「あ、そうだ。ところで桐縞はどうして病院に来たんだよ?」


 見たところ怪我は無いし、俺に軽口を叩くくらいだから体調も悪そうではない。


 一旦、キョトンとした彼女は少し顔を赤らめながら、溜息を吐いた。


「はぁ、これだから男は」


「なるほど、お兄さんは鈍感なんですね」


 在処ちゃんはいきなり、顎に片手をあてがい、ドヤ顔をし始めた。


「鈍感? 在処ちゃんそれって――」


 聞こうとした矢先、在処ちゃんは自身の唇に人差し指を当てて、黙ってと言ってきた。


 次に口を開いたのは彼女。


「兎童君が入院したって聞いたから……」


 と、彼女はそこから俯き、モジモジとしてなかなか話そうとしない。


「縁さんファイト」


 と小声で応援する在処ちゃん。


「えっと、その……だからね――一生癒えない傷を負わせて、病院から出れないようにしてやろうかと思って」


「まさかの展開!? しかもモジモジとしていた状態からいきなりの仏頂面!?」


 在処ちゃんは驚くも、俺はこの桐縞縁という人種の対応にはもう慣れた。


 笑顔で怖い事を言う彼女は、しかしわざわざ俺の病室に訪ねてくれるところあたりは、彼女の優しさを感じる。


 そう思って笑ってしまった。


「えっ!? お兄さんもお兄さんで喜んでる! もしかして、お兄さんを病院送りにしたのは縁さんなんですか? 一体、大腿部にひびってどういうプレ――あたっ」


 これ以上、頬を上気させ、意気揚々としている在処ちゃんを喋らせると面倒そうなので、おでこにチョップを加えて黙らせる。


「明日、多分退院でしょ? 旭川さんに着替えを持ってくよう頼まれたのよ。後、ついでのついでに新しい友達を紹介しにきたの」


 病室に備えられたパイプ椅子の脇には紙袋が置いてあり、その中に俺の着替えが入っているのだろう。


「新しい友達?」


 彼女の言った言葉に耳を疑った。


 こんな面倒臭い性格の人間に友達なんているはずがない。


「結構失礼な事考えてるでしょ」


「な、何故わかった」


 狼狽。心読んだな!?


「そのありきたりなジト目で分かるわよ。まぁ、とにかく呼ぶわ。木梨君」
【十二月二十八日】


「そう言えば、時に愉快ちゃん」


「『不』を抜いて『腑』抜けとかけているんですか? 馬鹿にしないで下さい。在処の事は在処ちゃんと呼んで下さいです」


「だからね、在処ちゃん――」


 と、そこに新たな声が割り込んできた。


「へぇ、ついにこのロリコンは学校にいる童顔の女子生徒に手当たり次第、手を出すだけじゃ飽き足らず、病院内のか弱き幼女にまでも手を出して、社会の最底辺に降格――昇格したようね。挙げ句の果てに、イヤラシイ言葉まで言わせて」


 俺は彼女の冷ややかな殺気(恐らく、勘違い)を久方ぶりに感じた気がした。


 錆びたロボットのように、ゆっくり振り向くと腕組みをして彼女――桐縞縁が仁王立ちしていた。


「き、桐縞? な、何でここに? しかも『か弱き幼女にまでも』ってまるで、俺が色んな女性に手を出してるみたいじゃないか」


 全く、呆れた。


 当の彼女は、そんな俺の事はもう眼中に無く、


「因みに、『挙げ句の果て』ではなく、『喘がさせられた果て』です」


 と彼女に指摘した在処ちゃんの方に視線が向いていた。


「あら、そこの貴方。中々面白い事言うわね。でも、可哀想そうに。この変態に五日間近くも玩具扱いされて、しかも弄ばれて汚されてしまったのね」


「は、はい、そうなん……いえ、違います! 断じて違います! お兄さ……ご主人様に無理矢理命令……いやいや、これは自分でやり始めた事なんです。決して。決して! 命令などされてはいません! 院内の人達の前で――」


