中国版『浦島太郎』の西湖主の2回目。主人公の陳弼教は、王妃の大切にしているスカーフに詩を記して汚してしまったことから、殺されるのではないかとびくびくしていましたが、このあと、どのような運命が待っているのでしょうか。『聊斎志異』巻十より『西湖主』の完結編をお楽しみください。
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既而斜日西转,眺望tiào wàng方殷fāng yīn,女子坌bèn息急奔而入,曰:“殆dài矣!多言者泄其事于王妃;妃展巾抵地dǐ dì,大骂狂伧kuáng chen,祸不远矣!”生大惊,面如灰土,长跽cháng jì请教。忽闻人语纷挐fēn ná,女摇手避去。数人持索,汹汹xiōng xiōng入户。内一婢bì熟视曰:“将谓何人,陈郎耶?”遂止持索者,曰:“且勿且勿,待白王妃来。”返身急去。少间来,曰:“王妃请陈郎入。”生战惕 zhàn tì从之。经数十门户,至一宫殿,碧箔bì bó银钩yín gōu。即有美姬jī揭帘,唱:“陈郎至。”上一丽者、袍服炫冶xuàn yě。生伏地稽首qǐ shǒu曰:“万里孤臣,幸恕生命。”妃急起自曳yè之,曰:“我非君子,无以有今日。婢辈无如,致迕wǔ佳客,罪何可赎shú!”即设华筵huá yán,酌zhuó以镂lòu杯。生茫然máng rán不解其故。妃曰:“再造之恩,恨无所报。息女xī nǚ蒙题巾之爱,当是天缘,今夕即遣奉侍fèng shì。”生意出非望,神惝恍chǎng huǎng而无着wú zhuó。
既に陽は西に傾き、陳生がちょうど切羽詰まった気持ちで眺めていると、女が息せき切って走って入って来て、言った。「えらいことになったわ!おしゃべりな人がスカーフへの落書きのことを王妃様に漏らしてしまったの。王妃様はスカーフを広げて一目見るや、地面に投げ捨て、大声でわめきちらしておられたから、もうすぐ良くない事が起こるかもしれないわ。」陳生は大いに驚き、顔から血の気が引き、しばらくの間じっと跪いて教えを請うた。突然人がガヤガヤ話をするのが聞こえたので、女が手を振り近くに隠れた。すると何人かが手に縄を持って、すさまじい勢いで家に入って来た。その中のひとりの端女が陳生の方をじっと見て言った。「どなたかと思っていましたわ。陳様ではありませんか?」そう言って、縄を持った人々を押し止めると、言った。「ひとまず手を出さないで。白王妃様が来られるのをお待ちになって。」身を翻して急いで行ってしまった。しばらくしてまた戻って来ると、こう言った。「王妃様が陳様にお入りいただくようにとのことです。」陳生は驚いて胸をどきどきさせながらこれに従った。数十の屋敷の門を通り過ぎると、宮殿に到着し、門にはエメラルド色のカーテンに銀の吊り金具が架かっていた。すぐに美しい女官がカーテンをめくり上げ、声高に呼ばわった。「陳様が到着されました。」陳生が見ると、ひとりの美しい女が、目にも鮮やかな丈の長い上着を着ていた。陳生は跪いて地面に頭をつける礼をすると、言った。「拙者、孤立無援の臣下でございますれば、どうか命だけはお助けを。」王妃は急いで立ち上がり、自ら彼の身体を引き起こすと、言った。「もしあなたがおられなかったら、わたしは今日という日を迎えられなかったでしょう。召使たちは事情をしらないものですから、大事な客人を怒らせてしまいました。この罪をどう贖(あがな)えばよいのでしょう。」そう言うと、豪華な宴席を設けさせ、陳生に透かし彫りの入った豪華な杯で酒を注いだ。陳生はチンプンカンプンで、何のことやら分からなかった。王妃が言った。「命を援けていただいた恩に、報いることができていなかったことをいつも恨んでおりました。わたしの実の娘は、あなたにスカーフに書いた愛の告白をいただきました。正にこれは天の定めたご縁ですから、今宵(こよい)はあの娘をあなたの元に遣ってお世話をさせます。」陳生は予想外の出来事に気持ちが動揺し、地に足が着かなくなった。
