つ召使を足蹴にして下がらせ、自ら板を奪い取ると、力いっぱいまた十数回叩いた。
宝玉は生まれてからこんな苦しみを味わったことがなく、最初は叩かれて我慢できないくらい痛いと感じ、やたらと大声で泣き叫んでいたが、後には次第に息が弱くなり声がかすれ、むせび泣きも出なくなった。食客たちは様子を見て不吉に思い、急いで駆け寄って来て、もうやめるよう諫めた。賈政がどうして聞く耳を持っていようか。そしてこう言った。「おまえたち、こいつがやったことを尋ねてみろ。許されることかどうか。平素は皆おまえたちはこいつに丸め込まれてしまっていたんだ。ことがこの段階に至って、まだ仲裁する余地があるだろうか。明日には父を殺し君王を殺すことになるかもしれん。おまえたちが諫めてもだめだ。」
人々はこれを聞いてまずいと思い、賈政の怒りがひどいと知り、急いで適当な人を捜して母屋に入り、情報を伝えさせた。王夫人がそれを聞き、賈のお婆様に報告に行っていては間に合わないと思い、急いで服を着て出て来て、そこに他人がいるかどうかも気にせず、大急ぎでひとりの小間使いに寄りかかり、書斎の中に向かった。慌てて食客や召使たちが席をはずそうとするも間に合わなかった。賈政が正に再び叩こうとして、王夫人が入って来るのが見えたので、また火に油を注ぐことになり、その板を降り下ろすのが益々ひどく、また早くなった。宝玉を押さえつけていたふたりの男の子の召使は、慌てて手をはずして出て行ってしまったが、宝玉はもはや身体が硬直して身動きできなくなっていた。
賈政はまだ叩きたいと思っていたが、とっくに王夫人に板を抱きかかえられていた。賈政が言った。「やめてくれ。今日はこいつがわたしを死ぬほど怒らせたんだから、止める訳にいかないんだ。」王夫人が泣いて言った。「宝玉は叩かないといけないとしても、旦那様もお身体を大切にされるべきです。しかもこの炎暑の天気は、お婆様のお身体にもあまり良くありません。宝玉を死ぬほど叩くのは大したことではありませんが、もしお婆様がそれが原因で具合が悪くなられたら、大事になるでしょう?」賈政は冷ややかに笑って言った。「もうそんな話を持ち出すのはやめよう。わたしはこんな不肖の出来損ないを育て、已に不孝を犯してしまっている。前々からこいつを叱っても、また周りの皆が庇う始末だ。それだったら今日の折檻でこいつのつまらぬ命が途絶えるのに乗じ、将来の災いを断った方がましというものだ。」そう言うと、縄で絞め殺そうとした。王夫人は慌てて賈政に抱きつきながら、泣いて言った。「旦那様は息子をしつけなければなりませんが、夫婦の役割の違いも考えていただかないといけません。わたしはもう五十歳になりますが、こんな出来損ないの息子でも、わたしにとってこの子だけがなんとか頼りにできるのです。わたしも敢えてこれ以上あなたにお諫めはいたしません。今日これ以上叩いてこの子を死なせてしまったら、それはあなたがわたしとの関係を断とうと思っておられるからではありませんか?この子を絞め殺そうと思われているからには、いっそ先にわたしを絞め殺して、それからあの子を殺してください。わたしたち母子は一緒に死んだ方がましだわ。その方があの世でも頼みになりますわ。」そう言うと、宝玉を抱きながら、大声を上げて泣き出した。
賈政はこの話を聞いて、思わず大きくため息をつき、椅子に腰かけると、涙が雨のように流れ出した。王夫人は宝玉を抱きながら、見ると宝玉の顔は血の気が引いて真っ白で、弱い息しかできず、下には一枚の緑色の薄い紗の下着を着ていたが、その上は一面血で染まっていた。思わずタオルを外して見てみると、脚から尻にかけて、腫れて青や紫になり、皮膚が裂けて出血しているところもあり、少しもきれいな状態で保たれているところがなく、思わず声を失い、大声で泣きながら「哀れな運命の息子よ」と叫んだ。泣きながら「哀れな運命」と言うと、また(王夫人の最初の息子で、亡くなった)賈珠のことが思い出され、それで賈珠の名を呼びながら、泣いて言った。「もしおまえが生きてくれていたら、百人の子が死んだって、気にしないわ。」
