「――もっしー。お、縁ちゃんか。どうした?」


「まだ戻らないの?」


 現在、砂喰さんは他の地域の応援要請で出張っていた。


 忌常現象を視覚で感知する砂喰さんは、見極めるための最終判断として、あちこちから要請がくる。


「無理無理。実はさ、今来てる兎狩(とがり)村が完全に忌常現象に巻き込まれちまって、忌端と忌形がうじゃうじゃしてんの。だから、この村を潰さなきゃなんない」


「時間どれくらいかかる?」


「三百ちょっとくらいいるから、規模的には一日かかんねぇけど、隠れたり逃げたりする奴もいるから、最低三日は必要だ」


「そう。分かったわ。こっちもただならぬ忌常現象が起きつつあるの。戻ったら、顔出して頂戴」


 砂喰さんは多忙で頼りに出来ない事が分かった。


「しょうがない。旭河さんの忌能力は戦闘向きじゃないから、あの接着剤に頼むしかない」


 表情からして頼りにしていない感じだった。


 大体、兎童君の比喩である接着剤って戦闘に使えるの?


 因みに、僕の忌能力の比喩は****ホイホイ。


 他人の事……言えない。
――――


「ねぇ、木梨君」


 病院から出て、敷地内にある庭園を通っている途中、彼女が話かけてきた。眉間には皺が寄っており、表情も一段と険しい。


「どうしたの。険しい顔になってるくど? まぁ、いつもの事だろうけど」


 ありゃりゃ。すんなりと悪口が出てしまった。


「刻むわよ!」


 出来ないと分かっている脅し文句だが、忌能力ではなく、本物の得物でやられかねない。


 僕自身、自分の一言が余計だったと分かっていたため、素直に謝った。


「まぁ、いいわ。それより、貴方のつまらない忌能力がイマイチ反応が悪かった理由が分かったわ。あの在処って娘――忌能力者よ」


 核心めいた事を何の確信を持ってか、断言してきた。


 後、ツッコミを入れないけど、つまらないは余計だよ。


「それにしても、いつ分かったの?」


 そんな要素あっただろうか?


「あの馬鹿みたいに大きな静電気の件よ。あんな静電気あるわけないじゃない」


 妙に大きかったわりに、自分は何ともなかった。在処ちゃんは痛かったらしいが。


「やっぱり?」


「あれ、貴方の能力が在処ちゃんのを弾いたのよ」


 僕の忌能力は、永続的な忌能力に対しては核を潰さないかぎり、完全に無効化出来ないらしかった。


「え、でもロリウサ――兎童君も忌能力者なんでしょ? 何ともなかったよ?」


 「今日は鈍いわね。ロリウサ――兎童君は忌能力者。って事は?」


「もしかして、忌端?」


 触れた瞬間に反応したという事は、常時発動系だ。


「可能性は0じゃないわ」


 彼女はおもむろに持ち手の赤い裁ち鋏を取り出した。開閉させる度にシャキリと鋭い音がなる。


「じゃあ……その……やるの?」


 蘇るのはあの光景。血液恐怖症になるんじゃないかってくらいに、無惨に飛び散る血の記憶。


「手を打つのは早い方がいいけど、まだ危険度はそうでもない。無闇に刺激するのもよくないと思うわ。兎童君と旭河さんに連絡して病院とその周囲を見張ってもらうわ」


 それから、彼女は携帯電話を取り出した。


「――もしもし、砂喰さん?」


 彼女が最初に繋いだ相手は砂喰さんだった。


 彼女が呼ぶと、部屋の外で待機してたのか、宇津萩高校の制服を着た一人の少年が入ってきた。


「えっと、こんにちわ。というより、初めまして」


 全体的に線が細く、ひょろひょろとしており、運動とかほとんど無縁そうな、少し中性的な顔立ちだ。


「……えっと、木梨秋峰です。サッカー部なんだよね? 僕も同じ。よろしくね」


 秋峰は握手を求めてきた。サッカー部って事に驚いた。


「お、おう。兎童匠だ。呼び方はたくみで――」


「ロリウサギでいいわよ」


 自己紹介の途中で、口を挟んできた彼女のせいで、俺のあだ名が大変な事になろうとしている。


「よろしくね。ロリウサギ君」


 いや、なってしまった。


「お前も乗るなよ!!」


 何となくね、と愛想笑いで秋峰は誤魔化してきた。

「在処は、冬会在処でーす」


 ツインテールをピョコピョコと動かしながら、在処ちゃんが挨拶した。


「よろしくね、痛っ」


 秋峰と在処ちゃんが握手した瞬間、尋常じゃないほどの静電気のようなバチリという音がした。


「いったーい。これ、静電気レベルじゃないですよ。ま、まさか、在処は超常現象を引き起こすほどの秘められた力を持っていた、だと? しかも、稀有な雷の属性!!」


 在処ちゃんは自分の右手をまじまじと見つめ始めた。


「ご、ごめんね」


 この一連のやり取りを唯一鋭く睨んでいた彼女は、


「じゃあ、そろそろ行くわ。私達は〝誰かさんの尻拭い〟を旭河さんに頼まれてるから。
今日は〝犬の散歩〟に行かなくていいらしいから」


 〝犬の散歩〟はあくまでも隠語で本来は、この日常に忌常が潜んでいないか探すための見回りの事だ。


 〝見回り〟だと堅苦しく、怪しまれるため人が多い時に〝犬の散歩〟を使う。


「在処ちゃん、早く良くなるといいね」


 秋峰は柔らかい笑みを在処ちゃんに浮かべた。