Dr.誠です。
2024年もあっという間に暮れようとしています。
その振り返りの記事を。
1月の能登の震災。今年は元日のこの事件で始まりました。自民党および石川県の無能さ、無為無策さ、そして冷酷さを、まざまざと見せつけられた震災でした。遅々として進まない復興、本当に居たたまれなくなる思いでした。3月には観光目的で避難所を追い出す石川県。発生時の惨状はいつになってもそのまま残り続け、9月の豪雨はそこに追い打ちをかけました。12月になってようやく通水した地域があるほどです。原発が作られるはずだった珠洲には震度7という強さが襲い掛かり、住民の抵抗があり建設されなかったからこそ被害が出なかったものの、自民党も、そして今回の衆院選で躍進した国民民主党も、いまだこうした原発を「再稼働」させようという勢力です。どれだけ現実を見ていないのか。「福島」を忘れたのか。本当に怒りでいっぱいになります。
世界を見渡せば、パレスチナではイスラエルの一方的な虐殺で人々の命が失われ続け、それをアメリカが支え続けるという構図。暴走するイスラエルは中東各地の国々を巻き込み続け、まるで独善と際限なき欲望によって戦争を際限なく生み続ける「大日本帝国」の有様そのものでした。ウクライナではロシア側に北朝鮮軍までが投入され、戦争の惨禍は収まる気配を見せません。そして「世界の警察」たりえないトランプ氏の再選。本当に暗い情勢の1年でだったと思います。
さて、我々の業界を振り返ってみますと、6月の報酬改定を皮切りに、本当に「苦難の年」となりました。我々医療福祉の業界は、国が「価格設定」をしそれに従って仕事をする「公定価格」の業界です。2年に1度行われる改定として今回、名目上はわずかな「プラス」改定とされたものの、ここ数年で5%以上になる物価高には到底追いつくような水準ではありませんでした。これで実質的には連続6期の「マイナス」改定、要は無理やりに「低価格で診療し続けろ」と押し付けられているのが我々の業界です。人手不足やいまだ続くコロナ禍での離職もそのままに。そして昨年2023年に成立した「軍拡財源法案」では、国立病院機構やJCHO(旧社会保険病院)などの積立金数百億円を国庫に無理やり返納させるなど、明らかに狂った制度設計が医療界に押し付けられ続けています。
診療報酬改定で「プラス」とされた分としても、ろくなものではなく、「医療DX関連(マイナ保険証の現場への無理やりな押し付け)」や、非常に煩雑な申請書類を求められる「ベースアップ評価料」など、現場の利便性効率性を全く無視した「本質的ではない領域」にばかり診療報酬資源が投入されました。また、内科開業医にとって一番患者さんの多い高血圧・糖尿病・脂質異常症の患者さんに対する算定である「生活習慣病管理料2」での診療報酬の切り下げや書類取り扱いの強制も、本当に現場にとっては迷惑以外の何物でもありません。10月から始まった先発医薬品に対する「選定療養費(ぜいたく品としての差額)」導入。これは実は保険診療の破壊そのものです。医療の給付は3割負担を超えてはならないとした医療法の規定そのものに反する大きな瑕疵のある制度導入です。絶対にやめさせないといけません。
そしてなによりも12月2日の健康保険証「新規発行」停止。今発熱外来で患者さんの安全のために隔離環境を保つべく必死で動いている現場からすれば、マイナ保険証などゴミ以外の何物でもありません。即刻滅ぶべきです。また医療分野だけでなく介護分野でも「介護報酬削減」で廃業が相次いでおり、財界と一体となって社会保障を破壊する今の自民党政権、およびそれをアシストする公明党、日本維新の会、国民民主党を権力の座から追い出すためには、今こそ国民の広い政治への理解、そしてその上での大同団結が必要だと思います。知的水準を高めること、「学んで」「明日を変えようとすること」が。
しかし国内情勢は10月の総選挙を経て一変しました。自民党の裏金問題により岸田総理は退陣、強行採決を繰り返してきた自公両党は衆議院で過半数を割り、12年ぶりに熟議を要する国会が返ってきました。私が力を入れている保険医協会/保団連の社会運動の成果もあり、保険証廃止を強行した河野デジタル大臣は自民党総裁選で精彩を欠き、権力の中枢からは零れ落ちることになり、マイナ保険証は12月2日まで非常に低い利用率で低迷することになりました。当然のことです。現場のニーズには全く基づかず、むしろ「そんな声を聴く必要などない」と政府は居直り、その実は単に献金をくれる財界に媚びて税金をばらまくためのものであり、そしてこうしてデータ収集をしてさらに国民への社会保障給付を削減するための政策でしかないのですから。
「良いニュース」もありました。長年の闘いに決着がついたものもありました。7月には旧優生保護法による「強制不妊」の問題で国に賠償責任を認める判決が出ましたし、9月には冤罪被害者である元死刑囚の袴田さんに対し58年ぶりに「再審無罪判決」が確定しました。生活保護基準引き下げ違憲訴訟(いのちのとりで訴訟)においては、各地で勝訴が相次いでいます。そして10月には、日本被団協に対しノーベル平和賞が授与されました。日本全国の小さな闘いは、こうして確実に実を結びつつあります。さらに12月には、韓国での戒厳令騒動からの大統領弾劾の動き、そしてシリアの残虐なアサド政権の崩壊。希望を求める人民は「自らの手」で、明日を切り開いている姿を垣間見ることができます。
未来は選ぶことができます。そして「その手」はあなたの物です。何を考え、どう動き、その結果をどう振り返るか。人間には長い時間があるようでいて、そうではないと思います。己を苦しめているものの正体に「気がつく」ことができるか、気がついてさらに「動く」気になれるか、動いてみて何かが「変わる」のか、何かが変わって本当に「報われる」のか、本当にその努力が実る日に「間に合う」のかどうか、わかりません。それでも、人間は「動く」しかないのです。そして「動く」ために長い時間が与えられているのです。何のために学んできたのか。何のために生きるのか。誰かを踏むためではなく、「なにと」闘うべきなのか。
2025年。私は変わらず戦い続けます。それは「自分のため」です。自分が「納得できる」ためです。たとえこの国が滅び行くとしても。(早晩、アメリカの仕掛けた戦争に巻き込まれて滅ぶことはほぼ確定でしょう、それは10年以内かもしれませんが)「やれるだけやった」と諦めがつくように。狂ったこの国の現状と、それを作り出している「通俗道徳」と、ちゃんと戦っておく。皆さんも力を貸してください。というより、一緒に戦ってください。
それは「あなた自身」のためなのですから。









