文化のみち二葉館・旧川上貞奴邸(その1)~愛知県名古屋市の史跡・寺院・街並 | 九州下町おやじの珍道中

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20216月中旬、名古屋散策の続き。

 

堀川に架かる伝馬橋を渡り、「坪内逍遥少年時代住居跡」「西祐寺」と回った後は、地下鉄桜通線に乗って、次の仕事先に向かいました。

 

伝馬橋・坪内逍遥少年時代住居跡・西祐寺のレポ

 

 

 

 

 

地下鉄桜通線に乗って、高岳駅で下車。2番出口を上がり、そのまま桜通を東に車道駅方面に進み、すぐ左折。道路を暫く進むと、右側に瀟洒な洋館が見えて来ます。

 

 

 

 

その建物の前には、『「文化のみち」とは』という案内板があって…

 

 

 

 

周辺マップの下には、「文化のみち二葉館」「【名古屋市旧川上貞奴邸】」の説明文が!

この洋館は、日本の女優第1号の川上貞奴が居住していた和洋折衷の建物で、創建当時の姿に移築復元したものです。

 

 

 

 

この案内板には「文化のみちエリア内の歴史的建造物」の説明書きも…いろいろあるんですね~少し回ってみましょうか。

 

 

 

 

文化のみち二葉館」の入口に向かいます。

 

 

 

 

玄関脇には、丸い形をした出部屋もあって…とんがり屋根が可愛らしい♪

 

 

 

 

入館料200円を支払って、建物内に入ります。

 

館内案内図。

 

 

 

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日本初の女優と謳われた川上貞奴と、 電力王と称された福沢桃介が、大正から昭和初期にかけて暮らしていた邸宅を移築・復元し、貞奴の関連資料を展示するとともに、郷土ゆかりの文学資料の保存・展示を行っています。(文化のみち二葉館HP)

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川上貞奴と言えば、福岡生まれの川上音二郎の妻ですね~

音二郎の死後、福沢諭吉の婿養子である福澤桃介と一緒に住んでいた建物になるんですね!

 

 

 

玄関を入ってすぐのお部屋。

 

 

 

 

このお部屋は「大広間(旧大広間)」。

主に福沢桃介が社交の場として用いた部屋で、階段横には仮舞台が設けられ、川上貞奴らが演劇を披露したこともありました。

 

 

 

テラスへ出る両開きの戸、その上部の欄間、左側の開き窓のステンドグラスや、円形ソファとその周辺の上げ下げ窓は創建当初のものです。

 

 

 

この上げ下げ窓も、創建当初のものなんですね♪

 

 

 

 

隣の部屋に移動すると、丸く張り出した壁の窓がオシャレ~♪

 

 

 

 

このお部屋は、「展示室1(旧食堂)」。

メイン食堂として使用されていた部屋で、料理は和館にある台所で造られ、配膳室を経て運ばれて来ました。正面のステンドグラスは創建当初のものです。

 

 

 

 

その隣のお部屋は、和室ですね~

 

 

 

 

この和室は「展示室2(旧婦人室)」。

創建当初のまま残されていたお部屋で、床の間を背に桃介貞奴が並んで写る写真が残されています。壁の色は塗り重ねられていた最下層の色土にならい復元しました。

 

 

 

 

その隣の部屋は「展示室3・4(旧茶の間・旧書斎)」。

創建当初の部屋で、2畳の小部屋は桃介の書斎として使われていましたが、基礎の状態から工事中に増築されたと考えられます。

 

 

 

 

その隣の部屋は「集会室(旧台所他)」。

創建当初は、左側の倉庫1の部分が配膳室で、この部屋がほぼ台所、その右側に勝手口と「爺婆の部屋」がありました。

室内は昭和13年に改築された部屋をそのまま再現していますが、腰板など主な部材は解体前の洋館に使用されていたものを使っています。

 

 

 

 

おお!暖炉がある♪横に見える腰壁は、洋館に使われていたものの再利用なんですね。

 

 

 

 

旧台所の先に、裏口・勝手口があって…

 

 

 

 

大広間に戻って、階段を上って…

 

 

 

 

2階に向かいます。

 

 

 

 

この日は、「岡井隆の歌業 没一年を偲んで」ということで、岡井隆さんの展示がされていました。

 

 

 

 

岡井隆さんは、昭和3年に名古屋市で生まれ、東区主税町で少年期を過ごし、18歳で短歌会アララギに入会、大学医学部在学中には短歌誌「未来」の創刊に参加。

その後は内科医として勤務しながら、前衛短歌運動を推進し、塚本邦夫寺山修司らとともに、若くして現代短歌界を牽引しました。

 

 

 

 

 

階段を上がって正面のお部屋に、岡井隆さんの展示がされていて…

 

 

 

 

このお部屋は「展示室5(旧浴室・旧洗面所・旧化粧室)」。

創建当初は左側より浴室・洗面所・化粧室が並んでいて、風呂を沸かすために電気ヒーターとガス湯沸し器があり、急いでいる時にはガス湯沸器が使われていたそうで、化粧室は寝室とつながっていました。

 

 

 

 

その隣のお部屋は、窓ばかりですね~しかも角部屋!

 

 

 

 

このお部屋は「展示室8(旧支那室)」。

大正から昭和初期において、住まいの一部に中国風の様式を取り入れることが文化人や中産階級の住宅に見られ、この部屋が尾のように使われていたのかは分かりませんが、移築前(白壁3丁目1001)は高台にあったため、名古屋城や御岳を一望できる見晴らしの良い部屋であったと思われ、窓は外観の古写真より復元しました。

 

 

 

 

次のお部屋には、曲線の美しい窓があって…

 

 

 

 

上下の収納に、中央部分には絵が描かれていますね~

 

 

 

 

本棚も…

 

 

 

 

その2」に続く。

 

 

 

 

文化のみち二葉館・旧川上貞奴邸

愛知県名古屋市東区橦木町3-23

 

 

 

 

 

 

 

 

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