僕たちの国は、変わらなかった。
もっと悪い方向に向かってしまった。
現在も原子力非常事態は解除されてない。
トキの権力者は、福島は、原発は完全にコントロールされていると言い放ち、オリンピックを招致した。
福島原発の作業員や、当時の東電幹部を美化する映画も上映された。
原発が推し進められないと分かると、自然エネルギーの名のもとに、山や自然を壊して切り崩し、至るところに太陽光パネルや風力発電が見受けられるようになった。
なんか、ずれていやしないだろうか。
自然エネルギーさえも完全にお金儲けの道具に成り下がっている。
小規模な太陽光発電、風力、水力発電を、地域コミュニティ単位に広めるのが、その技術を伝播するのが、国のあるべき姿なのではないだろうか。
コロナ前から経済は完全に崩壊していた。
すべてコロナのせいにされてしまった。
マスメディアの洗脳にしてやられちまってる、俺の親世代なんかをみていると、ほんとに泣けてくる。
この国は、どっちの方向を向いているのだろうか。
あの日から、心に傷をおって、俺なんかができることなどないと途方にくれ、沿岸沿いでしてやれたことなんて、ほんとに微力すぎるもので。
写真に写る人たちの顔。
見たこともないような残骸。
教訓など生かせたのだろうか。
福島の人々の気持ちに寄り添えているのだろうか。
言いたくてもグッとこらえる日本人の美徳。
それを利用されて勝手に書き換えられる。
耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍ぶなんて、昭和天皇とマッカーサーよりずっと前、坂本龍一とグラバー商会よりもずっと前から、描かれていたのだろうか。
今、死んだほうがマシだったと思えるような、サバイバル時代に突入するのかもしれない。
そんでもね、せめて、子どもと孫の世代くらいまでは、父ちゃん頑張ったよって、何もできなかったけど、ちゃんと意見してきたよって言いたい。たたかったよって。
だから、意見書もだす。後悔したくはない。
それによって立場が危うくなるかもしれない。
でも、だまってらんねーべよ。
自分たちの町がまばたきする間に変わってく。
半分無理かもって思ったりもする。
絶望を思い出すあの日がやってくる。