「それで、冬会(ふゆかい)ちゃんの病室ってどこだったっけ」


 ぶつかった後、号室を聞いたのだが、色々と考え事をしてて忘れてしまった俺が再びそう尋ねると頬をぷくっと膨らませながら、その女の子――在処ちゃんは後ろを向き、車椅子を押している俺を見上げてきた。


「さっきから、何度も言ってるんですけど、学習能力が皆無なんですか? 在処って呼んでくださいよ」


 在処ちゃんは自分自身が名字で呼ばれた事が気に食わなかったのか、そう指摘した。


「まぁまぁ、そう不愉快にならないで」


「嫌でも不愉快になりますよ。冬会ですから」


「じゃあ、在処ちゃんの病室はどこ?」


「あ、ここです、ここですよ」


 会話している間に辿り着いていたらしい。病室は――いわゆるVIPルームというやつだった。


 道理で在処ちゃんの病室を探しても分からないわけだ。ただの一般病室じゃなかったという事だ。


「あれ、顔が引きつってますよ?」


 在処ちゃんはまたニコリと笑った。贅沢にも在処ちゃんの病室は個室だった。


「ふぅ、個室って嫌なんですよね」


 在処ちゃんは個室の利点を知らないらしい。俺はその利点を懇切丁寧に教えてあげようとした矢先、その言葉には続きがあった事を知った。


「――在処には誰も話相手がいないですし」


 軽く俯きながら、そう独り言を呟く姿は何処か寂しそうに見えた。


 実際に、遠回しながらも寂しいと主張していたのかもしれない。ここは「俺でよければ話相手になろうか」と声をかけてあげれば解決するかも知れなかった。


 さっき在処ちゃんとぶつかった件もあり、俺でも力になれたらと思い、その一言を言おうと決めた。


「俺で――」


「お兄さん、ありがとうございます!」


 即答だった。


 というより、俺がこう切り出すのではないかと謀っていたかのようなタイミングだった。


「はぁ、しょうがないなぁ」


「えっ、何がですか?」


 キョトンとする在処ちゃんは俺と会話が噛み合っていなかった。


「いや、『何がですか?』って言われても俺が冬――在処ちゃんの話相手になってあげる云々の話じゃないの?」


「在処をここまで連れてきてくれてありがとうございます、という意味ですけど」


 お互いに食い違っていた。いや、在処ちゃんは狙っていたのかも知れない。


 天然で。




お題【大人】【涙】【プレゼント】


 幼稚園児の時に買ってもらった、テレビゲーム機。


 本当はそんなのいらなかった。


 何故なら、一緒に遊ぶ相手がいなかったから。


 小学生の時に買ってもらった、自転車。


 本当はそんなのいらなかった。


 何故なら、一緒に乗る練習に付き合ってくれる相手がいなかったから。


 中学生の時に買ってもらった、高価な野球道具一式。


 本当はそんなのいらなかった。


 何故なら、一緒にキャッチボールをする相手がいなかったから。


 高校生の時に借りてもらった、アパート。


 本当はそんなのいらなかった。


 何故なら、一緒にいる事すら拒絶された気がするから。


 何度涙を流したんだろう。


 何度それを噛み締めたんだろう。


 だが、一緒に泣いてくれる人などいるわけない。


 友達もろくにいない自分に、勿論彼女などいるわけがない。


 学校では、苛められているわけではない。


 かといって、無視されてもいるわけではない。


 挨拶はするし、会話もする。だが、必要最低限だけだ。


 自分から話しかける事もないから、ほとんど背景と一緒。


 その他大勢の内の一人であって、代替がきく存在。


「そんな事ないですよ。例え、いっぱいクローン人間がいたって、それぞれが経験する事は違うんですから。他人だったら、尚更です。だから、先輩。そんな事言わないで下さいよ」


