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<ポエム>
最近、わが家の中で、ひとつ大きな流れが動き始めている。
誰かに話せば、きっと
「そういう時期だよね」
と言われるようなことなのかもしれない。
でも、当事者である私や主人、子供たちにとっては、そんなひと言では片づけられないくらい、重たくて、重たくて、大きくて、大きくて、胸の奥がざわざわする出来事。
長く続いた海外での暮らし。
最初は、ほんの数年のつもりだった時間が、気づけば子どもたちの記憶の大きな部分を占めるものになっている。
いつの間にか、ソウルやシンガポールでの毎日は「特別な海外生活」ではなく、わが家にとっての普通の日常になった。
今になってそう思う。心からそう思う。
家族5人で、毎日同じ家に帰ってこられること。
兄弟3人が、当たり前のように同じ空間で過ごせていること。
当たり前にみえて、当たり前なじゃい。
朝は誰かが急いでいて、誰かが眠そうで、誰かが機嫌を損ねて。
夕方にはそれぞれの荷物が床に散らばっていて。
ご飯の時間には、どうでもいい話で笑ったり、きょうだいげんかが始まったりして![]()
そんな日々は、決して普通ではない。
後で考えれば、きっときっととても特別なことだったということに気付くだろう。
そのことに気づいた瞬間から、何でもないはずの時間が、急にまぶしく見えるように。。そんな中で今、家族のこれからについて、避けて通れない選択が目の前に置かれている。
その選択は、誰かひとりのためだけのものではなくて。
主人のこと。
長男のこと。
長女のこと。
次男のこと。
そして、高齢年の差子育て母である私自身の覚悟のこと。
ひとつひとつを考えるたびに、胸の中に小さな波が立つ。何とも言えない気持ちになる。
特に、長男のことを思うと、言葉にならない。
もう大きい。
もう自分の世界がある。
頭では、そうわかってる。
でも、母親というものは不思議で、何歳になっても、子どもの背中に小さかった頃の面影を探してしまう。
ひとりで大丈夫だろうか。
ちゃんと笑えているだろうか。
疲れた時、無理をしていないだろうか。
そんなことを考え始めると、いつもの夕食の時間でさえ、少しだけ特別なものに見えてくる。
長女についても、今までとは違う大きな扉の前に立っている。
彼女にとって、この先の道は、決して平坦ではないかもしれない。
慣れ親しんだ場所を離れること。
新しい環境に飛び込むこと。
そして、自分の力で次の居場所をつかみにいくこと。
まだ幼いと思っていた娘が、いつの間にか、そんな人生の節目に立つ年齢になっていたことに、母のほうが追いつけていない。
応援したい。
でも、心配でたまらないのも本音。
背中を押したい。
でも、できることなら抱きしめて、そのまま少しだけ時間を止めてしまいたい。
そんな矛盾した気持ちの間を、毎日行ったり来たり。
次男のことを考えると、また別の種類の不安がこみ上げてくる。
彼にとっての「ふつう」は、私が子どもの頃に知っていた「ふつう」とは少し違う。
生まれてから当たり前のように見てきた景色。
聞いてきた言葉。
暮らしてきた空気。
そのすべてが、これから大きく変わる。彼にとっては物心ついて初めての日本での生活。
小さな背中に、新しい世界を背負わせることになるのかもしれないと思うと、母として胸がぎゅっとなる。
大丈夫。
きっと大丈夫。
そう何度も自分に言い聞かせながら、それでも夜になると、ふと考えてしまい、何とも言えない気持ちになる。
私たちは今、本当に家族にとって一番いい選択をしようとしているのかな、と。
家族は、いつも一緒にいるものだと思っていた。
兄弟は、いつも同じ家で一緒に育っていくものだと思っていた。
でも、それは当たり前ではなかった。
家族5人で過ごした時間も。
兄弟3人が毎日顔を合わせていた時間も。
きっと後から振り返ったら、泣きたくなるくらい貴重な時間だったと思うのだろうな。
今はまだ、その中にいるから、全部をありがたがることはできないけれど。
怒る日もあるし、疲れる日もあるし、早く寝てほしいと思う夜もあるけれど。
それでも、今この時間は、間違いなく宝物。
だからこそ、今をちゃんと楽しみたい。
まだ家族5人が同じ場所にいられる時間を。
兄弟3人が、当たり前みたいに並んで笑っている時間を。
うるさくて、散らかっていて、思い通りにならないこの毎日を。
