慶應義塾大学 文学部 2014年 小論文の設問Ⅰ(要約)の解答例です。

 

異邦人とは、単に物理的に異邦から来た人間だけを指す言葉ではない。カミュの描いたムルソーのように、あるがままの自己の真理を貫くことで社会から疎外される存在もまた異邦人であり、誰もが内面的な異邦人になる可能性を持つと言えよう。一方、鷲田がシェレールを援用しつつ注目したように、異邦の地で他者として歓待されることで、自分を解放し、才能を発揮する異邦人の作家・芸術家らもあった。疎外に絶望せずに、生きなおす力を獲得するか、個性的な活路を見出すかをしたとき、その異邦人の人生は積極的なものになる。重病になったときも、周囲との幸・不幸の落差から、「日常のなかの異邦人」という意識が生じるが、その孤独のなか変容した自身の抱える衝撃と向き合うことは「いのちの叫び」の作品を生み出し得る。(335字)

 

 

※これは国語講師・吉田裕子が個人的に作成したもので、出講先の組織的な見解ではありません。

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