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駐在生活が長くなってくると、どの家庭にも一度は訪れる「帰任時期」と「子どもの学校問題」。


子どもの学校の区切り目と、夫の帰任時期のギャップ。


「夫の駐在期間が残り短いので、高校受験を控える長女と、来年小学一年生になる次男と一緒に、夫と長男をシンガポールに残して先行帰国することを家族で検討中。二拠点生活でやっていけるのか、長女の高校がどこになるかわからない中で日本の住まいはどこにすべきか、次男は小学校に馴染めるだろうか等、いろいろ考え中です」

という話。


節目ではあるけれど、駐在家族なら多かれ少なかれ直面し、皆それぞれに乗り越えていく、よくある話でもある。

駐在期間と子どもの教育・進学のずれ。多くの家庭が悩み、調べ、話し合い、なんとか折り合いをつけてきたテーマ、とも言える。


それが、わたくしこと駐妻詩人の手にかかると――

主語と目的語をそっと霧の中に隠し、情報量を極限まで削ぎ落とし、母の葛藤ポエムブログ風に書く。

<ポエム>

このところずっと、決めなければならないことがいくつか頭の片隅にあって、日常の隙間にふっと顔を出してくる。


考えたところで、すぐに答えが出るものではない。

答えを出したとて、その選択が本当に良かったのかは、きっとその時点では誰にもわからない。


私は、答えのない問いがとても苦手だ。


そう思うと、調べなきゃ、聞かなきゃ、動かなきゃ、と思いながらも、なかなか一歩が踏み出せない。

カメの歩みで一歩ずつ。アラフィフ年の差育児母の重い腰は、そう簡単には上がらない。

気づけば同じことを何度も検索して、同じ画面を開いて、同じところでため息をついている。

で、結局なにをそんなに悩んでいるんだっけ、私。

と、自分で自分にツッコミを入れたくなる日もある😇


でも、そんなに早く決断しなくてもいい。


家族ごとに、決めるスピードも決断の中身も違っていい。

我が家はいつも、カメの歩みでひとつひとつ。

周りの話は、本当に本当にありがたい。

経験した人の言葉には、やっぱり重みがある。

何気なく聞いた一言に、背中を押されることもある。

でも、どれだけ似ているように見えても、それはその人の家族の話。

タイミングも違う。

子どもの性格も違う。

家族の形も違う。

大事にしたいものの順番も、きっと少しずつ違う。

参考にはなる。

でも、そのまま自分たちの答えにはならない。


結局は、自分たちで見て、自分たちで聞いて、自分たちで決めるしかないのだと思う。

わかっている。

わかっているのに、揺れる。

今動くのがいいのか。

もう少し待つのがいいのか。


何を選んでも、何かを置いていくような気がしてしまう。

選択肢があるだけ幸せなのかもしれない。でも、選択肢があるからこそ迷うこともある。

家族の数だけ事情があって、

子どもの数だけ心配があって、

母の数だけ夜中の検索履歴がある。


きっと今の私は、前に進もうとしているようで、実は同じ場所をぐるぐるぐるぐる歩いているだけなのかもしれない。


「どの道を選んでも、そこから家族にとっての最善をつくっていくしかない」


そう思える日もある。


でも、そんなに強くいられない日もある。現実は、きれいな言葉だけでは片づかない。

とはいえ、きれいな言葉にしないと、自分の中で整理できないこともある。

だから今日もまた、調べて、聞いて、迷って、閉じて、また開く。

ブログに綴ることで、少しだけ頭の整理になった気もする。


頑張らなくていい。

自分たちのペースでいい。

人と比べなくていい。

自分たちは、自分たち。