この時、屋敷の中の人々が王夫人の声を聞きつけて、李紈、鳳姐、及び迎春、探春両姉妹が、皆出て来た。王夫人は泣きながら賈珠の名前を言うと、他人はまだ良かったが、ひとり 李紈だけは(亡き夫の名を呼ばれたので)我慢できなくなって泣きじゃくり出した。賈政はこれを聞いて、涙が真珠の玉のように転がり落ちた。ちょうどこうした悲しみに結末がつかなくなっているところに、ふと小間使いの女が来て言うのが聞こえた。「大奥様が来られました――」その言葉が終わらぬうちに、窓の外から、弱々しくこう言うのが聞こえた。「先ずわたしを叩き殺しなさい。それからあの子を殺せば、それできれいさっぱりするわ。」
賈政は母親が来るのを見て、慌てるわ心は傷むわで、急いで出迎えに出た。すると賈のお婆様は侍女に支えられながら、首を振り荒い息をしながら歩いて来た。賈政は前に出て身体を屈めてお辞儀をし、お追従笑いを浮かべて言った。「酷暑厳しい日に、お婆様におかれては何かお言いつけがございますでしょうか。ご自身で歩いて来られなくとも、この倅(せがれ)めを呼んでいただければ、お言いつけを伺いに参りますのに。」賈のお婆様はそれを聞いて、足を止めハアハア喘ぎ声を出すと、一方で厳しい口調で言った。「あなたは元々わたしに言っておくべきことがあったでしょう!わたしもあなたに言っておくことがあります。わたしは生涯良い息子に恵まれなかったので、わたしはいったい誰と話をすればいいんでしょう?」
賈政はこれを聞いて、いつもと様子が違うので、急いで跪いて目に涙を溜めて言った。「倅のわたしがあの子を管理するのも、先祖代々続くこの一族の繁栄のためです。お母さまの言われたことですが、この倅がどうして当てはまりますでしょうか?」賈のお婆様はそれを聞いて、「チェッ」と唾を吐き捨てると、こう言った。「わたしが一言言えば、あなたは持ち応えられなくなりますよ!あなたのなすったようにひどいやり口で折檻して、まさか宝玉は耐えられるとでも思っていらっしゃるの?あなたは息子を教え諭すのは一族の繁栄のためと言われるけど、曾てあなたの父君はどうやってあなたを教え諭されたんでしょう!」そう言うと、思わず涙が流れ落ちた。賈政はまたお追従笑いを浮かべて言った。「お婆様もそんなに悲観する必要は無いですよ。あなたの倅がたまたま焦ってこのようなことをしてしまいましたが、今後は、もう子供を叩くようなことは二度といたしません。」賈のお婆様は冷ややかに笑って言った。「あなたもわたしに対して意固地にならなくていいのよ。あなたの息子なんだから、もちろんあなたが叩きたいなら叩けばいいわ。思うにあなたはわたしたち女どもにうんざりされているんでしょう。それならわたしたちとっととあなたの元を離れれば、皆がすっきりできるわ。」そう言うと、下の者に命じた。「駕籠を見てきておくれ!――わたしとおまえの奥さん、宝玉は直ちに南京の実家に帰ります!」家の下の者は「はい」と答えるしかなかった。
賈のお婆様はまた王夫人を呼んで言った。「あなたも泣く必要はないわ。今は宝玉はまだ小さいから、あなたはあの子がかわいいでしょう。でもあの子が将来大きくなって、官職に就いたら、必ずしもあなたが母親として尽くしてくれたことを憶えてくれていないかもしれない。あなたが今逆にあの子をそんなにかわいがらなければ、今後あまりカッカと腹を立てなくて済むかもしれないわ。」賈政はそれを聞いて、急いで跪いて頭を地面に打ち着けて言った。「お母さまがそんなことをおっしゃると、倅のわたしは立つ瀬がありません。」賈のお婆様は冷ややかに笑って言った。「あなたが明らかにわたしを立つ瀬が無くさせたのだから、あなたが逆にその立場に立たされたのよ。ただわたしたちが南京に帰ったら、あなたの気持ちも清々して、誰かがあなたに叩くのをやめさせてくれると思うわ。」そう言いながら、一方でこう命じた。「早く南京に帰る荷物と車を準備しておくれ。」賈政は身体をピンと伸ばして跪き、頭を地面に着けて謝罪した。