「ごめんごめん。結構、ネガティブ思考が染み付いてるからさ、ついね」


 自分より二つ年の離れた後輩兼彼女。


 つむじが上から覗けるくらい身長差がある。


 自分と真逆でポジティブ。


 屈託のない笑顔でいつも癒してくれる。


 学園のアイドル(というか妹)的存在で、陸上部の次期エース。


 彼女の誕生日――バレンタインデーの日に告白し、次の日にめでたくオーケーをもらえた。


 僕の――大切な人。


「あ、そうだ。先輩、今日は先輩の家に行っていいですか?」


「どうしたの?」


「じ、実は……明日の小テストで平均以下だったら、放課後に居残りなんです。それでそれで、居残ったら、顧問に怒られちゃいます!」


 どうやら、大会が近いらしく、下手に練習を休むと代表から外されてしまうらしい。


「分かった分かった。それで、教科は?」


「数学です。二次関数です。グラフです。終わりです」


「あぁ、それか。あれは僕も苦労したよ」


 自分のアパートに向かう途中で、スーパーマーケットに寄り、夕飯の食材を物色した。


「明日架は食べてく?」


「うーん……食べます!」


 携帯をいじって、メールの送信画面を開いていた。


「友達の家で勉強するから、ご飯いらないって打っておきました」


「へぇ、〝友達〟なんだー」


「ち、違いますよ、先輩! 夜に男女が一つ屋根の下ですよ!? 親は先輩と付き合ってる事知ってますけど、言いづらいじゃないですか。先輩、誤解しないで下さいよ!」


 泣き付かれた。


 「冗談半分だったのに」と言うと、「半分は本気だったんですか? ワーキャー以下略」的な事になりそうだったから、何も言わなかった。


「ごめんごめん。えっと、何食べたい?」


「えっと、ハンバーグがいいです!」


 子どもみたいだ。いや、子どもなんだけど。


「了解しました、お嬢様」


「よろしくてよ、おほほ」


 何なんだろう、このノリ。


 片手にエコバッグ、もう片方に学校指定の鞄と明日架をぶら下げて(後者は勿論、比喩)帰った。


 四階建てのアパートの三階の角部屋に向かった。


 そこが、僕の部屋だ。


 そこに向かうと、僕の部屋の扉を睨み付けるみたいに立っている中年のおじさんがいた。


「……と、父さん」


 振り向いた父さんはしわが深く刻まれており、見た目がだいぶ年を取っていた。


 さらに、眉根にしわが寄る。


「**……ふん。三年近く顔を見せないと思っていたら、女をたぶらかしていたか」


「帰ってくれ」


「……**――」


「いいから、帰ってくれ!」


 俺は父さんを押し退け、部屋に飛び込んだ。


――――


「ふん、〝また〟逃げるのか」


 くるりと振り向いたお義父さんは、私に向かってきた。


「君も息子のためを思うなら、身を退きなさい。息子にそんな余裕などないはずだ。いずれ、私の医院を継いでもらわなくてはいけないんだからな」


 すれ違いざまにそう呟いてきた。


「…………」


 私の言うべき事はない――はずだった。


「……お義父さんは、先輩の本当の気持ちを聞いた事があるんですか?」


「……なんだと?」


 威圧的な声が後ろから聞こえてきた。


「家からでも通えるのに、追い出すようにアパートにつめて! それでいて、自分の操り人形みたいに先輩の人生を誘導して! 血が繋がってるから、全てが許される? そんなはずない!」


「お前に何が分かる! 知った風な口をきくな!」


「息子との関わり合いに逃げ続けてきたのは、本当は貴方の方だったんじゃないんですか?」


 先輩の家庭内事情なんて知らない。


 ただ、一回だけ〝思い出話〟のように先輩が言ってくれた、家族の話。


 そこから伝わったのは、寂しさと悲しさだけだった。


「だから――」


 タシーンッ! と私の頬に平手が入った。


「これ以上、踏み込むな! もう帰る。不愉快だ」


「……待って下さい」


「私……お父さんがいないんです。死別じゃありません。無理矢理お母さんが離婚してくれたんです。私を守るために」


「どういう事だ?」


「先ほどみたいに、殴られただけじゃ済まなかった。蹴られ、髪を掴まれ、アザが絶えなかったです」


「だから、何だ」


「私はもう話し合う、意見をぶつけ合うお父さんはいません。だから、もっと先輩と向きあって下さい」


「言われる筋合いがない。それに、お前の父親がふしだらなだけだ」


「言葉の暴力だって、ただの暴力ですよ」


「…………失礼する」


 お義父さんは不機嫌そうに帰っていきました。


【続く】


 三題噺02のアナザーストーリー的になりました。
適当感満載です。

続きがあるかは気分しだい。

無理矢理お題を詰め込んだ感じです。


失礼
 俺はその表情がとても綺麗で、純粋についつい見惚れてしまった。


 それともう一つ。


 この女の子だったのだ。


 俺が今まで探していたのは。入院してから二日目くらいの時に、たまたま屋上に出た俺は、確かにこの女の子をそこで見た。


 白いシーツがはためく中で、街並みを眺めながらその女の子は涙を流していたのだ。


 声を殺しながら泣いているわけでもない。
 むせび泣いているわけでもない。
 啜り泣いているわけでもない。


 そして、流れる涙を手で拭う事もせず、布を当てるわけでもなく、ただ涙を頬に伝わせて静かに泣いていた。


 病院の屋上にある白いフェンスを小さな手で、それの形が軋むほど掴み、何の変哲も無い街をただ見ながら、泣いていた。


 顎先まで流れた涙がポツリポツリと落ちている。その女の子が流す涙はとても綺麗な涙だった。


 あぁ、こういう涙を綺麗な涙と形容するんだなと、その光景を一枚の絵画を眺めているかのように見惚れてしまった。


 涙の理由は知らないが、その女の子は涙を拭ぐわずに、屋上の出入口に向かってきたので、俺は急いで立ち去った。


 それから、俺は屋上に通ったり、病院内を見回ってみた――まぁ、待ち伏せというかストーキングしようとしたんだけど、いっこうにその女の子はやって来なかった。


 そして、出会いはどうであれ、やっと会えたのだ。


 俺が何も返事をしない事でだんだん表情に困惑の色が浮かぶ。


「……あ、うん。というかごめんね。ちょっとぼーっとしてて」


 と、言うと女の子は口元に手をやりクスクスと笑う。


「やっぱり。お兄さん、そういう顔してますもん。それとも、もしかして在処に見惚れちゃいましたか?」


 舌をぺろりと出してそう言った在処ちゃんは毒舌でしかも、ませていた。


 それから俺はお詫びにと、車椅子を押して、適当に談笑しながらその在処ちゃんに教えてもらった病室へと向かった。


 先ほどその在処ちゃんを持ち上げた時は痛かったものの、それ以降足に異常が何も無かったという事は、ほぼ完治したという事だろうか、と考えながら車椅子を押し歩いた。