お題【ガラス】【潮風】【夜】


「いやー、潮風が気持ちいいー。海水も冷たくて気持ちいいー。いやー、本当に夏だねぇ」


 義姉さんは片手にサンダルを持ち、もう片方にゴールデンレトリバーのリードを持って砂浜と波打ち際を交互に歩きながら、はしゃいでいた。


「え、潮風ちょっと臭わない? それに、まだ海寒いよ」


 確かに今日は暑いが、まだ六月中旬。夏というよりもまだ梅雨時って感じ。


「**は全く、風情がないな」


 馬鹿にしたような表情で、馬鹿にしてきた。とにかく、馬鹿にしたかったらしい。


「というか、何でここに僕を連れてきたんですか?」


「しょうがないでしょ。お題に『潮風』があったんだから」


「えっ?」


「なんでもないなんでもない。ほれほれ、そこの通りに『アップル』っていう小洒落た喫茶店であるから、そこで勉強したらぁ?」


 かすかに見える赤い屋根の店がそうらしい。


 潮風の影響から逃れるため、陸地内は田園風景が広がっているが、海沿いはそれなりに人通りが多い。


「自分の部屋でやりたかったんですけど」


「あの家にあんたの部屋ないじゃん」


 キッパリと言い放ってきた。義姉さん、あんたが奪いとったんだよ!


