「さらりと言うなよ。しかも、心配する振りして『頭とか大丈夫なんですか?』って、それ貶し文句だろ。自覚症状はしっかりあるから」


 頭が大丈夫でない事に自覚症状があっても困るのだが、確かに俺にはあった。


 在処ちゃんはというと、少し驚いていた。自覚症状が無いと思ったら、大間違いだよ、このツインテールロリッ娘め!


「え、痔核症状って、お兄さんは痔なんですか?」


 思わず大きな溜息が出てしまった。『自覚』と『痔核』を間違えるってかなりマニアックだと思う。


「あのなぁ……まず、字が違う」


「痔が違う。……じゃあ、結核なんですか?」


 確かに『痔』からは離れた。ついでに『核』からも離れて欲しかった。


 しかも、『自覚』から『結核』に変わるなんてどんな大間違いだよ。


「それも違う! まずは『核』からも離れろ。自覚症状の自覚は『自』虐を『覚』えるって書いて自覚だ」

 肩で息をするほど、熱弁した……つもりだ。


 だが、在処ちゃんはというと、朱に染まり始めた頬に両手を当て、上目遣い(そもそも在処ちゃんは車椅子に座っているため、元々上目遣いだ)で俺を見つめてきた。


「と、とにかくお兄さんが……マ、マゾヒストだという事は良く分かりました。だから、じ、自虐になんて走らないで下さい。代わりに在処が虐げてあげますから」


「そんな虐げサービスいらねぇ! というか本題からズレてる。いいから、早く検診に行かせてくれ!」


 俺は在処ちゃんを病室に残し、足早に診察室へ向かった。


「うん、この様子だと四日後には退院出来そうだね」


 担当の科木先生曰く、俺の足は、当分は激しい運動は出来ないが、生活に支障は出ない程度らしい。


 普通ならば喜ぶべき事なのに、素直に喜べない自分がいた。


 その理由には在処ちゃんが関係している。


 在処ちゃんは徐々にだが、病状が悪化しているらしい。


 病気や怪我の程度は違えども、健常者と患者という関係よりは、患者同士でもう少し一緒に居たかったな、と思わなくもない。


 べ、別に幼女と昼夜問わず、いちゃつきたいって邪な欲望があるってわけじゃないからね!!


 って、俺は一体誰に弁明しているのだろうか。ついつい思ってしまった。


 これぞ、まさに正当化。


お題06【星空】【光】【孤独】
お題07【匂い】【風】【河原】


「気持ちいいね、ウィズ」


 人がちらほらと見える砂浜で、ウィズの首周りをガシガシと撫で回した。


 柴犬のタローが亡くなった叔母さんの家で新しく引き取られたゴールデンレトリバーがウィズだ。


 この名前はたまたまその場面に立ち合った私がつけた。


 叔母さんが気に入ってくれた名前だ。


 横に連れて歩くたびに、もさもさとした金色の毛がふくらはぎをくすぐる。


「あれ……透流?」


 帰り道、というか**が喫茶店でしっかり勉強してるか、確認してたら、ちょうど店から出てきた店員に声をかけられた。


「……竜季(たつき)」


 二十三代目元カレだった。


 嘘、嘘。五代目くらいだった気がする。


 それも嘘。一代目元カレ。


 これはホント。


 三度目の正直って言うくらいなんだから。


「俺、ここでバイトしてんの」


 両手に下げていたのは、パンパンに膨れ上がったゴミ袋だった。


「そう。お疲れ」


 あれ、意外と私素っ気ない。


 別れた時は、一日中泣いてた気がするのに。


 あ、嘘、嘘。


 別れた時が確か、夕方だったから寝るまでの七時間くらい。三分の二以上も盛ってた。


「……あのさ」


 喫茶店と隣の建物の間の細い路地に置いてあるダストボックスを開けて、そこにゴミを突っ込みながら竜季は、


「今夜……暇?」


「うん」


 基本、私は暇人だからね。


「飲みにいかない?」


 断る理由がなかった。


「いいよ」


 会話はそれだけだった。


 それから、ボーッとしてたみたいで、ウィズに引っ張られるように、家に帰った。


 何で、ウィズに引っ張られた理由が分かるかって?