日方暮,一婢前白,“公主已严妆yán zhuāng讫qì。”遂引生就帐。忽而笙管shēng guǎn敖曹áo cáo,阶上悉践jiàn花罽huā jì;门堂藩溷fān hùn,处处皆笼烛lóng zhú。数十妖姬yāo jī,扶公主交拜。麝兰shè lán之气,充溢chōng yì殿庭。既而相将入帏,两相倾爱。生曰:“羁旅jī lǚ之臣,生平不省bù shěng拜侍bài shì。点污芳巾,得免斧锧fǔ zhì,幸矣;反赐姻好yīn hǎo,实非所望。”公主曰:“妾qiè母,湖君妃子,乃扬江王女。旧岁归宁,偶游湖上,为流矢所中。蒙君脱免,又赐刀圭dāo guī之药,一门戴佩dài pèi,常不去心。郎勿以非类 fēi lèi见疑。妾从龙君得长生诀,愿与郎共之。”生乃悟为神人,因问:“婢bì子何以相识?”曰:“尔日ěr rì洞庭舟上,曾有小鱼衔xián尾,即此婢也。”又问:“既不见诛zhū,何迟迟不赐纵脱zòng tuō?”笑曰:“实怜lián君才,但不自主。颠倒diān dǎo终夜,他人不及知也。”生叹曰:“卿qīng,我鲍叔bào shū也。馈kuì食者谁?”曰:“阿念,亦妾腹心。”生曰:“何以报德?”笑曰:“侍shì君有日,徐xú图塞责sè zé未晚耳。”问:“大王何在?”曰:“从关圣guān shèng征zhēng蚩尤chī yóu未归。”
日がようやく暮れ、ひとりの召使の女が入って来て言った。「お姫様(公主)はもうお身繕いが終わられました。」そして陳生を引率して帳(とばり)の中に入った。突然管楽器が騒々しく鳴り響き、階(きざはし)の上には色鮮やかな絨毯が敷き詰められ、屋敷の門から堂宇、垣根、トイレに到るまで、それぞれに皆提灯が吊り下げられた。数十人の妖艶な侍女たちが、公主が新郎との対面の挨拶をするお世話をした。麝香や蘭の香りが御殿や庭園に溢れた。陳生と公主は互いに手に手を取ると帳(とばり)の中に入って、ふたりは男女の営みをし、深く愛し合った。陳生が言った。「わたしはこれまで外地を方々漂白しておりましたので、日ごろから礼儀作法には疎いのです。あなたの美しいスカーフを汚してしまったのに、打ち首になるのを免れ、それだけでも幸運なのに、却って婚姻のご縁をいただくとは、実に思いもかけないことでした。」公主が言った。「わたしの母は、洞庭湖君の妃で、揚子江王の娘です。昨年実家に里帰りした際、たまたま湖の上で遊んでいて、流れ矢に当たってしまったのです。あなたがこの災難から援けてくださり、おまけに刀圭(古代、少量の薬を量る器具)の少量の貴重な薬まで賜り、家族の者全員がいたく感激し、ずっと心に留めております。あなたはわたしが人間でないからと不安に思わないでください。わたしは龍君から長生きの秘訣を授かっていますので、あなたと共有したいと願っています。」陳生はそれでようやく彼女が仙女であると悟り、それで尋ねた。「あの召使の女はどうしてわたしのことが分かったんですか?」公主が言った。「あの日、洞庭湖の舟の上で、小魚が鰐の尻尾を銜(くわ)えていましたが、それがあの召使の女です。」陳生がまた尋ねた。「わたしを殺すつもりがなかったのなら、どうして遅々として解放してくれなかったのですか?」公主は笑って言った。「わたしは本当にあなたの才能を愛しておりましたが、わたしが自分で勝手に決めることができなかったのです。どうなることかと一晩中ドキドキしておりましたが、そんなこと、他人はお判りにならないわね。」陳生はため息をついて言った。「あなたは本当にわたしの鮑叔牙(ほうしゅくが。春秋時代、斉の大夫だが、ここでは「知己」(ちき)、自分のことをよく理解してくれている人を指す。鮑叔牙は管仲のことをたいへん理解し、後に彼を斉の桓公の補佐に推薦した。管仲は「わたしを生んだのは父母だが、わたしを知るのは鮑子である」と言った(『史記・管晏列伝』))ですね。わたしに食べ物を持ってきてくれたのは誰ですか?」公主が言った。「阿念と言って、わたしが心から信頼している侍女です。」陳生が言った。「どうやって彼女の恩に報いればいいんだろう?」公主は笑って言った。「今後あの子は長くあなたにお仕えすることになると思います。ゆっくりあの子にどう報いてやるか考えても遅くないと思います。」陳生が尋ねた。「大王はどちらにおられるのですか?」公主が言った。「関聖帝君(関羽のこと)の蚩尤(しゆう)征伐からまだ帰っておりません。」
居数日,生虑lǜ家中无耗wú hào,悬念xuán niàn綦切qí qiè,乃先以平安书遣qiǎn仆pú归。家中闻洞庭舟覆,妻子缞绖cuī dié已年余矣。仆归,始知不死;而音问yīn wèn梗塞gěng sè,终恐kǒng漂泊piāo bó难返。