「そう言えばさぁ、あんた何か……ノリ良くなったね」


「昔、ノリ悪くて、悪かったね!」


「何か、あった?」


「多分……彼女のおかげかな」


「へぇ、あんたに彼女ねぇ。へぇ、物好きもいたもんだねぇ」


「失礼だよ」


「そんくらいでいじけんなよ」


「彼女に、だ」


「ほう。〝男〟の顔つきだな」


「男だけど」


「わからんならいい。ほら、さっさと行ってこいよ」


「義姉さんは?」


「ここらでもう少し散歩して帰る」


 結局、勉強道具一式を用意してきたから、その喫茶店に向かった。


「何でさなえがいるんだよ。まだ、夏休みじゃないだろ」


「衣替えの時期に忙しくて帰れなかったんだよ」


 喫茶店に先約が一組。


 おそらく、大学生。


 僕は窓際の席に座って、コーヒーを注文した。


 参考書を開いて集中しようとした。だが、夜の事を思うと、中々、集中出来なかった。


 休みを小まめにいれながら、時刻は六時になっていた。


 帰ると、僕の部屋――いや、正確に言うと僕の部屋だった部屋で義姉さんがゴロゴロしていた。


「なに?」


「な、何で、下着姿なんだよ!?」


 ベッドの上でうつ伏せになりながら、雑誌を捲っていた義姉さんは文句垂れてきた。


「自分の部屋なんだから、どんな格好でもいいだろ」


「確かに正論だ」


 元僕の部屋から追い出された僕は、リビングに向かった。


「あ、**。そろそろご飯が出来るから、お父さんを呼んできて」


「義姉さんは呼ばなくていいの?」


「友達と何処かに食べにいくんですって」


 なるほど。下着姿だったのは、雑誌を読んでコーディネートを考えていたのか。


「わかった」


 書斎に向かう途中、義姉さんが二階から降りてきた。


「おばさんに行ってくるって言っといてね!」


 とだけ言い、足早に出ていった。鍵閉めろよ。


 書斎の前にいくにつれ、緊張が増してきた。


 扉をノックし、ドア越しに夕飯が出来た事を伝えた。


「……わかった」


 僕がここに帰ってきていた事に驚いたのか、返事は少し遅れて返ってきた。


「…………」


 いざ、食事になると久しぶりの顔合わせなのにも関わらず、会話が全くなかった。


 母さんは先ほどから食事とは別に何か話題を切り出そうとして、しかし空気の重さに耐えられず、その開いた口に、サラダを押し込んでいた。


「……父さん、母さん。僕の話を聞いてほしいんだ」


 食事もほぼ終わりかけ、皿の上に遠慮の塊が残っている程度だ。


「……何?」


 反応を示したのは母さんだった。


 僕自身あまり自分の話を振る事などないから、母さんの反応は驚き混じりだった。


 父さんは終始無言で、食事に集中していた。いや、僕をいない人間として見なし、無理矢理食事に集中しようとしていた。


「……僕、付き合ってる人がいるんだ。同じ学校で二つ下」


 親は黙って僕の話に耳を傾けてくれた。


 僕は話した。


 明日架との馴れ初めを始め、それからの思い出や明日架の魅力。


 おそらく、親は何で僕がこの話をしているのか、わからないだろう。


 僕自身何で話してるのか分からないくらいなんだから。


 今日はとにかく、明日架の事を話そうと思った。


 何故だかはわからない。


 語り尽くせないものを、自分の言葉で語った。


 その度に何度も、彼女に対する思いを乗せた。


 そして、最後に、


「父さん。明日架が〝あの後〟言ってたよ」


 俯いて無言を貫いていた父さんに初めて反応があった。


「『〝他人〟が口を出してごめんなさい』と伝えてくれって」


 自分がそれを告げて、気が付いた。


 あぁ、そうか。


 僕は親に認めてもらいたかったんだ。


 僕自身を、じゃない。


 明日架の事をだ。


 ただ、明日架の事を知って欲しかったんだと。


 そして、明日架の口から『他人』という言葉を引き出させた自分が腑甲斐なくて、そんな自分にムカついて、ここにきたのだった。


「明日架に〝何て言ったか知らない〟けど、僕は明日架を他人だなんて思ってない。勿論、父さんに言われてきた通り、勉強は諦めないよ。だけど、明日架の事も諦めない」


「……そうか」


 父さんはそう呟いて、リビングを出ていった。


 僕の意図は伝わらなかったかもしれない。


――――


 静かな空間に〝逃げ込んだ〟私は呟いてしまった。


「あんな強い子だったのか」


 それが、息子を指しているのか、手を上げてしまったあの女の子の事を指しているのか、自分でも分からなかった。


 窓ガラスに映る自分の顔は――弱々しかった。


――――


 父さんの気持ちなんて分かるはずもなく、うやむやのままになってしまった。


 僕の部屋は占領されてるため、客間で一泊した。


「もういっちゃうの?」


 朝食を済ませ、身支度を整えた時に母さんが声をかけてきた。


「用は済んだから。そういえば義姉さん」


「昨日、友達の家に泊まったんだって」


「そう」


 別に、義姉さんに挨拶はいらない。どうせ、よそよそしいの一言で払われるだけだ。


 母さんがいっぱい食べ物などを詰めてくれた紙袋を脇に置き、玄関で解けていた靴ひもを結んだ。


「……**」


 結んだ直後、後ろから渋い声が聞こえた。


 朝食時も無言だった父さんが自分から僕に声をかけてくるのは珍しい事だった。


「……頑張れよ」


 些細な言葉だった。


 みんなも言われた事あるであろう、一言。


 だが、僕は父さんに初めて言われた。


「……うん。〝行ってきます〟」


 明日架の好意に匹敵するその一言を胸中にしまって僕は一歩踏み出した。


【完】


 三題噺02のアナザーストーリー兼三題噺03、04+01キャラクター特別出演となっております。


 因みに、題名の後に書いた『改』は【完】以下のこの文章の事なので、【完】より上に書かれたものについてはいじっておりません。


いやー、無理矢理詰め込みすぎた感半端ないですね。

次の三題噺は01系アナザーストーリーか、透流義姉さん系アナザーアナザーストーリーを軸に作れるよう、神社にお参りに行ってきます。


読んで頂きありがとうございました。
「それとも何ですか、こんな可愛い少女の話相手になりたいんですか。
もしや、廊下の角でぶつかったのも、決定論的自然観で計算済みですか!?」


 出たよ、どや顔。


「んなわけあるか! 何でここでラプラスの悪魔を引き出してくるんだよ! 事故だよ! 偶然の賜物だよ! 神が賽子を振っちゃっただけだよ!」


 あー、面倒くさい。


「全く、強かでイヤラシイ人ですね。好きになっちゃいますよ」


「言動が滅茶苦茶だぞ。しかも好きになっちゃうんだ。最近、危ないオジサンがうろうろしてるんだよ!? それに、イヤラシイ人が好きなら、俺の友達をいくらでも紹介してやるよ」