 転んだからだよ、三回も。


「叔母さん、今日夕飯いらなーい。友達と食べるー」


 そう、友達。元カレではなく、友達。


「分かったぁ」


 叔母さんに連絡した。


 もうそれ以外やる事もなく、適当に漫画を読んで時間を潰し、


「気合い入れよっと」


 もう時間も頃合いだった。


 あれこれと服を着てみたが、中々決まらない。


 雑誌を捲って思案しているところに、来客がきた。呆然としていた。


「なに?」


「な、何で、下着姿なんだよ!?」


 何か慌ててるんですけど。


「自分の部屋なんだから、どんな格好でもいいだろ」


「確かに正論だ」


 納得すんなよ。何かツッコミ入れろよ。


「じゃあ、出ていけ」


 **を追い出し、考えもやっとまとまった。姿見でしっかり確認し、軽くつけたコロンの匂いを確かめた後、階段を駆け降りた。


 階段近くにいいタイミングで**が立ってた。


「おばさんに行ってくるって言っといてね!」


 そう言い残して飛び出した。家の周りはほとんど田んぼで外灯の明かりはない。


「よ」


 竜季とは『アップル』の前で待ち合わせをした。


「どこ行く?」


「決めてなかったの?」


 竜季は苦笑いでごまかしてきた。ぶらぶらと歩き回り、適当な飲み屋に入った。

――――


 かなり酔いが回ってきたころ、


「なぁ、透流は今彼氏いんの?」


 酒に強いはずの竜季はもう顔を赤らめていた。


「いなーい。いい人見つかんなくてね。ぼっちだよ、ぼっち。従弟に手でも出しちゃおっかなぁ」


 まんざらでも無い事が口から出てくる。


「止めとけよ」


「んで、竜季は?」


「いねぇよ」


「そか」


 沈黙。ひたすら沈黙。


「なぁ……俺らさぁ……もう一回さ――」


「ちょっと御手洗い行ってくる」


 私は逃げ出した。逃げ出してしまった。


「……もう一回、か」


 続きを聞かなくても分かる。


 だけど、それの答えを出さなきゃいけないのが怖い。


「……うっぷ」


 あ、やっちゃった☆


「おいおい、弱い癖に飲み過ぎなんだよ。だから、トイレで――」


「止めて。ワードも聞きたくない」


 竜季に肩を貸してもらい、店を出た。


「竜季に奢りだからねー。浴びるように飲んだわー」


「とか言って、ジョッキ三杯いってねぇじゃねぇか」


 私チョー弱っ。


「ちょっと休憩ー」


 竜季と私は倒れるように河原に寝転んだ。


 河原のくせに、潮の匂いが微かにする。潮風が吹き込んできてるのかも。


「なんかさぁ、前もこうやって星を見なかったっけ?」


 星がキラキラ光ってる。光ってない星はない。当たり前だった。見えないんだから。見えないものは存在しないに等しい。


「プラネタリウム、な」


 ありゃ、ツッコミを入れられた。


 実際に、本物の星を二人で見た事なんてなかった。


「星と言えば……星の数ほど女はいるって言うよな」


 何を呟くと思えば。


「けど、手は届かないものよ」


「確かに。星に手は届かないけど――透流。お前になら届く」


 は? 意味分かんない。


「もう、届かないよ。竜季が私を裏切ったのよ」


「裏切りの無い世界があったら、怖いだろ。そんな世界じゃ、誰も人間を信用していないんだから」


「開き直らないで」


「だから、話を聞いて欲しいんだ」


 飲み屋の時から、こればっかり。しつこい。


「『雄弁が役に立たない時は、純で無邪気な沈黙が、かえって相手を説得することがある』って言うじゃない」


 確か、シェイクスピアの――


「シェイクスピアの『冬の夜話』か?」


 そうだった。


「そう。だから、もう少し黙ってて」


 満天の星空が一筋流した、光る涙に一体、私は何を願えばいい?


【続く】


はい、調子乗りました。お題06と07をブッ込みました。

三題噺05のアナザーストーリー仕立てになってるはずです。

さてさて、透流お姉様と竜君の過去を何の考えもない作者に暴く事が出来るのでしょうか!?
「で、お兄さん。何かヨダレ垂れてますよ。目も獣みたいにぎらついてますよ。何か、狼みたいです。
しかも、顔にどでかく『俺はツインテールの幼女が大好きだぞ。ぐへへ。中学一年生は食べちゃうぞ。ぐふふ』って書いてありますよ。あ、在処は襲われちゃうんですか。うふふ」


 酷い言われようだった。出会ってまだ三十分足らずでこんな有様だった。


「俺は断じてロリコンじゃない! しかも、食べ時は中学生くらいじゃなくて小学生までだ!」


「お兄さん、最初の否定が無駄になってます。在処の事を出会い頭は小学生と思っていたようですが、本当に在処が小学生だったら、ここで一体どんな犯罪が起こっていたんでしょうか。まぁ、去年の話ですけど。何故か逆に中学一年生で良かったかも」


 と、笑顔で言ってくれたものの、頬に筋肉がピクついて引きつっている。調子に乗って言い過ぎた。


 だが、決して俺はロリコンではない。


 敢えて言うなら、俺はロリコンではなく、シスコンだ、と言い張れる。


「大丈夫だよ。俺はロリコンじゃなくて、シスコンだから。安心して」


「全然安心出来ません」


 ロリとリトルシスター(ギリギリ十五歳未満まで)はニアリーイコールらしいですよ(在処ちゃん談)。


「ん、そういえば冬会ちゃん」


「在処です」


 どちらにしても目の前の女の子を指し示す名詞(冬会在処の事)である事に変わりはないのだが、名字呼びはやはり気に喰わないらしい。


「そうそう在処ちゃん、俺はそろそろ検診の時間だから行くね」


 俺の足の怪我が悪化していない限り、退院はおそらく、四日後。


「検診って、怪我した足のですか?」


「それ以外に何があるんだよ」


 俺は在処ちゃんに大腿部の怪我以外は話していないし、そもそも俺はそこ以外に大きな怪我はない。


 在処ちゃんはじっと僕の目線の上――額を見つめてきた。


「お兄さんは、頭……主にそれの中身とかが重症っぽいけど……頭とか大丈夫なんですか? 精密検査とかしなくて大丈夫なんですか?」