INDEADRUM

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ぐずらもずら

生きるとか、想いを寄せるとか、愛する、とか。


シンプルに、ただただ、そのことを問い直す、見つめ直すということ。


自分に、今、必要なことは、そういうことなんじゃないかな。


終わりから始まるような。やり直すこととも、また違った感覚で。


そのときどきで分かち合ってきた人たちと紡いでいければ、ほんとに嬉しいとおもう。

まいかい同じようなこと書いてるけれど、年々、バタバタ感が加速し、今がピークだと思うと、翌年、また翌年と、想像を越えてくる。


「落ち着いたら」なんてよく言うけど、結局、落ち着かないので、やりたいことがあるなら、牛歩並みでも、少しでも進めていく必要があると痛感する。


やりたいことはもちろんだが、現実的に、やりたくないこと、やらなきゃいけないけど、どうしても抗えないものがやってくる。体の不調、親しい人の介護、手術、入院、生と死のはざまで、おろそかにしてイーものとそうでないものもやっぱりあって、悩みと迷いはつきまとうけども、大切にしたいもの、原始の時代から人間に備わってる感覚と体感を忘れたくはないという想いもある。


人生は旅だ、と、よく表現される。

歳をとってからじゃ、体が痛んで、どこにもいけなくなる、と。


確かにそうかもしれない。しかし、それも捉え方次第。どのタイミングで、どの転機が訪れるか。


タイや、インドなどのアジア諸国、ヨーロッパ、カナダなどにも行ってみたいという想いの火がまるっきり途絶えないかぎりは、チャンスは無数にあるとおもう。


ただ、バタバタしすぎて、来たるべきタイミングに動けないのもまた、考えるところがある。


とにもかくにも、ひとつずつ、いま、自分の心が喜ぶような、ワクワクすることに向かって、時代を生きていきたいというのが、ほんとの本音です。


押忍。

遠い昔の話じゃない。


遠い国の話じゃない。


ずっと延長線上の螺旋の中で、グルグルと、とぐろのように渦のように。


見てきたものがすべて、まるでウソかのごとく、軽んじられる。


命って、いったいなんなんてしょう。


あの日から、いや、もっと前から、ずっとずっともっと前から。


忘れてしまったのかという問をする前に、なかったことになっている。


責任も問われない。


ツケは全部、俺たちのような、庶民に。


あんなに心をえぐられたのにね。みんな、涙ながしたのにね。


おかまいなしなんだね。


こんな当たり前のことを考えたり発信しても、頭がおかしいト言われるのだろネ。


それでも、絶望から希望を生み出せというのネ。


オーケー。まかしとけよ。


あきらめが悪いんだから、おれは。