「桐縞、馬鹿な事言わないでくれ! それに、在処ちゃんは擁護する振りして、俺を貶してるだろ! しかも、お前らいきなり、意気投合するなよ! お互いに面識はあるのかよ。赤の他人だろ!」


 と言うと、彼女と在処ちゃんはキョトンと顔を見合わせて、口を揃えてこう言った。


「で、誰なの、この娘は?」


「で、誰何ですか、この方は?」


 それから、お互いに自己紹介。


「私は桐縞縁よ。隣町に住んでる。まぁ、彼のお守り役――いや、空気を読むならご主人様ってところかしら」


「在処は、お兄さ……ご主人様専用愛玩奴隷の冬会在処です」


 と、お互いに握手をして仲良く俺に仕え――


「待て! 明らかに設定がおかしいだろ! 特に在処ちゃんの! 俺の義妹になる事は許すけど、それ以外は認めないぞ」


「あら、じゃあ葵(あおい)ちゃんとか、恵実(めぐみ)ちゃんとか、奈美(なみ)ちゃんとか、愛人が十四人もいるという設定はどう処理するつもりなのかしら」


「そ、それは………………ってか、そんな設定はねぇ!」


 何と言うか、二人が揃うとこうもウザイとは思わなかった。


 在処ちゃんなんて、三日前に知り合ったばかりのはず。


 彼女は……うん、ムカつくくらいにいつも通りだ。
 朗報であるはずの報告を残酷にも在処ちゃんに告げる前に、俺は一度自分の病室に向かった。


「お帰りなさい、アナタ。御飯にする? お風呂にする? それとも、タ・ワ・シ?」


 唖然としてしまった。


 ここまで、何も考えられずにただ呆然と佇むしかなかったのは、初めてだ。


 在処ちゃんの事を心配していた俺が馬鹿だったのだろうか、いや馬鹿だった。


 在処ちゃんは俺が使用しているベッドで、何故か両手にたわしを持ちながらセクシーポーズを取っていた。


 ブホォ!


 と何か吹き出す音も聞こえた。恐らくは同じ病室の太刀長(たちなが)さんだろう。


 そもそも四人部屋である俺の病室には現在、太刀長さんと俺の二人しかいない。


 ガラリと扉が開き、太刀長さんは退出したみたいだ。


「太刀長さんは心臓が悪いんだから、遠回しに殺そうとするなよ!」


 太刀長さん、ごめんなさい。


 それで、仮にたわしを選んでたらどうすんだよ」


「丁寧に脇の下を擦ってあげます」


「え……微妙」


「じゃあ、何ですか。ワ・タ・シって色っぽく言えば良かったんですか!?」


「それでもなぁ……仮に在処ちゃんを選んだとして、その凸も凹も無い身体でどうすんだよ」


「し、失礼ですね! 在処だって――」


「へぇ、『在処だって』?」


「素直に負けを認めましょう」


 と、在処ちゃんは続けて、


「在処はいくらでも貴方を辱めましょう。在処は甘んじてそれを受け入れます。
在処は今から貴方様の哀願奴隷です。さぁ、切に在処に願って下さい。お兄さんの大好きなプレイは何ですか? SMプレイですか? それとも、SMプレイですか? もしかしてSMプレイですか?」


「何か俺が罰ゲーム受けるみたいじゃねぇか! しかも、俺が言わせてるみたいで読者が勘違いするだろ! しかも、そんなプレイ望んでねぇよ!」


「じゃあ、何をお望みで?」


「じゃあ、まず赤ランドセル背負ってよ」


「ここに、変態がいます!!」


「いや、あながち間違ってないけどね! そんな大声出さなくていいんじゃないかな!」


 一体、看護師が勘違いして来たら、何て言い訳すればいいんですか!?