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駐在生活をしていると、どの家庭にも一度は訪れる「帰任時期」と「子どもの学校問題」。
日本では幼稚園の年長にあたる次男。
シンガポールでは9月から小学一年生になる。
これまではシンガポール現地のインター幼稚園に通っていたけれど、来春には本帰国し、日本で小学一年生になる予定。
単に「シンガポールでは9月から小学生になるけれど、半年ほどで日本に帰国して日本の小学校に入学することになるので、夏休み明けからはインターではなく日本人幼稚園に通わせることにしました!」
という話。
環境は少し変わるけれど、来春の日本での小学校生活を見据えれば、まあ、それなりに自然な選択でもある。
それが、わたくしこと駐妻詩人の手にかかると――
主語と目的語をそっと霧の中に隠し、情報量を極限まで削ぎ落とし、母の葛藤ポエムブログ風に書く。
<ポエム>
ひとつの季節が終わろうとしている。
それはきっと、本人にとってはまだ、
それほど大きな意味を持たないことなのかもしれない。
けれど母にとっては、
この夏、何度も何度も考えたことだった。
このままでいいのか。
今、動くべきなのか。
それとも、もう少しこの場所にいさせてあげるべきなのか。
子どもは思っている以上に順応する。
そんな言葉を何度も聞いてきた。
きっと、そうなのだと思う。
新しい場所に行けば、新しいお友達ができて、新しい先生がいて、いつの間にかそこが日常になっていく。
わかっている。
わかっているのに、母のほうが立ち止まってしまう。
これまで過ごしてきた環境。慣れ親しんだ言葉。そこから離れることを、本人よりも私のほうが大げさに受け止めているのかもしれない。
子どもの人生には、
これから何度も「初めて」がやってくる。
初めての学校。初めての教室。初めてのお友達。初めての別れ。
そのたびに親が先回りして、
全部きれいに道を整えてあげることなんて、たぶんできない。
だからこそ、今できることを考える。
少し先の未来を想像して、今いる場所から、ほんの少しだけ方向を変えてみる。
これが正解なのかは、まだわからない。
正解なんて、そもそもないのかもしれない。
「子どものため」と言いながら、実は母である自分が安心したいだけなのではないか。
そんなことを考えてしまう日もある。
環境を変えること。環境を変えないこと。
どちらを選んでも、きっと何かを得て、
何かを手放す。
海外で子育てをしていると、日本にいれば考えなくてもよかったかもしれないことを、何度も考えることになる。
学年。言葉。カリキュラム。帰国のタイミング。
ひとつひとつは小さなことなのに、
並べてみると、急に人生の分岐点のように見えてくるから不思議だ。
でも、
まだ幼い彼にとっては、
そんなことよりも、
明日誰と遊ぶかとか、
お弁当に何が入っているかとか、
きっとそちらのほうがずっと大切なのだろう。
それでいい。むしろ、それがいい。
親だけが勝手に未来を覗き込んで、
勝手に心配して、
勝手に答えを探している。
そして結局、
私たちにできることは、
その時その時で、
家族にとって一番良いと思える道を選ぶことだけ。
少し早めに、
次の場所へ。
今までの時間を否定するのではなく、
これから始まる時間のために。
この選択が、
いつか振り返ったとき、
「あのとき、あれでよかったね」
と笑えるものになりますように。
そんなことを思いながら、
またひとつ、
小さな節目を迎える。
子どもは前を向いている。
たぶん、
いつだって立ち止まっているのは母のほうだ。
だから私も、
そろそろ前を向こう。
新しい場所で始まる毎日が、
彼にとって楽しいものでありますように。
ただ、それだけを願っている。
