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INDEADRUM

ぐずらもずら

黄金色に輝く稲穂をバックに歌い笑う人beat。

朝晩涼しく、日中も哀愁感じる郷ひろみ。

近くて遠い。遠くて近い。

心に染み入る音楽を胸に収穫の秋を見渡せば、二度三度とカボチャばかりを狙うイノシシにしてやられる。

いったい何個献上しただろか。

いったいいつまで続くのだろか。

人生っていうのは不思議なもんだ。

一見線路みたいにどこまでも続きそうだけれど、途中下車して終わってしまったり。

儚い、あっという間の激情型劇場。

来年は来年はといいながら、毎年失敗を繰り返す。それでよいとも思っていたりする。

いつまでも自然に左右される農民的人間であるということ。

対策を考えながら、わかったことをまとめていこう。

少しずつ少しずつ進んでいる。

三年前から、この景色は見えなかった。

迷い戸惑い泣き笑いながら進んできたからイマココがある。

ただあるだけ。明日にはまた通りすぎる。

後ろを振り向くな。そこにはなーんもありゃしねえ。

あるのは犬のウンコと鳥のフン。思い出たちとあとの祭り。

思い出にひたるにゃはやすぎる。

やらなきゃいけないことがある。

やってみたいことがある。

年甲斐もなく続けていく。

ダメな父ちゃん。それでも家族を想っている。

自分のやりたいことも、家族にやってあげたいことも。

3%もできてやしない。

んだげども。

関わった時間の長さより、かけられた愛情の深さ、想いの込め方で変わってくるんじゃなかろうか。

40手前にして、道はまだまだ拓けてくる。

歩け、歩け。止まってもよいから。

引き揚げから75年あまり。

藤原ていさんが遺した「流れる星は生きている」の壮絶すぎる内容と、おじいが話した満州のはなしがリンクして、どうしようもないほど愛おしくなった。

支離滅裂、しっちゃめっちゃかスタイリー。

ダブミックス頼むよ。

多重録音、動画配信、来年やりたいあれやこれ。

そのどれもが、今を大切にしなけれぱ、やってこない未来。

怠惰な日常に飲み込まれるな。
刺激がほしけりゃ手を伸ばせ。

どうでもいーことにも興味を示せ。

自分に何が合うかは分からない。

まだ出会ってないかもしれない。
これからかもしれない。

感性を磨き続けろ。

どんな現実も受け入れろ。

大切なのは、感受性と寛容性。
痛烈に心に残る曲を聞くと、魂が揺さぶられ、涙がほほをつたってゆく。

誰の心に、いつ、どこで、どのタイミングで響くかは分からない。

無数に星の数ほどある音楽の中で、本物に出会ったときの喜び。

生きてるだけで、いろんなことに心かき乱されるけど、本当によい音楽に出会ったとき、それらが一瞬にして消え去って、天国へ昇っていくような気持ちになる。

祈りにも似たような、切なく、美しく、激しく、清々しいもの。

体も頭も心もひとつ、限られた時間のなかで、俺たちにできることなんて少ない。

70年なら一瞬の夢さって、ブルーハーツも歌っていた。

あんなに死ぬほど会っていた人にさえ、環境と時代が変われば会えなくなる。

もはや出会いなどないだろうと思っていても、新しく素晴らしい出会いは続いてゆく。

その分、活きいきとした新陳代謝のように、めぐるしく変化していく地球と宇宙。

肩に力いれてもはじまらない。

みんなそれぞれやってくれてる。絶対よい方向にしか進まない。

俺は、おそらくひとつのことしかできない。
いや、ひとつのことすらできない。

救われてきた音楽に最敬礼。

地域の文化とか、目に見えない手仕事、技術という財産とか、そうゆう大切なものより軽視されがちだけど、民謡であってもアメリカンポップスであろうとも、音楽という財産を、後世に残していけれぱ本望です。

それは、形として残していくというよりも、音楽そのものがもつ力を受け継いでいくというかなんというか、受け継いできたものを次世代へつないでいきたい。

地域活性化、地域再生などとはほど遠いのかもしれないけど、一見無意味であるように思えることも、きっとつながっているような気がする。

毎日、なにかと闘ってる。

それは自分自身とでもあり、かかわりあるすべての物事に対してなのかもしれない。

それでも、柔らかくヤワラカク柔軟にいきたい。

あなたが思っているように、私も想っている。

を使っているのだが、ずっと気になっていたことがあった。

 

それは、低音を出すと「バインっ」ていう音が出ること。

すごい耳障りで、気持ちよくなれない。

周りに聞いても、さほど気にならないというし、聞いている人も、あまり気にならないっていうから、俺の気のせいか…と思うことにしたが、やはり「バインっ」てなる。いぎなり気になる。

 

チューニングをいじっても、解消されず。

 

もうお手上げ。

 

ということで、急遽、アルコのカホンを作ってる工房にお邪魔した。

対応してくれたのは、職人の青沼さん。

 

弦とか、打面とか、あて木を調節してくれたりしたんだけど「バインっ」(笑)「なかなか手強いね~」と青沼さん。

 

そこからいろいろ話しをさせてもらって、初期のころに作ったタイプは、こーゆーことが起こっていたらしい。

でも、作り上げたときは、こーゆー音が出ないんだよねーってことです。

 

今は、作り方を改良して、俺のような症状は改善されたんだけど、逆に低音があまり出なくなったとのこと。

そして、最近、ちょうど、作り方を昔に戻して、2台作ったところで、俺がやってきたから、これも何かのご縁だね、というような話しになって、ほんとに親切、丁寧に細部まで調整していただいた。

 

そんでも、テープで止めても、何やってもダメなので、分解することになった。

そんときに「ほんとにちょっとの隙間で、こーゆー音が出ることがあるんだ。紙切れ1枚くらいの差なんだけどね」って話しをしてたんだけど、内面を取り外して中身を見てみると、ほんとーーーに、わずかな隙間が、ワイヤーを止めてる木のところにできていた。

 

そこを外して調整してもらって、叩いてみると、あらまあビツくり!

バインっが鳴らない。

まじー?あんなほんとーに何mm単位の隙間で、音が出てたの?こりゃたまげだ。

 

活字にするとあっという間、全然簡単にやってるように感じるかもしれないけど、俺では絶対分からないし、なおせなかった。

実際、話しながら、ゆっくり教えてくれながらやってたか、ほんとはもっと早くできたのかもしれない。

 

とにもかくにも、これで、バインっが気にならずに叩ける~!制作の時間を削ってしまって申し訳なかったけど、青沼さんのおかげで、ほんとに助かった。ありがとうございました。

 

楽器、特に、木なんかは、ミリメートルの世界での調整が必要なんだな、と、この年になって学んだ感じだった。

 

石巻の共通の友人、知人の話題なんかもして、楽しい時間でした。

 

また石巻でライブできるようになったら、寄ってみたいと思います。

ありがとさまさまでした。

 

楽しかったな~。