「何が大悪党だ、あのバカ。」
つけていたワイヤレスのイヤホンを取り外すと、コナンは言った。
「殺人犯にまで情を掛ける様な超お人好しのくせに。」
コナンはそう言いながら、先日の伊丹達との事件を思い出していた。
昔の恋人を結果的に自殺に追い込んだ婚約者。
その婚約者を殺す為、キッドの名を騙り犯人は殺人を行った。
結果的に、犯人を見つけ出し、その場にいた快斗も、どうしてキッドの名を騙ったのかと犯人に問いただした。
快斗が見せた数瞬で宝石の高度な鑑定を行う能力。
それに、ほんの一瞬だけ見せたあの気配。
きっとその犯人にはわかったのだろう。
快斗自身が、その本物の怪盗キッドであるという事が。
そんな犯人の女性である彼女に快斗は言った。
『どんなに大切なモノでも、無理やり奪ったりしたら、それはその瞬間から自分を縛る見えない楔(くさび)になるんだ。そしてそれはどこまでも自分を追いかけて追い詰めて最後は自分を不幸にする。だから絶対にダメだよ。ましてや人の命なんて奪ったりしたら。自分が後に戻れない。苦しくて眠れない日々が続くだけだ。だから・・・。ちゃんと償って、またやり直そう。』
そう、優しく微笑んで伝えた快斗に、殺人を犯した彼女は嗚咽の声を上げて泣き崩れた。
そんな快斗を見て、絶対に快斗に探偵仕事はさせられないと、コナンは思った。
自分の立場とか、隠さなきゃいけない自分の正体とか。
そんなもの全部投げ打ってでも、目の前で泣いている人を絶対に見過ごせない。
優しすぎる。
そんな事を毎回続けていたら、いつかは快斗の正体に気づく者も現れるだろうし、向けられた情に対して裏切る人間だっていないとは限らない。
それでもきっと快斗は、仕方ない事だ・・・と笑って受け流すのだろうと。
そうコナンは思いながら溜息を吐いた。
「工藤。」
その時、目の前でバイクを停止させたまま座っていた平次が、少し離れた場所で止まっているミニバンタイプの車を指差した。
後部座席側の扉が開いて、一人の背の高い男が降りてきた。
「出てきたで。」
「ああ、あの人だ。警視庁特命係、冠城さん。」
「ほぉぉ。ダンディなイケメンちゅうやつやな。」
平次はそう言って笑った。
快斗には、快斗のGPSをチェックしている様指示を受けていたが、黒羽快斗本人の身近な人間があの場にいれば、それはキッドの正体に繋がる手掛かりになりかねない。
そう考えたコナンは、先に寺井に連絡を取った。
寺井からは、冠城が車を出るまで直接顔を合わせるのは控えた方がいいという返信があった為、コナンと平次は冠城が車の外に出るまで待っていたのだ。
冠城が車を出てその場から走り出し、姿が見えなくなったのを見計らって、コナンと平次はバイクを降りて、寺井の車に向かった。
「寺井さん。」
「江戸川様、服部様。」
様づけで呼ばれるのはちょっと・・・と思ったが。
コナンは口には出さずに苦笑して返すと、すぐに入ってきた後部座席の扉を閉めて、真剣な顔で寺井の顔を覗き込んだ。
「あいつはどう?」
「ぼっちゃまは、今もあの場におられます。ありのままのお姿で。」
その言葉にコナンは「やっぱり・・・。」と声を漏らす。
「どうせ、閃光弾に紛れて、群衆に混じってるんでしょ?」
「仰る通りです。」
頷いた寺井にコナンは溜息を吐く。
どうせ閃光弾で身を隠したんだから、その場を離れればいい。
なのに快斗はそれをしない。
それはきっと、爆弾の捜索をさせる。
そんな警察の人間をおいて、自分だけ安全なところに隠れる事は出来ない・・・とか。
そんな想いがあるのだろう。
まったくもってあいつらしい・・・と。
コナンは思った。
「それで、寺井さんは今、何を聞いてるの?」
イヤホンをつけながら会話している寺井に対してコナンは問いかける。
寺井は一瞬だけ目を大きく開くと、イヤホンの設定を解除して、音声がコナン達にも聞こえる様にした。
そして聞こえてきたのは・・・。
「警察無線?」
「はい。ここで警察側のすべての無線を盗聴しています。そこで、遠山様が見つかったら、すぐにぼっちゃまにお知らせする手はずを整えております。」
「そうなんだ。」
「さすが、キッドの懐刀やな。」
そう言って笑う平次に、寺井は薄い白髪だらけの頭を掻いた。
「面目ない。大阪府警本部長にはどうかご内密に。」
「当然。わかっとるで。」
頷くと平次は微笑して窓の外に視線を向けた。
「法や常識はもちろん大切や。だが、今の俺にとってもっと大事なんは、和葉であり、その為に必死に動いてくれとる黒羽や。」
「ありがとうございます。」
寺井が頭を下げた。
その時だった。
「ねえ、この無線の音声、もっと大きく出来る?」
コナンはラップトップのパソコンのディスプレイの一角を指差して言った。
「ええ、もちろん。」
応えるとすぐに寺井が音声のボリュームを上げた。
そこで慌ただしく聞こえてきた喧騒の声に、コナンは大きく目を開いた。
そして視線を平次へと向ける。
「高校生くらいの少女が椅子に爆弾と共に巻きつけられて拘束されてるって、刑事さん達が大騒ぎしてる。」
「なんやて!?」
そう言って平次もその声に耳を傾ける。
徐々に慌ただしくなっていく船内の声に、声は非常に聞き取りづらかったが、確かに爆弾と少女が見つかったと言っているのが平次にも聞こえた。
やがて、その無線から、全体に向けて音声が発信される。
『天保山公園付近に停泊中の個人所有の小型船船底より、高校生くらいの少女発見。体に爆弾を巻きつけられている為、非常に危険な状態。繰り返す。』
そう繰り返し読み上げられる電文にコナンと平次が顔を見合わせた。
「和葉ちゃんが見つかったんだよ。」
「せやな。ほな、早く行かな。」
平次はそう言うと、即座に後部座席の扉を開いた。
「ジイさんは黒羽への連絡をよろしく頼むで。」
「わかりました。服部様も江戸川様もお気をつけて。」
その声に頷くとコナンは寺井に言った。
「寺井さんもあいつへの連絡を終えたら港の近くまで来てくれる?」
「承知いたしました。」
「ありがとう。それじゃ、また後で。」
そう言って扉を閉めると、コナンは平次からヘルメットを受け取りバイクに飛び乗った。
「行こう、服部。あいつが待ってる。」
「ああ、和葉もな。二人とも、絶対に無事助けなあかん。絶対や。」
「ああ。」
頷いたコナンは、GPSで快斗の居場所を確認しつつ、唇を強く引いた。
(きっと、こっちが本命。ていう事は絶対高遠は、簡単には爆弾を解除できないようトラップを仕掛けてるはず。)
心の中で呟くと、前を見据えコナンは掌を握り締める。
ぜってぇ高遠の思い通りにはさせねぇからな。
強くそう思った。
先ほど金田一が高遠を捕まえたと連絡は受けていた。
だが、あまりにあっさり捕まった高遠に、金田一はやはり何か裏があるのでは・・・と話していた。
その答えがきっと、和葉が拘束され、今から快斗が向かうはずの、あの場所にあるはず。
コナンはそう、心の中で確信していたのだった。