 うちのサッカー部の連中は特に酷い。折り紙付きだ。実際に折り紙は付かないが。


「いえ、在処はイヤラシイ人ではなく、いじらしい人の方が、実は好きだったりします。
そう、お兄さんのように発する言葉の全てがもう見ていられないくらい痛々しい人が。しかし、お兄さんのお友達にはイヤラシイ人しかいないなんて本当に可哀想ですね」


「そんな哀れんだ目で見ないでくれ! あくまでもイヤラシイ人が多いってだけだ。オンリーじゃない!」


「では、お兄さんはロンリーではあると?」


「それは在処ちゃんだろ」


「そうでした。原点に帰ってきちゃいましたね。なんなら在処がお友達になってあげてもいいですよ」


 何故か上から目線だった。ほんの数十分前に想像していたキャラとは三百六十度違っていた。


「お兄さん。それだと、一回転してますよ」


「うるさい。心の中を読むな……ってあれ、本当だ。百八十度だった」


 ふと、思った。もうこういう言い合いが出来ている時点で、交友関係は既に深まっているのではないか、と。


「お友達になって下さい」


「全く、しょうがないですねぇ」


 話し相手及び友達が出来ないのは、十中八九この性格と言動のせいであろう。



お題【鈴】【田舎】【空】


「だ、大丈夫ですよー」


「絶対、ダメ」


 明日架の赤くなった右頬に氷嚢を当てた。


「左側も赤い……」


「せ、先輩っ! か、顔が近いんですよ!」


 明日架が頬を少し腫らして、部屋に入ってきた時には本当に慌てた。


 靴下のまま部屋を飛び出したけど、父さんはもう行った後だった。


 どうやら、僕の事について口論した挙げ句、殴られたらしい。


 女の子に手をあげるなんて、恥ずかしいにもほどがある。


「だから……せ、先輩近いです……」


 明日架が父さんに殴られたのは、僕の責任だった。


 僕が、逃げ出したから。


「本当に、ゴメン」


「そんな自分のせいみたいに考えないで下さいよ。先輩の家族に、私が勝手に口出ししちゃったんですから」


「いや、そんな事ないよ」


「先輩、一度実家に帰って話し合ってはどうですか?」


 僕の実家は、この町から駅三つ分くらいしか離れてない。


 僕は、わざわざ一人暮らしする必要があったのか。


「いや……止めておくよ」


「先輩。目を背けちゃダメですよ」


 明日架の言葉には重みがある。


 僕なんかと違って、辛い経験をいっぱいして、且つそれを乗り越えてきている。


 それに比べ、空気に流され、楽な方へ楽な方へと逃げて逃げて逃げてきた。


 見ないふりしかしてこなかった。


「分かってる。でも、怖いんだ」


 それなら、と明日架は何か思いついたらしい。


「先輩。私、良いおまじないを知ってるんですよ」


 明日架は当て続けていた氷嚢を座卓の上に置いた。


「はい、正座してください」


「え?」


「正座ですよ、正座!」


 明日架はパシパシと腿を叩いてきた。


 僕はしかたなく、あぐらから正座に直した。


 明日架も正座に直した。


 手を伸ばしたら、肩に手がおけるくらいの距離だ。


「えっと、これ?」


「ううん……」


 明日架に両手で頬を押さえられ、無理矢理引き寄せられた。


 一瞬の出来事だった。


「えっ……えぇ!」


「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃないですか」


 顔から火が出るくらいじゃ済まなかった。


「だって、き、キス……」


「キャーッ!」


 照れ隠しなのか、頬をはたかれた。結構、痛い。


「ご、ごめんなさい」


「はは、ちょっと元気出た」


「ちょっとしか出ないんですか? バカバカバカ」


 明日架がポカポカと擬音がつきそうな感じで叩いてきた。


「あー、肩叩き上手いね」


「せ、先輩……」


「ん、どうしたの?」


「……す、数学」


「あ」


 それから、僕は明日架の頭がショートするくらい、ありとあらゆる知識を詰め込んだ。


――――

 土曜日、僕は本当に久々に帰省した。


 電車に揺られる事、三十分。


