女王様のブログ

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ある女性教師の日常のこと,悩みや課題を率直に書いた,ぶっちゃけ話。


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今年3月に東京大学が入試に英語の外部試験を導入しないと発表して一ヶ月ほどで180℃方向転換し,「導入する」と発表したのは記憶に新しい出来事ですね。

 

その直後,東大の阿部先生が民間の意見をあげるために投書箱を用意して下さり,拙ブログでも取り上げました。

東京大学の良心的な先生,阿部公彦先生にエールを!

 

あれから2ヶ月の月日が過ぎ,東大内のワーキンググループ(これはなんぞ?組合?)の先生方が,議論に議論を,そして検討に検討を重ね,このような内容を発表して下さったのです。

 

入学者選抜方法検討ワーキング・グループ答申

https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400096214.pdf

 

本日の毎日と日経が取り上げて報じています。

これは,白紙に戻って検討(毎日),3つの提案を併記し、「(民間試験の)不使用」が一番優先順位が高く、残り2つは条件付きで活用する考えを示した(日経)と,東大の発表を読んだ私と同じで,いづれも導入に際して慎重に事を運ばれている感触が漂う解釈で間違いない。

 

まだまだ安心は出来ませんが(なぜなら1度180度言動を変えているので,もう一度起こりうるからです),安易に国の方針の→向け→の東大の先生方ばかりではないことが分かり,素直に嬉しかったです。阿部先生,ありがとうございました。

 

 


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大学入試や英語関連に関しても気になって目が離せない中,世間の目が政治に向いていない間にこっそりと急速にいろいろな法案が通ってしまって,あとでどうにもならない状況になる前にどうにかしないとならないと思いつつ,今回はあえて,どうしても引っかかっていることについて掘り下げてみる。

 

日大アメフトの故意の反則事件は,関西学院も日大も,以前の僕たちの学校は大変お世話になっているところであるし,私が担当したクラスの優秀なスポーツマンもいたことから,どうしても人ごとだと思えなくて非常に憤りを感じている。

 

最初の一報からは,指導者と学生の間の言葉のやりとりの取り違いから生じたものなのかと思っていたのだが,悪質な反則タックルで関学大のクオーターバック(QB)にけがを負わせた,日大アメフト部の宮川泰介選手の22日の謝罪会見で私の意見は変わった。

実名と顔を出し,しっかりとした口調で語る彼の言葉一つ一つは,加害者でありながら彼も被害者であったという印象を与えることとなった。私が普段接している高校生とさして年齢も変わらなく,アメフト一筋で指導者を信じて身心ともに鍛えられてきたであろう彼のことを,その指導者が保身のために彼を見捨てる状況を見過ごすわけにはいかない。世間の大方の人々は私のように感じたと思う。

 

内田正人前監督と井上コーチの言動によって,スポーツ界の危うさと脆さが表に出ることとなった。これはけっして日大だけの問題ではなく,他のスポーツ,もしくは指導者がいる,あらゆる組織や団体に対しても起こりうることで、様々な教訓がある。

 

日大は,そもそも根幹部分が手段を選ばない結果優先主義の考え方があって,今回の事件でたまたまその目も当てたくないような汚れた部分が世間に出てきただけで,事件の前のとうの昔から,その原因があったのだと私は考える。それは,事件後の当事者だけでなく,日大広報の発表内容の酷さからも確信が持てる。当初から,私自身は日大広報の発表の度に違和感と苛立ちを感じていた。実際に記者会見が開かれてからは,さもありなんという感覚で,流れの予想がこれほど的中する件はなかった。

日大の異常な経営体質が暴かれるに至ったのも,立場が上の者が全部利益するように下をコントロールして利用し,益があれば自身のものとし,害があれば責任は取らずマインドコントロールされた実行犯に押しつけるという,極端かもしれないが,地下鉄サリン事件のオウム真理教の麻原彰晃となんら変わりの無い構造があったのだと思う。

 

大学の理事に,大学の1スポーツ部の監督がなれるのも非常に奇妙な話で,大学経営には専門的な知識が無くとも,アメフトが強くなり大学名を日本中に轟かせることのできる者で,他には誰も文句が言えないような立場だけある人気者が前面に立てることが可能であったことが容易に推測できる。誰も賢く全体を見る人間がいないが為に,全てを台無しにしたお手本だ。

 

