そこは大阪港で最も夕陽が美しい場所といわれる名所、ダイヤモンドポイント。
つい先ほど、複数のテレビ局あてに、キッドから予告状と思われるメールが届いていたのだ。

その内容は非常にシンプル。
メールのタイトルが『Letter of invitation of the show by KID』
つまり、キッドからの招待状。
そして、『大阪ダイヤモンドポイントに参上 怪盗キッド』

いつもの様に、どこに何時頃、何を狙いに現れるのか?
まったく記載されておらず、ともすれば迷惑メールに振り分けられてしまうようなそんな内容だった。

だが、テレビ局側としては、もしこれが本物だとしたら。
数カ月ぶりにあの、死んだかもしれないとまで噂されていた怪盗キッドが現れる。

この機を逃せば、視聴率にどれだけ他局から差をつけられるかわからない。
そのダメージはおそらく、担当局長など上層部を含めて罰則が与えられるような、相当なものになるだろう。
それを思えば、どんなに多忙な中でも局としては人員を割かないわけにいかない。

そうして集まったテレビ局のスタッフ。
テレビ局から連絡を受けた警察所職員。
それにSNSなどから情報を得た観衆が、時間の予告も何もない、その予告状だけを頼りに。
その時を今か今かと待ち構えていた。

だが、意外にもキッドは、メールの到着から数10分も経たずに現れた。

月の光を受けた白い影がコナンのスマートフォンのディスプレイの中で、音もなく静かに降り立つ。

「あいつ・・・。」
それを見つめるコナンが唇を噛み締める。

その姿に黒羽快斗の面影はない。

正真正銘、神出鬼没。
月下の奇術師の名を背負う、怪盗キッドだった。

キッドは、そこで背中に広げていた翼をパサリと下ろすと、海を背に細い柵の上に立ちわずかに口許を引き上げる。
怪盗キッドのひさびさの登場に沸き立つ群衆は、キッドの登場に気づくと、フラッシュをたいて写真撮影をしたり、動画を取り始めたりと歓声を上げながら現れたキッドを見つめていた。

「Ladies and Gentleman!!」
キッドが両手を空に向けて広げながら叫んだ。

キャーーーーッ!!と興奮して叫ぶ女性の高い声に「キッド!!キッド!!」とキッドコールが混じる。

その声に白い影。
もちろん怪盗キッドがフフフッと笑みを浮かべると、胸に掌をあてて恭しく礼をした。

「ご無沙汰しておりました。みなさん、お元気でしたか?」
そう微笑して顔を上げたキッドにやはり黄色い声援が次々と飛び交う。
その様子をしばらく眺めてから「シーッ。」と、口許に人差し指をあてると、キッドは微笑んで言った。

「今日皆さんにここに集まってもらったのは他でもありません。」
そう言ってから数瞬の間をおいてキッドは再び視線を前に向ける。

「今日は私とゲームをしましょう。」
楽し気に語尾を弾ませたその言葉に、人々は怪訝な顔で首を傾げる。
「ゲーム?」
「宝石盗むんじゃないんか?」
その声にキッドが「ええ。」と頷き微笑を浮かべる。

「ただし、お相手いただくのは皆さんではありません。」
キッドはそう言うとわずかに目許を細め、後方に並ぶ警官隊へと視線を向けた。
「お相手いただくのは、この大阪の地を守る警察の方々。」

その呼びかけに、その場にいた警察官達がいっせいに顔を上げ視線を鋭くする。
それを眺めながら口許を軽く引き上げるとキッドが怪しげな笑みを浮かべた。
「大阪府警の皆さん、私におつき合いいただきますよ。」
そう告げてからキッドはもう一度フフフッ・・・っと微笑を浮かべると、軽く息を吐いてポケットに両手の指先を入れた。
そして、リラックスした様子で話し始める。