何日かして、陳生は家の方に何の知らせもしていないのが心配で、その懸念が切羽詰まったので、先に無事の知らせを書いて召使に持って帰らせた。家では洞庭湖で舟が転覆したことを聞いていたので、妻はもう一年余りも喪服を着て喪に服していた。召使が帰って来て、はじめて陳生がまだ死んでいないことを知った。しかし音信が途絶えているので、結局彼が外地を漂白して容易に戻って来れないのではないかと心配した。
又半载,生忽至,裘qiú马甚shèn都dū,囊náng中宝玉充盈chōng yíng。由此富有巨万jù wàn,声色豪奢háo shē,世家所不能及jí。七八年间,生子五人。日日宴集宾客,宫室gōng shì饮馔yǐn zhuàn之奉fèng,穷极丰盛。或问所遇,言之无少讳huì。
また半年経って、陳生が突然帰って来た。高貴な衣装を身に着け、車馬はたいへん立派で、袋の中には珍しい宝石や玉が一杯入っていた。それからというもの、陳生の家は巨万の富を持つ金持ちになり、豪華で贅沢な音楽や歌舞を享受し、その財力は何世代も役人を輩出してきた名望家でも及ばなかった。その後七八年の間に、陳生に五人の子供が生まれた。毎日宴会を開いて賓客を招待し、暮らしている部屋も飲食の供給も、極めて豪華で豊かであった。誰かが陳生にその経歴を尋ねても、彼は少しも隠し立てすることなく、詳しく話して聞かせた。
有童稚tóng zhì之交zhī jiāo梁子俊liáng zǐ jùn者,宦游huàn yóu南服nán fú十余年,归过洞庭,见一画舫huà fǎng,雕槛diāo kǎn朱窗,笙歌shēng gē幽细,缓荡huǎn dàng烟波。时有美人推窗凭眺píng tiào,梁目注舫中,见一少年丈夫,科头kē tóu叠股dié gǔ其上;傍有二八姝丽,挼莎ruó suō(shā)交摩。念必楚襄chǔ xiāng贵官,而驺从zōu cóng殊少shū shǎo。凝眸níng móu审谛shěn dì,则陈明允chén míng yǔn也。不觉bù jué凭栏酣hān叫。生闻呼罢棹bà zhào,出临鹢首yì shǒu,邀梁过舟。见残肴yáo满案,酒雾jiǔ wù犹浓。生立命撤去。顷之qǐng zhī,美婢bì三五,进酒jìn jiǔ烹茗pēng míng,山海珍错shān hǎi zhēn cuò,目所未睹mù suǒ wèi dǔ。梁惊曰:“十年不见,何富贵一至于此!”笑曰:“君小觑xiǎo qù穷措大cuò dà不能发迹fā jì耶yé?”问:“适共饮何人?”曰:“山荆shān jīng耳。”
陳生の幼馴染(おさななじみ)の友達の梁子俊という者が、南方で十数年官吏をしていて、国(故郷の燕)に帰る際に洞庭湖を通ると、一艘の画舫(がぼう。屋形船)が見えた。船は見事な彫刻の施された欄干に朱色の窓で、船の上で奏でられる楽器や歌声は抑揚があって優雅で、画舫はゆったりと霧に包まれた湖面を漂っていた。時折美人が窓を開けて欄干にもたれて遠くを眺めていた。梁子俊が船の中を覗き見ると、ひとりの年若い男が、帽子を被らず、船の上に胡坐を組んで座っていた。その傍らでは十五六歳の美しい女が、ちょうど彼の身体を揉んでやっていた。これはきっと楚の襄陽から来た高官に違いないと思ったが、随員がたいへん少なかった。目を凝らして仔細に見ると、この男は陳明允(明允は陳弼教の字)であった。梁子俊は思わず欄干に寄りかかり大声で陳生を呼んだ。陳生はそれを聞いて船を停めるよう命じた。彼は舳先(へさき。鷁首yì shǒu:古代の船は舳先(船頭)に鷁鳥の絵を描いたことから。鷁は鷺(さぎ)に似た水鳥)に出て来て、梁子俊にこちらの船に渡って来るよう言った。梁子俊が船室を見ると、残った料理がテーブル一杯に置かれ、酒の香りがまだ濃厚に残っていた。陳生は直ちに料理を下げるように命じた。しばらくして綺麗な女の召使が数人で、酒の酌をし茶を淹れ、山海の珍味は、どれも見たことのない珍しいものだった。梁子俊は驚いて言った。「君とは十年会わぬうちに、どうしてここまで金持ちになったんだ!」陳生は笑って言った。「君はまさか僕が貧しい書生に過ぎないと見下し、成功することができないと思っていたのか?」梁子俊が尋ねた。「先ほどは誰と酒を飲んでいたんだい?」陳生が言った。「僕の家内(山荆shān jīng:人に自分の妻のことをへりくだって言う言い方。荆はいばらで、いばらで作った簪(かんざし))だよ。」
