
命の不思議。
悟りかける者と、受け入れがたい者。
避けられぬ現実と、慣れない現実。
雨と下痢が続く中で、意気消沈しかける情念の極み。
スーパーシティ法案だのなんだので、多国籍企業の外資からの政治献金がっぽりで、アメリカも日本も、どの政治家も、外国大企業の言いなりになっちまっただ。
戦争で負けて明るみになった。
いまだに占領され、洗脳されてるよ。
これからさき、いいことなんか起こりはしないと絶望しつつ、久しぶりの音楽に、いや、明るい兆しはまだあるでしょって思えるって、音楽って、どんだけパワーあんだろか。
毎日まいにち、揺れ動く気持ちと精神を保つために、ちょっとの音楽とちょこっとの瞑想。
そして、家族との時間。
畑で思い切り作業できない分、大地からのパワー注入できないから、じっと耐えて耐えて踏ん張る。
やるしかねっちゃねや。
やっぱり。
集まらせない、やらせない、そんな奴らの策略に負けるわけにはいかんのです。
アルミ鍋から容器をうつしかえながら、そんなことを思う。
2008年、北京五輪の際も。
チベットの弾圧を強め、日本の警察が日本人を守らないという現実が明るみになる。
陰謀論でもなんでもない。
現実が、ただそこに広がっている。
歌はいかがわしい思想を形成するから、この世からなくなってしまった。
そんな話を高橋源一郎が、書き下ろしでラジオで発表していたが、ほんとに、近い未来ありえることだ。
九州の被害は甚大で、こちらの震災時のようを呈する。
あのときは、思い立ったら行動していた。
狂ったように後先考えなかった。
年をとったからかなんなのか、よくも悪くも、全ての事柄を冷静に受け止め、今の自分は何をすべきかを考える。
日々のことを、一生懸命するということ。
ソノサキに、明るい兆しが見えてくればよいな。