「この大阪港に停泊している100隻を超える船のどこかに、私が今まで集めた宝石の中で最も価値のあるお宝を隠しました。府警の皆さんには全力でそのお宝を探し出していただきたい。」
その言葉に群衆の中の1人が手を上げた。
「そのお宝ってそんなに凄いものなん?」
その問いにキッドはポーカーフェイスの笑みを浮かべたまま頷く。
「ええ。とっても。」
「どんくらいの価値があるんや?数億?数十億?」
更にたずねる声にキッドは微かに目を細める。
「この世界に数多ある財宝をすべて集めても代えられない。私にとっては何よりも大切な宝物です。」
キッドはそう言うとフッと息を吐いて再び前を見据える。

「もちろんタダでとは言いません。動いていただくからには、府警の方々にはそれなりの見返りが必要でしょう。なので・・・。」
そう言うとキッドは微笑してシルクハットの鍔を手前に引き寄せる。
「その場所には私個人に繋がる手がかりも残しておきます。」
キッドが口にしたその言葉に、その場にいた全員が目を見開いた。

「つまり、そのお宝を見つければ、キッドの正体がわかるっちゅう事か?」
問い掛けるその声にキッドが頷く。
「まあ、そういう事ですね。」
そう言うと、目の前にいた警官に笑い掛けて言った。
「どうですか?俄然やる気が出てきたでしょう?」
不敵な笑みを浮かべたまま問い掛ける声にその警官が大きく目を開いてキッドを睨んだ。
キッドはそれを見て無言で笑みを返してから再び口を開いた。

「ただし、一般の方々は、絶対に港に近寄らないでくださいね。出来得る限りこの港・・・大阪港から離れてください。」
そう告げたキッドに、群衆が揃って首を傾げる。
「なしてや?」
「ええやん、俺らが参加しても。お宝見つければキッドの正体わかるんやろ?」
その声に首を横に振ると、キッドがふいに表情を険しくして群衆を見渡す。

「ダメですよ。絶対に認めません。」
「ええ~、なんでぇ?」
「ずっこいわぁ。」
口々に聞こえてきた声にキッドが更に視線を鋭くしてもう一度強く頭を振る。
「絶対にダメです。なんせ・・・その場所には爆弾が仕掛けてありますから。」
真顔でそう口にしたキッドにその場が凍りついた。

「爆弾・・・?」
信じられない・・・という表情でたずねたその中の一人にキッドは顔を上げると、再びいつも通りの微笑を浮かべ笑い掛けた。
「ええ、本物です。爆発すれば間違いなく命を落とします。」
「なんでや?なしてそないな。テロリストみたいな事をするんや?」
その問いにキッドが口許を上げて微笑む。

「皆さん何か勘違いしておられるようですね。」
そう言うと息を吐いて言った。
「私は泥棒。この世界で最も深い罪を背負う大悪党ですよ。」
再びシルクハットの鍔を引いて微笑むキッドに、警察官達は射貫くような、眼力だけで人を殺められるくらい鋭い視線を向けて、また一般の観衆は凍り付いた様に一様に黙り込んだ。

それを見渡すとキッドはもう一度微笑を浮かべ再び顔を上げる。

「タイムリミットは午後10時ジャスト。その時刻に爆弾が爆発する様にセットされています。リモートでの解除は出来ません。だから・・・。」
キッドはそう言って微笑むとその場で頭を下げる。
「どうか、必ず見つけ出してください。よろしくお願いします。」
そう告げたキッドが深々と礼をする。
その一瞬の表情の変化に気づける者はやはり誰もいなかった。

小さな10センチ程度の画面を通し、その光景を見つめているコナン以外は誰も。

そして次の瞬間には、その場にいただ誰もが目も開けていられないほどの眩い光が弾ける。
その光に人々はきつく瞼を閉じると掌で顔を覆う。

そして数瞬の後、当然の如くその場にいたはずの怪盗キッドは忽然と姿を消して、その場に取り残された人々は幽霊でも見たような顔で何もいえないまま、呆然と立ち尽くしていたのだった。