梁又异之。问:“携家何往?”答:“将西渡。”梁欲再诘jié,生遽jù命歌以侑yòu酒。一言甫fǔ毕,旱雷hàn léi聒guō耳ěr,肉竹ròu zhú嘈杂cáo zá,不复可闻言笑。梁见佳丽满前,乘醉大言曰:“明允公,能令我真个销魂xiāo hún否?”生笑云:“足下醉矣!然有一美妾之资,可赠故人。”遂命侍儿进明珠一颗,曰:“绿珠不难购,明我非吝惜lìn xī。”乃趣cù别曰:“小事忙迫máng pò,不及与故人久聚jiǔ jù。”送梁归舟,开缆lǎn径jìng去。
梁子俊はそう聞いて不思議に思い、尋ねた。「家族同伴でどこに行くんだい?」陳生が答えた。「西の方に行くんだ。」梁子俊が更に尋ねようとすると、陳生は急いで歌を歌うよう命じ、それで酒興が乗るようにした。そう言うや否や、晴天の雷のように耳をつんざく音が鳴り響き、歌声と管楽の調べが入り混じり、もはや話し声や笑い声も聞こえなくなった。梁子俊は何人もの美女が眼の前に現れたので、酒の酔いに乗じて大声で言った。「明允公(陳明允)、わたしを本当に陶酔させることができるかね?」陳生が笑って言った。「あんたは酔っぱらわれたね!それなら綺麗な女をひとり買えるだけの金を、古くからの友人にお贈りするとしよう。」そう言って侍女に命じて真珠を一粒持って来させ、こう言った。「これで緑珠(晋の石祟(せきすう)の歌妓の名前)だって買えないことはない。これでわたしがけちん坊でないことをはっきりさせたよ。」そして暇乞いを急かして言った。「つまらんことで急かされて、古い友人とゆっくり集まることもできんよ。」梁子俊を彼の船まで送ると、陳生は纜(ともづな)を解くと、そのまま行ってしまった。
梁归,探tàn诸zhū其家,则生方与客饮,益疑。因问:“昨在洞庭,何归之速?”答曰:“无之。”梁乃追述所见。一座尽骇hài 。生笑曰:“君误矣,仆pú岂qǐ有分身术fēn shēn shù耶yé?“众异之,而究莫解其故。
梁子俊は国(故郷の燕)に帰り、陳生の自宅を訪ねた(諸zhūは「之于」のこと)ところ、陳生はちょうど客と酒を飲んでいたので、益々不思議に思った。それで梁子俊は陳生に尋ねた。「昨日は洞庭湖にいたのに、どうしてこんなに早く帰って来たんだ?」陳生が答えて言った。「わたしは洞庭湖になんて行っていないよ。」梁子俊はそれで昨日見てきたことを話した。一同の者は悉く驚いた。陳生は笑って言った。「君は何かと見間違いをしたんだよ。わたしがまさか分身の術を使ったと言うんじゃあるまい?」人々は不思議に思ったが、結局どんな訳でこんなことが起こったのか分からなかった。
后八十一岁而终。迨dài殡bìn,讶yà其棺轻;开之,则空棺耳。
その後、陳生は八十一歳で亡くなった。出棺の時になって、人々は彼の棺桶が軽いので驚いた。棺桶を開いて見ると、中身は空っぽであった。
异史氏曰:“竹簏lù不沉,红巾题句,此其中具有鬼神;而要皆侧隐cè yǐn之一念所通也。迨dài宫室gōng shì妻妾qī qiè,一身yī shēn而两享liǎng xiǎng其奉fèng,即又不可解jiě矣yǐ。昔xī有愿yuàn娇妻jiāo qī美妾měi qiè,贵子guì zǐ贤孙xián sūn,而兼长生不死者,仅得其半耳。岂qǐ仙人中亦有汾阳fén yáng,季伦jì lún耶yé?”
異史氏曰く、「竹籠が沈まなかったり、赤いスカーフに詩句を書き記したのは、これは確かにその中に鬼神が憑いているのであろう。そしてそれらは皆惻隠(側隠は誤り)の一念(惻隠の情。他人の苦しみや不幸を見たときに自然と湧き上がる同情心やあわれみの心)が通じているに違いない。陳弼教が死後豪華な屋敷や綺麗な奥さんを、ひとりが同時にこの世とあの世の二ヶ所で享受したというのは、確かに理解できないことだろう。昔、綺麗な妻や妾、金持ちで才徳兼備の子孫を持ちたいと願い、それと同時に不老不死をも願う者は、そのどれか半分しか得ることができなかった。まさか仙人の中にも、汾陽郡王(唐の郭子儀のこと)や季倫(晋の石祟の号)のように、その何れも得たような人がいたのではあるまいか?」