純粋な若者が素直に信じてしまったがために,結局は裏切られて自身の人生を台無しにしてしまうことがありうるということ。

私はスポーツの世界の精神論とかも好きだし,実際,自身もスポーツで自身の限界に挑戦してきて社会に出てからも役に立ってきたから,

スポーツの世界には,人間を強く前向きに成長させてくれる,純粋で素晴らしい部分があることは否定しないのだけれど,全て盲目に従うのはいけないと思ってる。

一度自身の頭でよく善悪を考えて,迷ったときは自身の判断が正しいかどうかを別の人間に相談するのも手だ。

無駄な自己犠牲は,世間にも害にしかならない。それを教えてくれるのは,自身が信じ切っている人間を批判する人かもしれない。

そういうことを,私は社会人になった僕たちにも伝える。


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東大の英語外部試験導入の件で,

わたくしのブログか急上昇したのかしらんっと喜んでいたら,

読まれた記事を確認してみると,言語技術の話であった。

この記事は未だにダントツで私のブログ記事の中では一番である。

昨日の数百のこの記事のアクセス数は,

15日付で,ウェブ版の日経デュアルに三森ゆりかさんの言語技術のお話が載っていたため,三森さんを検索して,私のブログに行き着いたためだと思われる。

 

世間に需要があると思われるこの言語技術。

先日,とある大学の先生が,言語技術の専門ではないのに,

現場の教員向けに免許更新のためなのだろうか,

講座を開設して一般の受講者を集っているのを見かけ,

とても気分が悪くなりました。

言語学をしているからといって,言語技術を教えられるかというと,それは疑問で,

客引きのために三森さん人気にあやかっているのだとしたら,良くないことで,

しっかりご自身の研究を深め,その研究で人々を惹きつけていただきたい。

他人から盗んだものを転用することのないよう,ルールを守るべきだと言いたい。

すくなくとも,私は騙されませんっと直接言えないので,ここで伝える。

 

どうして,この言語技術が流行るのかというと,

日本人の言語環境があまり好ましくないからだと私は思っている。

しかし,結局,言語の積み上げっていうのはこういう風にすれば良いという,きまった方法などはっきり言ってないのではないだろうか。

その証拠に,考案されてからこれだけ時が経過しても言語技術は広まっていないという事実があるから。

 

言葉と数学的な考えは別なので皆悩んでいるし,なかなか答えが出ない。

ヴィゴツキーが述べたように,水H2 Oは水素と酸素から成り立っているけれども,水は燃えないのにたいして水素も酸素も燃える。

これを説明するのと同じくらい化学変化だらけだし,説明が出来ないものだとするのが,言葉というものを説明するのに一番近いような気がする。

 

言葉には,公式があって型にはめたらどうにかなるものでもないし,語彙数だけあれば技術が身につくとも言えない。

現に大人の世界の会社の研修会に先生が呼ばれていくことがあるわけだから。大人すら身につけられていないし,意識すらしていない状況でどうにかなるものなのだろうかと考えてしまう。

デュアルの記事の先生の説明があまりよく分からなかったのですが,

言語技術は研修をしたらどうにかなるものなのでしょうか。

私がよく国語の先生から聞くことは,人の国語力は小学校4年生ぐらいでもう決まっているっということ。

鍛えたらどうにかなるものなんでしょうか,実際。


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世間一般人の大部分の人々の勤務は月曜から金曜のため,今日やっと気がついたのですが,

5月10日(木)に東大の阿部公彦先生が,

 

「民間試験導入について、ご意見ボックスを用意しました。こちら→ minkan.sos@gmail.com  英語入試に民間試験を使うことへの意見、不満、不安、怒り、疑念、お寄せください。もちろん興奮や喜びでもけっこうです(あれば)。拡散お願いします。近々、署名運動も開始する予定です。」

 

ということを述べて下さっており,

このチャンスをずっと生徒達を目の前にしてきた良心的な現場の先生方は逃してはいけないと思う。

私も早速メールを今日送ろうと思ってる。

英語教育関係者だけでなく,この民間試験導入の危うさに気づいている方々も意見を送っていただきたい。

 

阿部先生は勇気のある方だと思う。

私は先生を全面的にサポートいたします。

 

追記:

先日の東大の英語の外部試験導入に関する180度違う方向転換に,

驚きと落胆で憂鬱な日々を送っている間,

実は,私の中で日本の最高学府と言われている東大の価値観がゆらいでいた。

現オックスフォード大学教授の苅谷 剛彦先生の著書『オックスフォードからの警鐘 グローバル化時代の大学論』の中に,

イギリスの大学設立に関する考え方と日本の考え方は大きく異なっていて,

イギリスの大学は国を作るための学問で,全ての学問は国家を形作る前に存在してして,

思想・考え方が先にあっての,つまり,大学,そこに学ぶ,もしくは研究する人達が国家の核心部分を作っているという認識であるのに対して,

東大は,国家が先にあって国を作るための学問という考え方があるということ。国として豊かに成功していると言えるように,風見鶏のように変化し時代の流れに左右されるような存在であること。つまり,日本での学問自体がこれといったベクトルもないことを示していることの証拠,現証だと感じた。

