前回に引き続き、「INFPの表現活動論」と題して、、「表現活動」の内実をより深く理解するために解説していきます。

 

これまでのの記事

INFPの表現活動論①「活動」とは何か?

 

INFPの表現活動論②「活動」を理解するための3つの概念

 

※「INFPの表現活動論」では、「仕事」という概念を超えて、INFPにとって自己の世界観を表現する「活動」とは、いかなるものなのかについて考えていきます。

 

前回は、
「活動」の視点から、私たちの「生活」(人生)を振り返り、その行動を、①生命維持活動、②作品作り、③活動(コミュニケーション)
に分類しました。

私がよく話している「表現活動」とは、主に「②作品作り、③活動(コミュニケーション)」に当たる部分のことです。

今回は、「作品づくり」と「活動」の関係について、もう少し詳しく考えていきます。

■「表現活動」を「作品作り」と「活動」に分ける理由

なぜ「表現活動」を、「作品作り」と「活動」を二つに分けているのかというと、

それぞれは全く別の行為であり、そして、その二つの側面が必ずなければ「作品」が成り立たないものだからです。

「作品作り」とは、「作品」を作ることを意味しますが、

これは完全に孤独な作業です。
 

共同製作などで、グループで作品を作ることもあるかもしれませんが、
基本的には、制作は個人の作業です。
自分自身の持っている技術と、頭の中で考えていることや感じていることを組み合わせて、

現実的に形にしていく作業です。

そして、この「作品作り」によってつくられた「作品」は、

ただ出来上がった時点ではまだ「作品」と呼べません。

「作品」は、人に見られたときに「作品」になるのです
 

■「活動」とは、「作品」を見せること

自分の「作品」を人に見せていくこと、人に見られる場所に置いておくことが「活動」の一部です。
 

それを通して他者と対話したりコミュニケーションすることも含みますが、
とりあえずは、「作品」を「見せる」ということが「活動」と捉えてよいと思います。

この
「作品作り」 ― 一人でやる孤独な作業・・・静
「活動」   ― 他者とのコミュニケーション…動


という、静と動の部分を把握しておくことで、

「表現活動」の内実が少し見えやすくなってくるのではないでしょうか。

■表現者にとって、「作品」が自分そのもの

アーティストと聞けば、「活動」の部分が人の目に触れているので、すごく華やかなイメージがありますが、
実はこの「作品作り」の部分が大半なんですね。


地味で、細かくて、長くて、辛くて、苦しい部分でもあります。
まだ作品が世に出ておらず人にも認められていないので、「これでいいのか?」という迷いが生じることもあります。

世に出ている「アーティスト」などの表現者は、全員この「作品作り」を重視しています。

なぜなら、「作品」こそが、その人そのものだからです。
人びとは、「作品」を通してそのアーティストの姿を見ます。


例えば、庵野秀明監督は、『エヴァ』を撮った監督ですが、
人びとは庵野監督の作品を通して、「映画監督の庵野秀明」を見ます。
映画を撮っていなかったら、ただの変なおっさんです。
もちろん、庵野監督が、彼が誰なのかがわからない場所に置かれれば、ただのオッサンとして扱われてしまいます。

表現者にとって「作品」は自分そのものなのです。

逆に言えば、「作品」そのものに重きを置かず、それを売ってお金を得ることだけを考える人は表現者ではなくビジネスマンです。
そういう人も、世の中にはいるでしょう。

■「作品」は、人に見られることによってはじめて「作品」となる

そうして、長い時間をかけて作った「作品」は、人に見られることによってはじめて「作品」として成立します

先日見ていた動画で、Amazon prime videoで独占配信している「庵野秀明+松本人志 対談」というのがあるのですが、その中で庵野秀明監督がかなりこのあたりのことを自覚している発言をしていました。
確か前編のところで、「作品は、人に見られたときに作品になる」ということを話されています。

 

 

(この対談は、エンターテインメント要素は薄いのですが、作品を作りたい人(作品を作って仕事をしていきたい人)にとってはすごく参考になる動画なので、Amazonプライムに入ってる人はぜひ見てくださいね!!)

もちろん、私は、人に見せない表現活動や、自分のために何かを書いたり描いたり作ったりすること、創作のプロセスそのものに価値を置いています
なので、すべての人が「作品」を広い世に見せなくてもいいと思います

ただ、「作品」を作ることを仕事にしていく、表現活動をもって社会と関わっていくなら、その過程で何らかの形で他者に見せていくことが必須です。

 

見せないで、自分だけの表現として完結されたものは、アウトサイダーアートとして、死後人々を驚かせることもあります。
例えば、作家ヘンリー・ダーガーの作品は、生前誰にも見せずに、死後に発見され、公開されました。

 



なので、ダーガーのように「作品作り」だけを永遠にしている事例もあるんですが、

そうなると、「活動」が死後になっちゃう可能性があります。
(「作品」が勝手に「活動」してしまっている例)

なので、SNSなどで気軽に全世界へ発信ができる現在、
ある程度「作品作り」と「活動」が個人の力で出来る時代でもあるのです。

そこが、これまでの時代の表現者と異なる点であり、これからの可能性とも言えます。

続きます。
(ついてこれてる人何人いますか~?笑)

 

 

 

 

 

 

 

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