 そこから、バスに運ばれる事、一時間。


「ここから、四十分も歩くのか……」


 両側が田んぼの田舎道を歩き続けた。


 お昼前なのに、人一人見えない。


 雲一つない空にぶらさがっている太陽から、暖かな日差しを浴びながら、歩みを進めた。


「……ついにここまで来てしまった」


 目の前には、身長が二メートルある人でも普通に入れるくらい高い門。


 その両脇に敷地を囲う白い塀。


 明日架に背中を押され、ここまで来てしまったが、今、自宅に帰りたくなった。


 勿論、この自宅ではない。


 意を決して、敷地内に踏み込んだ。


「あ。**じゃない」


 右側から鈴を転がすような声が聞こえた。


「と、透流(とおる)義姉さん……」


 そちらに顔を向けると、大学のミスコンで惜しくも準優勝だった美貌を持つ、三つ離れた従姉がいた。


 鈴を張ったような目から繰り出されるウィンクで、一体、何人もの男が落とされてきたのだろうか。


「何よ、よそよそしい」


「また、綺麗になりましたね」


「はいはい、お世辞ご馳走様」


 腰に手を当て、もう片方の手で頭を掻き毟る姉さんの、照れ隠しの癖は健在だった。


「それにしても、珍しい」


「今日は父さんにちょっと用があって」


「なんだなんだ? 金でもせびりにきたか?」


「そんなやましい理由じゃありません」


「そか。あんたの両親なら今そろってるぞ」


「ありがとうございます」


「ホントよそよそしい」


 義姉さんが鍵をかけなかったのか、手をかけただけで扉は開いた。


「ただいまー。**だけど」


 本当に久しぶりに自宅の空気を吸った。


 懐かしい。


 だけど、自宅が恋しくて帰ってきたわけじゃない。

 居間からドタドタと足音が聞こえてきた。


「**! 連絡もしないで! 帰ってくるなら、一言くれてもいいのに!」


「ごめんなさい。それより、父さんは?」


「いるけど、今、書斎よ。仕事をするから、話しかけるなですって」


 父さんは相変わらず、仕事熱心だった。


 だから、仕事以外無関心の父さんが僕の部屋の前にいたのは驚いた。


 あれだけ、「無駄な時間を過ごしてる暇などない」と幼少の僕に言ってきたあの父さんが。


「それじゃあ、今日は夕飯をここで食べてもいい?」


「勿論よ」


 父さんと話をするなら、夕飯の時間しかない。


 というわけで、夕飯まで暇になってしまったため、自分の部屋に向かった。


「…………」


 訂正。〝元〟自分の部屋だった。


「あ。やべ。見つかった」


「見つかったじゃないでしょ」


 僕の部屋はだいぶ様変わりしていた。


 僕がいつも使っていた布団の上には下着やら、服やら、雑誌が乗っかっていた。


 机も化粧台と化している。


「あれ、ここにあったものは?」


 色々と見当たらない物がある。


「あぁ。あれ? 邪魔だから埋めたよ」


 義姉さんはあっさりと言ってきやがりました。


「う、埋めた!?」


「庭の墓の横に。昨年、老衰で死んだタローの」


 うちで飼っていた柴犬のタローが昨年死んだ事は聞いていた。


「何で!?」


「しょうがないでしょ。年だったんだから」


「じゃなくて、何でタローの墓の隣に!?」


「嘘だよ、嘘。うーそでーす」


 僕との絡みに飽きたのか、面倒くさそうに手をヒラヒラとさせた。


「なんだよ、嘘か」


「……うーん、確か、裏庭だったっけなぁ?」


 義姉さんは顎に指を当て、僕の荷物の在処を頑張ってひねりだそうとしていた。


「埋めたのは嘘じゃないのかよ!?」


「嘘、嘘。本当にこれは嘘。段ボールに詰めて、下の押し入れにしまってあるから。それにしても、からかいがいあるねぇ」


 義姉さんはカラカラと笑った。


「止めてよ、ホント」


 今夜、父さんと戦わなきゃいけないのに、その前に義姉さんとのやり取りで精神力を使いきりそうだった。


【続く……のか?】


一応、三題噺03の続編兼三題噺02のアナザーストーリーに仕上がってる事を願っています。


これだけで長編になりそう。

次回、三題噺のお題が組み込めれば、**VS父さんの構図になるはず!