賈のお婆様はそう言いながら、一方で宝玉の様子を見た。今日の懲罰のされ方は、これまでと比べものにならぬくらい酷く、心が疼き、また腹がたち、宝玉を抱きながら涙が止まらなかった。王夫人と 鳳姐らがしばらくなだめて、ようやく次第に泣き止んだ。
早くも小間使いや女房たちが、近寄って来て宝玉を支えようとすると、鳳姐が叱りつけた。「このぼんくら!目をよく見開いて見てご覧。こんな状態で、どうやって身体を支えて歩くんだい?早く中から藤(とう)で編んだ長椅子を担いでおいで!」人々はそれを聞いて、急いで飛び出して行き、果たして長椅子を担いで来ると、宝玉を乗せ、賈のお婆様や王夫人らに従って母屋に入って行き、賈のお婆様の部屋に送り届けた。
この時、賈政は賈のお婆様の怒りがまだ収まっていないのを見て、勝手に振る舞う勇気が無く、一緒に母屋に入った。見たところ、宝玉は果たして酷く叩かれ、また王夫人が「坊や」、「息子」と声をかけては泣きながらこう言った。「おまえは珠兒(賈珠)が早死にした代わりのはずなのに、珠兒が生きてくれていたら、あなたの父親が怒ることもなかったし、わたしもこの半生を無駄に気を使うこともなかった。今回おまえがもし万一亡くなり、わたしひとりが残されたら、わたしは誰を頼って生きればいいの?」そう言って一度なじると、また泣きながら「意気地なしの息子」と言った。賈政はそれを聞いて、自分が酷い折檻をしてこんな状態になるまで叩くべきでなかったと意気消沈した。先に賈のお婆様をなだめようとすると、お婆様は目に涙を浮かべ、こう言った。「わたしの倅が良くない。元々躾けるにしても、こんなになるまで叩いてはいけないわ。あなたは出ていこうとせず、ここに残って何をするの。まさかまだ心残りで、自分の目でこの子が死ぬのを見てようやく満足するんじゃないわね?」賈政はそう聞いて、ようやく「はいはい」と言って退出して行った。
この時、薛おばさん、宝釵、香菱、襲人、湘雲らもここにいた。 襲人は心から悔しく思ったが、ただその気持ちを表に出すことができなかった。見ると人々が宝玉を取り囲み、水を飲ませる者は水を飲ませ、扇であおぐ者は扇であおぎ、襲人は自分が手を出すことができなかったので、思い切って外に出ると、二の門の前に行き、男の子供の召使たちに命じて(宝玉付きの召使の)焙茗を捜して来させ、彼に細かく尋ねた。「先ほど何のいわれもなく、どうして叩かれることになったの?あなたももっと早くこっそり知らせてくれなくちゃ!」焙茗は急いで言った。「あいにく僕は若旦那様のお傍にいなかったのです。棒叩きの折檻が中盤に差し掛かった時、ようやくその知らせを聞いて、急いでその原因を聞いたのですが、意外にも琪官兒と金釧兒姉さんのことのせいであったのです。」襲人が言った。「旦那様はどうしてそれを知ったのかしら?」焙茗が言った。「あの琪官兒のことは、おおかた薛旦那様が日ごろから焼餅を焼いておられたのですが、自分から手を出すことはできませんでした。ひょっとすると外から誰かに唆(そそのか)されたのかもしれません。旦那様の目の前で陰口を叩かれたのです。金釧兒姉さんのことは、おおかた下の若旦那(賈環)が言われたのでしょう。――わたしも旦那様とご一緒された人から聞いた話ですが。」
襲人はこのふたつの件は何れも背景がよく似ていて、心の中でも八九割方間違いないと思った。その後帰って来て見ると、人々は宝玉に代わり治療の手配を終えていた。賈のお婆様はこう命じられた。「ちゃんとあの子の部屋に運んで行ってやりなさい。」人々は一斉に「はい」と回答し、皆が慌ただしく動き回り、急いで宝玉を怡紅院に送り届け、彼を自分のベッドに横にならせ、またしばらくばたばたしていたが、人々は次第に帰って行き、襲人がそこでようやく部屋に入り進み出て、色々気を配ってお世話をし、体調を細かく尋ねた。事の次第が、いったいどうなったかお知りになりたければ、次回に解説いたします。








