私の中では,今回の学長自らの言動の不確かさが,世界から見た東大のランキングの低さは「そういうことなら低いのも仕方ない。」っと実感するような出来事だった。

日本の大学における学問に対するベクトルはとても脆いもので,

これといった方向性も何もなく,その時代や時によって左右するような普遍性を欠き,今行っている学問の方向性にも根拠がなくつきすすんでいるし,進んできたのだと実感する出来事だった。

日本の国立大学に成功だと言える根拠は別になく,はっきり言えば,

日本の国立大学設立構想の中には哲学的な考え方が欠いていることが分かった。

イギリスだけでなく,ヨーロッパ最古の大学があるイタリアのボローニアも,まずは思想,考え方ありきの学問ベースの大学建設があったに違いないし,日本のダメダメぶりの根拠はここにあるのだなぁと感じざるを得ない。それと,今回の方向転換で東大もたいしたことないなーっとdisっていたのも事実なのだけれど,ごく普通の一般市民の私が,そんな風に感じている間,

阿部公彦先生のような方が学内にいることは,流石だなぁーと,まだ大丈夫かもしれないっと思えたのも事実。良心的な声はことごとく消されてしまう嫌な世の中にあって,先生は一つの光明。

本当に頑張っていただきたい。

どうしても頑張っていただきたい。

どうしても。なんとしても。


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3月に東大が外部試験導入しないと公言した後,4月末の急な方向転換に驚きと落胆で一杯な日々を送っている。東大がそんなに簡単に180度発表を変えるなんて普通でない。現場が外部試験に向けた対策を講じていくことは,はっきり言えば公教育の破壊だ。

外部試験は本当に必要を感じている受験生のみが受ければ良いもので,全員強制となれば様々な問題が起こるのは容易に推測されうることである。とある東北大学の先生が新聞で述べていたように,現場の先生方は8%しか賛成していない。 現場の声は完全に無視だ。

なんと言っても,東京大学が導入を決めたのは今後の大きな流れになるのは間違いない。本当に残念なことである。検定料は高額で,様々な家庭の事情を抱えた生徒達が平等に受験できるとは思えない。お金のある自治体のみが得をしたり,さらなる格差が生まれ,生まれた地域・境遇で不利益を被るような政策を国自ら進めているのはどう考えてもおかしいことで怒りすら覚える。

全員が一日で4技能が測れる試験など無理な話で,たとえば離島に住む生徒はどうするのかとか,障害を持つ生徒達はどうするのかなど何も問題が解決されていない。全て都会の子供達の論理でことが進んでいるように思うのは私だけでない。たとえば目が不自由な生徒でも,優秀であれば東大に入学できたのに,ハードルを上げてそういう生徒達がもう入学できないようにしているとしか思えない。

「ユニバーサルデザインの英語教育を!」と叫ばれているにも関わらず, 国の設計はいろいろな意味で弱者を排除する方向にしか向いていない。本当に残念なことである。(2度目)

 

東大の推薦入試も,本当は商業科とか農業,工業といった,専門高校の生徒達も優秀であれば東大で学べる機会が与えられるという方向で進んでいるかと思いきや,地方の普通科進学校の2番手校の椅子取りゲーム先取となっているに過ぎず,普通にまっとうに受験勉強をして入ることの出来た状況の方がまだましであった。とにかく推薦のネタとなるパフォーマンス合戦みたいなのが横行していることに,当の東大の先生方も気付いておられない。もう,なんなのだろうか。様々な学生を受け入れるというにはほど遠い。私からすれば全然ダメ。以前の学校の僕たちの中の優秀な誰かが入学できたら,Good job!と言いましょう。どうか良心的な東大の先生方には是非頑張っていただきたい。

 

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おんにゃの子軍団のいる現職場で,最初に送り出した生徒達の中に,スペインからの留学生がいたことをこのブログをお読みになっている方々はご存じだと思うが,4年の歳月を経て,その留学生のオリビアがこちらの国立大学に4月から学部生として入学した。私は彼女が日本嫌いになったのではないかと心配していたのだが(いろいろな事情で)そうではなかったのだ。日本語検定1級の資格を得て心理学の勉強をしに地元国立大学を受験し見事合格した。高校時代留学したこの地を選んで来てくれたことは最近の私にとって嬉しいことの一つである。

それと,4月から社会人になった人達や就活で忙しい人達,僕たちの結婚式へのお誘いや子供が生まれたとの報告を受けること。人生の節目にあえることに感謝している。

生徒達の活躍や成長が一番の楽しみで,この子達が幸せに暮らしていけるように尽力したいし,そうしないとならないと思っている。先生になるということは大変な使命があるとともに,楽しみも数倍である。ありがたいこと。

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